第二十一話、コネクティングロッド。
ボキッ
「おおぉおぉおおぉぉん」
サンクテュエールの発動と当時に妙な音がしたと思ったら、トータスヒッポが大きな声を上げたと思うと、体が傾いて前のめりに倒れてしまった。
「どうした?」
「脚の骨が折れたんです」
「何で? とにかくサンクテュエールを解除しよう」
僕は慌ててサンクテュエールを解除すると、今度はトータスヒッポの体が浮いてひっくり返ってしまった。鳴きながら足をバタバタさせているが全く起き上がれる様子がない。
「これは困った。どうしよう?」
もう一度安全のためサンクテュエールを掛けてから近づいて調べてみると、どうやらトータスヒッポは魔力で重武装した重い体を支えていたので、サンクテュエールによって魔力を失い、支えきれなくなって骨が折れたらしい。しかも、その後頑張って3本足で踏ん張っているときに魔力が戻り、逆に勢いがつき過ぎて今度はひっくり返ってしまったのだ。
とにかく、重い巨体を動かす手段がひっくり返ったせいで余計になくなってしまった。どうしたものか?
「ひっくり返っているなら好都合でござります。このまま解体してはいかがでこざりますか?」
「うーん。さっき殺したくないって言ったばかりなんだけど……」
「僕は気にしない」
楓は気にしないと言ってるけど……、まあ、スリーズに任せるか。
その後、スリーズはテキパキと止めを刺して解体し、道の脇に退けてしまった。甲羅や牙は素材として有用らしい。ただ、今日は粘土を持ち帰るので車に積み込む余裕はない。なので、後でフレーシュに取りに来てもらうことにした。
肉は他の魔物や動物の餌になって消えるだろうが、甲羅とその下に隠した牙は重いので取られることはないだろう。
それにしても、生き物の解体を顔色一つ変えずに行うスリーズはすごいなと、オークの食糧庫の件を思い出しながら改めて思った。
時間を取ってしまったが、気を取り直して粘土採取に再出発した。その後は特にトラブルなく粘土採取を済ませ、ウィクレットに戻った。途中トータスヒッポの解体現場を通ると、もう肉はなくなっていたが、甲羅の方は手つかずのまま残っていた。
戻ってから採取してきた粘土の塊を細かく砕いて薄く広げ、天日干しにした。乾いたときに風で飛ばないように回りに木の板を立てているうちに日が暮れたので、作業は翌日に持ち越しだ。
翌朝はレンガの型枠を作ることにした。レンガは同じ大きさに統一しないと積み上げた時にきれいに詰めないのできちんと寸法を合わせて型枠を作らないといけない。とはいえ、このくらいの作業は慣れていればそんなに面倒なこともない。水車の調整が終わったムーランが来たのでついでに見学させておいた。
この辺りの気候も幸いして、午後にはある程度粘土が乾いていたので水分を加えて粘土を練り、型に入れていった。粘土遊びは楽しいのでここはみんなでやる作業だ。とにかく窯を作るにはレンガの数を作らないといけない。昨日取ってきた粘土だけでは足りないので、今日フレーシュが持ってくる粘土も合わせて明日以降もどんどん作っていかないと。
夕方にはフレーシュが帰ってきた。粘土の方は別の人に任せて、トータスヒッポの甲羅や牙を見せてもらった。これはべっ甲とか象牙とかと同じような扱いなのだろうか?
「はい。工芸品や装飾品の材料に使われます。特にトータスヒッポは高級品とされているので、皇帝も身に着けるほどです」
「なるほど。道具とか実用品の素材にはならないの?」
「うーん。高級品ですから。実用品には他の素材を使うのが普通ではないでしょうか?」
「そうか」
さすがにアイエは貴族出身だけあってそういう方面は詳しそうだった。地球だとべっ甲は眼鏡のフレームに、象牙はハンコやピアノの鍵盤やビリヤードの玉などといった実用品にも使われていたけれど、こちらではそういうのもないということなのか。それだけ希少ということか。
「工芸品、装飾品ということだと職人がいないな。持ってても仕方ないし、売るしかないのかな?」
「いえ、これはこのまま飾っておけばいいと思います。完全な形のトータスヒッポの甲羅や牙は貴重なので、そのまま飾っておいても十分価値があります。それこそ、帝都の宝物庫に納められるくらいのものですから」
「へえ、これはそんな価値があるんだ」
「トータスヒッポは危険を感じると甲羅の中に急所を隠すので、捕獲の時に戦いが長引いて甲羅や牙に傷がつきやすいのでござります。しかし、これは無傷でござりますれば」
「なるほど」
翌日は、レンガ作りの方は指導だけで作業は人に任せ、僕はフイゴ作りに取り掛かることにした。作業助手は例によってムーランだ。
設計図は以前に書いたものをほぼそのまま流用し、仕切り板や軸受けのところに使う毛皮はこの辺りでよく取れて食用にしているホーンラビットの皮を使うことにした。ちょっと毛が柔らかいけれど、魔物の毛なので普通の動物の毛よりは丈夫だろうと思う。
ムーランは優秀な助手だった。僕が持ち込んだ日本製ののこぎりを使わせてみると、僕よりきれいに切るのだ。それ以外の工具も、使い慣れるまで少しかかるが、慣れれば僕よりうまく使う。普段、精度の出ない工具を工夫して使っているがプラスに働いたのだろう。
ちなみに、誤解のないように言うと、異世界の工具が地球の工具より悪いというわけではないようだ。ただ、そういう工具は帝都に行かないと手に入らないので、迫害されてピクノール山脈まで逃げて来た鴉族は、大体性能の悪いものしか持っていないということなのだ。
これだけ加工技術があるなら自分だけでできるのじゃないかと、僕は設計図の読み方を教えるだけにして、実際の作業はほとんどムーランにさせることにした。慣れない作業に悪戦苦闘しながら、何とか夕方にはフイゴが完成した。
後は窯ができたら、水車とフイゴ、フイゴと窯をつなげば運転することができる。
フイゴと窯の接続部は前に述べたけれど、水車とフイゴの接続部はまだ説明していなかった。この部分は水車の回転運動をフイゴの軸の往復運動に変換するところだ。これにはクランクとコネクティングロッドという部品を使う。
クランクとは自転車のペダルや釣りのリールのハンドルのような、回転する部品と回転軸からずれた取っ手を繋ぐ部品の事だ。水車とフイゴの場合、取っ手の代わりにコネクティングロッドという棒状の部品を使ったフイゴの軸に繋げて、回転運動から往復運動に変換する。
これらの部品は大きな力が掛かるので鉄で作るのが良いのだが、鉄の加工技術がないので別のものを使わないといけない。さて、どうすればよいか?
答えはもちろん金で作るのだ。金は柔らかいという印象があるが、実際には木材よりも十分に硬く、鉄や銅には負けるがアルミニウムやガラスと同程度には曲がりにくい物質なのだ。
曲がりにくさを示す指標にヤング率というものがある。一定の分だけ曲げるのにどれだけの力が必要かを示したもので、金は78GPa、硬い木材であるチーク材が13GPa、アルミニウムが70GPa、ガラスが80GPa、銅が130GPa、鋳鉄で150GPa、鋼は200GPaとなっている。
難点は重いことで、強度を上げようとすると重量が増えて他の部品を痛めてしまうが、他の金属と違って錆びないので水車の部品としては悪くない選択だ。銅が使えるなら、金より曲がりにくく軽くそして他の金属よりさびにくいのでそちらの方がいいのだけれど、異世界では銅は一般的ではないので金で代用するしかない。
僕は水車とフイゴの強度とクランク、コネクティングロッドの重量、強度のバランスを考えてサイズを決め、窯の羽口と一緒に金の加工依頼を出すことにした。金の加工職人は少なくないのでウィクレットに集まった鴉族の人々の中にもいて早速作ってもらえることになった。
と、ここまで来たところで僕の仕事がなくなった。レンガ作りはフレーシュたちに任せられるようになったが、窯を作るにはもう少しレンガが必要だ。それにレンガはしっかり日干しして乾燥させてから焼く必要があるのでそれまで待たなければならない。クランクなどの加工にもある程度時間が掛かる。
なので、僕たちは次の日にはヴィルドパンに一旦帰ることにした。ついでに、向こうにも同じような水車小屋と鍛冶窯を作りたいので、レンガと金製部品についてはもう1組作るようにお願いしておいた。
「君、お疲れ様」
「楓こそ、レンガ作りは疲れたんじゃない?」
夜、お風呂上りでゆっくりしていると、楓がふわふわした寝間着を来て話しかけて来た。この寝間着はこの間地球に戻った時に新しく調達してきたものらしく、初めて着ているのを見た時には不覚にもドキッとしてしまった。今でも近くに来られるとちょっとドキドキする。
「そんなことはない。僕はこっちにいる間、アサルトライフルを撃つくらいのことしかしていないからな」
「そんなことないよ。他にも車を運転してくれたりしたよね」
「でも、それはもう君ができるようになってしまった」
楓は僕が座っているソファーの隣にぴったりと体を寄せて座ってきた。ただ、いつもならそのまま押し倒してこようとするところだけど、今日は少し様子が違うようだ。
タイトル、変えました。どういう経緯があったか知りたい方は活動報告の方をご覧ください。
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