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第十三話、鴉族の王。

 その頃、鴉族のリーダーのフレーシュは全速力で鉱山へ向けて走っていた。鉱山では仲間がオークに襲われていた。その中にはまだ5歳にしかならない自分の娘もいるのだ。


 よりによってこんな時に。


 鉱山での生活は魔物の脅威との戦いだった。魔法を持たない者にとって、魔物とは出会ったら死を覚悟すべき最悪の相手だった。だから、これまでフレーシュたちは身を隠して魔物たちをできるだけ刺激しないように生活してきたのだ。


 しかし、今日、突然人間がやってきた。人間は強さで言えば魔物ほど脅威ではないけれど、執拗に鴉族を探し出して迫害する。全員を見つけるまであきらめることはない。だから、戦って排除する必要があったのだ。ところが、その選択がたまたま近くを通りすがったオークを刺激することになろうとは……。


 「アストラガル!」


 しかも、よりによって、オークはフレーシュの娘をターゲットに選んだようだ。その汚らわしい武骨な手が幼いアストラガルの頭を今にも掴もうとしていた。


 「止めろーー」


 フレーシュは無我夢中で狙いをつけて矢を放った。この距離ではもしかするとアストラガルに当たってしまうかもしれないが、何もしなければ娘はオークに生きながら食われるだけだった。


 矢はまさにアストラガルを掴み上げようとしたオークの顔面に直撃した。フレーシュはその幸運に精霊と大地に感謝をしたけれど、残念ながらオークの身体は頑丈で、顔に当たった矢は肌に傷一つつけることもできずに地面に落ちてしまった。


 「化け物め!」


 幸い、オークの意識が逸れた隙にアストラガルは逃げることができたが、この場に脅威となるほどのものがいないことを分かっているオークは平然とした様子で再びアストラガルを追いかけ始めた。


 やはり間に合わないのか……。


 「もう一度、矢を射れるか?」


 絶望が心を支配していく中、声を掛けてきたのはさっきの人間だった。




 僕と楓が鉱山に走る前を、鴉族の集団も同じように駆けていた。むしろ、当然ながら僕たちよりもはるかに必死の形相であった。ただ、強化された体力のおかげか僕と楓の方が彼らよりもずっと速く走っているようで、鉱山に付く頃には追いつけるのではないかと思った。


 と、そのうちの1人が焦ったのか立ち止まって矢をつがえてオークに狙いをつけた。名前を呼んでいたようなので、今オークに襲われている子供の家族なのかもしれない。


 放たれた矢は直線的に飛んでオークの顔面に命中した。僕たちを狙ったときは山なりの軌道だったのだけど、今は距離が比較的近いということに加え、近くにいる子供への誤射を極力避けたかったためだろう。とにかく弓矢の腕はかなり確かなようだ。


 ただ、魔力で強化されたオークの体にはそれだけの腕でも傷一つつけることはできなかったようだ。矢を射た人は絶望的な表情で呆然としていた。


 「もう一度、矢を射れるか?」


 ようやく追いついた僕は、その人に問いかけた。楓はアサルトライフルで狙撃の準備を始めたが、僕は楓に狙撃を少しだけ待ってもらった。


 「我々はヴィルドパンのオークを全て排除した。その力を貸してやろう。もう一度、あのオークを射てみろ」


 その人は僕の顔を目を見開いて見たが、すぐに新しい矢を番えてオークを狙った。


 「よく狙うんだ。当てないと意味がないぞ」


 弦を引き絞って矢を放った瞬間、僕は例の呪文を口にした。


 「サンクテュエール」


 放たれた矢は吸い込まれるようにオークの額に当たり、そのまま貫通した。脳を破壊した矢は一瞬で魔物の命を奪い取った。それにしても、二度も頭に命中させるとは……。楓のアサルトライフル並みの弓の名手だな。


 「あなたは?」

 「私はロワ・ソレイユ。我々はヴィルドパンに巣くうオークロードたちを排除して、この世界に新しい文明を広めようとしている。我々の庇護に下れば、今後、この地で同様のことがあっても我々が守ると誓う」

 「ロワ・ソレイユ様」


 ああ、とうとう自分から太陽王を名乗ってしまった。もちろん、名前が日向ソレイユなんだから選択の余地なんてないんだけど、どうにかならないものか。


 「我々はこの地に新しい国を作る。そして放棄された鉱山を再開して新しい技術の製鉄業をこの地に起こそうとしている。我々の庇護に下ってそれを手伝うつもりはないか?」

 「私の名はフレーシュ。あなた様は私の娘の命の恩人です。私はあなた様に忠誠を誓います」


 どうやら僕たちは鴉族の協力者をさらに増やすことができたみたいだ。


 「君は案外なかなか策士だな」


 後でこっそり楓が耳打ちしてきたけれど、僕としては特別策を弄したつもりは全くないのだが。


 フレーシュに案内されて鉱山まで来た時には、鴉族の人々は皆警戒感を露わにして睨みつけてきたり逃げ惑ったりしていたが、フレーシュが事の経緯を説明すると混乱は次第に落ち着いていった。特にオークを一撃で倒した矢が僕の力に依るものだと言ったときには全員から尊敬のまなざしを向けられた。


 「おじさん、ありがとう」

 「……、どういたしまして」


 フレーシュの娘のアストラガルにそう言って感謝されたときには嬉しかったけれど、さすがにおじさんと呼ばれるのは心に来た。隣でくすくす楓が笑っていたので死角から痛覚の集中しているところを小突いてやった。悲鳴を上げていたけれど自業自得だ。


 どうやらフレーシュは鉱山に集まる鴉族の人々の中でリーダー役を担っていたらしく、彼が僕に忠誠を誓ったことを説明すると、鉱山に住んでいた鴉族の集団全員が僕の配下に収まることになった。


 これで、前の町で配下に入った人々と合わせて200人弱の国民が加わったことになる。いつの間にか一気に所帯が増えたものだ。


 「ここはウィクレットと呼ばれていたそうです」


 後から合流したアイエが地図を見てそう教えてくれたその場所は、鉱山に隣接して製鉄場を作り鉱夫と職人の町を作り上げたもののようだった。道から見て鉱山の裏手の方に広がる町は思いのほか大きかった。


 「ここの製鉄場にはウィクレット鉱山だけじゃなく周辺の小規模な鉱山からも鉄鉱石が集められていたみたいです」

 「なるほど。だからこれだけ栄えていたのか」


 ヴィルドパンは街全体が城壁に覆われていたけれど、ウィクレットはそのような作りにはなっていなかった。代わりに中心部に頑丈な城塞が作られていて、有事にはここに住民を避難させたようだ。フレーシュたちがこの城塞に立て籠もって抵抗するようなことになったら面倒なことになっていたに違いない。


 「よし。製鉄場を見に行こう」


 いよいよ異世界の製鉄場見学だ。地球の製鉄とどのくらい違うのか楽しみだ。

次回はとうとう異世界の製鉄法を詳しく解説します。かなりハードコアな内容になりそうな気がしますので、楽しみにお待ちください。

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