第十七話、農具と用水。
翌日、僕は朝から思索に耽っていた。鉱山の存在を確認し、異世界の製鉄法についても凡その予想がついたところで、今後、どう技術移転を進めていくか。当面の目標は現代的な製鉄法による製鉄業を軌道に乗せることとして、そこに行きつくには何から手を付けるべきか。
とりあえず、小さくていいので高炉を作りたい。次に転炉。しかし、それを作るには耐火レンガが必要で、フレーシュに任せた耐火粘土が見つかるかが鍵になる。
更に、石炭からコークスを作るコークス炉。当面は木炭でもいいけれど継続生産するには必要だろう。そういえば、ヴィルドパン付近にあるという炭鉱の確認にも行かないといけない。後、石灰石も探しておかないと。
できた鉄をどう運ぶかも問題だ。陸路の整備が進んでいるようだけれども、河から海に出てそのまま海路で輸出することはできないのだろうか? そもそも、この辺りを通る河はどこにあるのだろう。
それから、生産した鉄で何を作るかも知りたい。用途によって鉄の種類も変わるし、鉄製品の分野でも技術移転が可能かもしれない。例えば、鉄骨や鉄筋コンクリートのような建材は需要はないだろうか?
話を戻して、河はやはり大切だ。資材運搬という面でもそうだけれど、動力の確保という面でも。特に、炉内に風を送り込む水力ふいごは製鉄には不可欠だ。将来的には更に水力発電も視野に入ってくる。
思索に耽っていると不意に名前を呼ばれた。昨日約束した鴉族のリーダーが来たらしい。
「ブシュロンが参りました」
鴉族のリーダーはブシュロンと言った。フレーシュよりも年上でややごつい体躯の男だ。年齢で言えば僕の倍くらいはあるんじゃないだろうか。そんな人を相手に威厳をもって接するというのはなかなか難しいものがある。
ブシュロンの用向きは住居についてだった。ヴィルドパンは小さいとはいえ1000から2000人は住める都市であって、28人程度が住むなら何処を使ってもよいようなものだけど。
「ヴィルドパンはソレイユ様が解放した都市ですから、ソレイユ様に所有権があります」
というアイエの見解なので、形として僕が許可をしておくのがいいのだろう。
「この近くに鴉族の隠れ里は他にもあるか?」
「はい、いくつかは交流があります」
「なら、それらにもヴィルドパンが解放されたことを伝えておくように」
「そのものたちの住居についてもお願いできますでしょうか」
「我々に従うならば許可しよう。食糧は足りているか?」
「狩猟と採集で必要な分はあります」
「いずれは農業を始める必要があるな」
「魔物の脅威がなくなるのであれば、すぐにでも始められます」
「なら、それも任せる。魔物が出たらすぐに知らせろ」
農業もままならないというのは魔物の脅威のある土地での暮らしは大変だ。この周辺の土地は、都市が放棄されるまでは農地として使われていたため一からの開墾ではないというところは救いと言える。
「ちょっと農具を見せてくれ」
農業と言って農具も代表的な鉄器の1つであったことを思い出した。しかし、帝都でしか鉄製品が作られていないことを考えると、鴉族の人々が持つ農具が何で作られているのかは興味深かった。
もちろん、ブシュロンが僕に会うためにわざわざ農具を持ってきているはずもないので、僕の方から押しかけて農具を見せてもらうことにした。出してもらった農具は様々な大きさや形のものが混在していて、材質も1つではなかった。
中には鉄で作られた農具も含まれていたが、最も多いものは木製農具の先端だけを金で補強したものだった。次に多いのがヘッドの部分が金で柄の部分が木でできたもので、総金作りのものはなかった。多分、重すぎるのだ。
「何という金の無駄遣い」
「これで一体総額何億円になるんだ?」
僕と楓はあまりに贅沢な金の使い方にめまいがする気分だった。でも、この世界では金は安い金属なので、こういう扱いは自然なのだ。せっかくなので写真を撮っておこう。教授が喜びそうだ。
「金だとすぐに曲がってしまうのではないか?」
「はい。なので、曲がったらこれでたたいて直します」
と言って出してきたのは金の金槌だった。イソップ童話か!
「鉄製農具があれば農業が捗るだろうな」
「君、いっそのこと耕運機を導入したらどうだ?」
「この世界に普及させるなら、この世界で作れるものじゃないと」
数十台くらいなら楓の財力で持ち込むことは大したことではないだろうけど、この世界から対価として持ち出せるのは2人で年間2000万円までなので、貿易業としては全く成立しない。それに、機械だけじゃなく燃料もこちらの世界では調達できないのだ。
「それに、当座の開墾のためだけなら、耕運機を持ち込まなくてもアイエやスリーズの魔法だって使えるんじゃないか?」
「確かに」
アイエとスリーズは今は別行動をしてここにはいないので、後で開墾の手伝いができないか聞いておこう。
「ところで、農業をするなら水が必要だが、河はあるのか?」
「今は止まっていますが、用水路が通っていますので、それを修復して使います」
河について聞いてみると、用水路があると教えてもらったのでブシュロンに案内してもらった。見てみると確かに水は流れていないが、石造りのかなりしっかりした大きな用水路だった。
「これはどこに続いているんだ?」
「ここから半日ほど北に歩いたところで、ノワール河にぶつかります。水はそこから取ります」
「案内してくれ」
というわけで、鉱山に続いて次は河の調査だ。今度の場所は近いから楽だ。
出かける前にいったん戻ってアイエたちと合流し、バンに乗り込んで出発した。ガソリンの残量はまだ大丈夫のようだ。
「ヴィルドパンはどうして河の近くに作られなかったのだろう?」
「洪水の被害を恐れたのかもね」
街を大きな河沿いに作るのは便利だけど氾濫が起きた時の被害が大きい。それに対して丘の上に作ると水の確保や物資の運搬に手間が掛かる代わりに洪水の被害からは免れられる。なので、今後、治水対策を進めていけば便利な河沿いの方が発展していくはずだ。
「それもありますけれど、大きな河や海には水の魔物がいますから」
訂正。治水対策だけじゃなく魔物対策も必要なようだ。
「水の魔物って危険なの?」
「魔物に絶対安全ということはないですけれど、水の魔物は普通の魔物より生活圏の広いものが多くて、大型の危険度の高いものでも河の上流や海の沿岸に現れるんです」
「対策がしづらいわけだ」
なるほど。これで鉄をわざわざ陸路で運搬する理由が分かった。河が危険だからだ。
「獲物が水中だとアサルトライフルでは仕留められないかもしれない」
楓は楓で河に魔物が出ると聞いて別の心配をしているようだ。