第十一話、異世界の製鉄。
「ここは宿場です」
僕が見つけたのは、鉄を運ぶ輸送隊が寝泊まりするための宿場町だった。すでに放棄されて人は誰も住んでいない。でも、オーク襲撃の時に急いで逃げたのか、いろいろなものが放置されているようだ。
「穴ぼこだらけだな」
「それは何だ?」
「鉄だね」
壊れた木箱から転がり落ちた赤茶けた石を拾ってみると、錆びた鉄塊だった。年月が経って錆がかなり進行していたけれど、よく見ると元の形状がどんなだったかを想像することができる。この鉄塊の場合、表面や内部に多くの穴が開いているようだった。
木箱の中にあった他の石も見てみたが、全部同じような錆びた穴だらけの鉄塊だった。
「こういう穴だらけのでこぼこした鉄は海綿鉄って言って製鉄の時に低い温度で還元するとこうなるんだよ」
「なぜ低い温度で還元すると穴だらけになるんだ?」
「低い温度だと鉄が溶けないから、還元して体積が縮んだ時に全体が縮まないで中が穴になっちゃうんだよ」
現代の製鉄では高温を作ることができるので鉄はどろどろに溶けてしまうけれど、昔の製鉄では鉄を溶かせるほどの高温を作れなかったのでこういう海綿鉄ができあがるのだ。こういうところからこの世界の製鉄技術がなんとなく見えてくると面白い。
「アイエ、この鉄はどこへ運んでいくのか分かる?」
「帝都です」
「帝都ってここからかなり遠いんじゃ?」
「はい。ですが、鉄を加工できる魔法使いは帝都までいかないといませんから」
「鉄の加工は魔法なんだ」
「えっと、他にどういう方法があるんですか?」
なるほど、文化交流というのはこういうところから始まるらしい。魔法のある世界での製造業というのは科学文明世界の製造業とは違う常識があるようだ。
「もしかして、鉄鉱石を海綿鉄に還元するのも魔法でやっているの?」
「詳しくはわかりませんが、この辺りは辺境なので魔法使いはそれほど多くはいないはずです」
アイエの話によれば、魔法使いは貴重なので帝都や地方の中核都市に集まっていて、こんな辺境にはほとんどいないのだそうだ。なので、原料はわざわざ都市まで運んで行ってそこで製品に加工されるのが製鉄に限らず一般的だということだ。
ただ、輸送費用を安くするために1次加工を原産地で行うこともしばしば行われているらしい。特に鉄鉱石の場合、鉄鉱石を海綿鉄に還元すれば重量が減るだけでなく、還元剤に使われる木炭などの重量も減らすことができる。
「そういう1次加工では魔法使いが不要か、低レベルの魔法使いが少人数でも実施できる程度の処理に留まることが多いと聞きます」
「とすると、この海綿鉄は地球で昔行われていたみたいな原始的な手法で作っている可能性が高いってことか」
他にも町の中を見てみたけれど、運んでいるものは海綿鉄だけのようで、他の金属や木材、炭のような原料を運んでいる様子はなかった。
「この世界って金属は鉄と金以外には使われないの? 例えば銅とか銀とかアルミとか」
「聞いたことはないです」
「わたくしもござりません」
銀やアルミはともかく、銅がないのは興味深い。地球では鉄より加工しやすくて錆びにくく色もきれいで電気抵抗も少ないので古くから現在に至るまで重用されているというのに。金が手に入りやすいのでそちらで代用されたからなのだろうか。
「鉄を車に積んで動物にでも曳かせて運んだのだな」
楓は鉄塊を入れた木箱を運んでいた車の方を見ていた。車輪がついていて曳行できるような取っ手が伸びているが、残念ながら車輪はすでに壊れていて動かすことはできなさそうだ。
「調教された魔物を使っていたんだと思います」
「魔物は調教可能なのか?」
「はい。種類によっては可能です」
「じゃあ、オークを調教すればオーク兵とかを作ることができるのか!」
「それは無理です、エラブル様」
一度に数人以上の兵士を相手取れる戦力を配下に置ければこれほど力強いことはないと思ったけれど、そんなことは無理なようだ。もっとも、それが可能ならヴィルドパンは滅んでいなかったはずなので当然ではある。
「皆様、何か来るでござります」
突然、スリーズが警告を発した。以前のオークロードのことを思い出し、僕はとっさに身構えた。でも、今度は身構えても無意味だったようだ。
「ジュムコンサカリスプリペレアラテルメル」
スリーズが詠唱をすると、大盾が現れて僕たちを隠すようにそびえたった。そこへ風切り音とともにガッガッと何かがぶつかる音がして、大盾の外には矢がドスドスと刺さった。どうやら僕たちは何者かに弓矢で攻撃されているらしい。
「リスプリペロンプリルモンドラテルメラポルトラリコルト」
長い詠唱を終えたアイエが最後の呪文を唱えると、盾や近くの地面に矢が刺さらなくなった。どういう理屈か矢はすべて離れた地面に刺さっている。
「矢除けの魔法です」
スリーズが役目を終えた大盾を消すと、アイエは立ち上がって姿を見せ、矢の射手に声を届かせくほどの大音声で名乗りを上げた。
「控えよ! 我ら、この地を治めるロワ・ソレイユ様の一行である。ヴィルドパンに巣くう魔物どもを排し、文明統治の光を灯すためここまで来た。汝ら、我らの庇護に下れば、魔物の脅威から守ると約束しよう。もし我らに仇なすならば今ここに汝らの屍をさらすがいい!!」
ロワ・ソレイユって太陽王か! いつの間にかルイ14世にされちゃったよ!?
それはともかく、アイエのしゃべり方がいつもとは全く違い、威厳をもって相手を威圧するような声色と言葉遣いになっていて驚いた。元々帝都で身分の高い貴族だったというけれど、ただ身分が高いだけでなく、指導者としての力量もあるのだろうと思った。
「ソレイユ様、こちらにお願いします。エラブル様は戦闘準備を。カトルフィーユもこっちに」
「ジュムコンサカリスプリペレアラテルメル」
楓がアサルトライフルを構えると同時にスリーズも呪文を詠唱し大剣を召還して手に構えた。それに守られるようにして僕とカトルフィーユはアイエの脇に立った。
誰も姿を見せず、矢も射かけられず、沈黙の時間が過ぎた。
やがて、物陰から背の高い男が一人出てきた。遠目だけれどもカトルフィーユと同じ黒髪と白い肌の持ち主だった。楓とスリーズは男が何をしてもいいよう警戒感を露わにした。
「我々は、ロワ・ソレイユ様に従う! 皆の者、弓矢を捨てよ!!」
その掛け声に従うように、周囲から人が現れ手に持つ弓矢を次々と投げ捨てた。どうやら投降勧告を受け入れたようだ。そのすべてがカトルフィーユと同じ容姿の特徴を持っていた。僕たちは鴉族の隠れ里に行き当たったみたいだ。
「ソレイユ様」
ぼーっと成り行きを見ていた僕に、アイエが脇から囁いて背中を押した。どうやら国王のお仕事の時間のようだ。上手くやれるかな。
タイトルを変えました。由来は日向が遊佐教授に発表を延期してもらうように頼んでいるところからです。
ところで、タイトルを変えることに少なからず違和感を感じる読者の方がいるようなのでちょっと言い訳なのですが、小説家になろうのシステムでは新規読者にアピールする有効な手段がほぼタイトルしかないという状況ですので、新規読者が伸び悩んだ時にはタイトルを変更する以外に作者の側で打てる手がありません。
ですので、読者の反応を確認しながらタイトルを変更するということは、小説家になろうを使っている以上は必要悪なんだとご理解ください。