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第九話、鴉族の女の子。

 鴉族は差別を受けているとアイエは言った。もっと言えば迫害を受けていると。


 例えば、帝都では鴉族が住むことが許されている区域は限られていた。別に法律があるというわけではないけれど、誰も土地を売らないし貸さないので、仕方なく他に誰も住みたがらないような訳アリの土地に集まってくることになるのだ。


 別に鴉族が先天的に悪い性質を持っているというわけではない。体の白黒のコントラストが気味悪がられているがそれは鴉族の性質とは関係がない。頭が悪く犯罪者が多いとされているけれど、貧困の影響は極めて大きいと思われる。


 「僕は黒髪で黒目だけど気持ち悪い?」

 「ソレイユ様は肌が少し黄色いので」


 それでも僕の髪の色を気にする人はいるだろうということだった。楓の方は、髪の色が黒というより栗色なので鴉族には間違われないということらしい。


 「人を見た目で差別するなんて野蛮な!」


 日本では見た目による人種差別ということがあまり身近で話題にならないのでいまいちピンと来ないけど、楓はアメリカに住んでいたので思うところがあるようだ。


 「アイエたちも鴉族は嫌いなの?」

 「私は直接鴉族の人たちと触れ合ったことはないので個人的な感情はないですが、子供のころから鴉族には近づいてはいけないときつく言われてきたので……」

 「わたくしも同じくでござります」


 なるほど。だから、あの女の子が鴉族だと分かった時に驚いていたのか。と思ったけれど、アイエの心配はそれ以上のことだった。


 「鴉族は迫害を受けていますから、街を離れて小規模な隠れ里をいくつも作っていると聞いたことがあります」

 「あ、もしかするとこの辺りに」

 「可能性は高いです」


 オークが住み着いているせいで人が寄り付かなくなった地域に迫害を受けている民族が隠れ里を作る。ありそうな話だ。するとあのオークの食糧庫で発見された人たちはそういう隠れ里から連れてこられたということか。


 とりあえず、ヴィルドパンから魔物の影を一掃することが先決だけど、それが終わったら隠れ里に住んでいる人たちにヴィルドパンへの移住を呼びかけてもいいかもしれない。ただ、アイエたちがどう思うか分からないので試しに提案してみた。


 「それはぜひやるべきだ。僕たちの国は人種差別なんてない自由の国にしよう」

 「私も賛成です。鴉族の人たちは寄る辺がありませんから、きっと私たちに協力してくれると思います」


 楓は全面的に賛成だったし、アイエも利があると見たようだった。


 「スリーズは?」

 「わたくしは皆様にお任せ申し上げつかまつります」

 「何か気になることがあるの?」

 「……、他の種族の方が来られた時に問題が起きたらどうするか考えておくべきかもしれないと思いつかまつります」

 「そんなの、文句を言ったほうが悪いんだ」


 スリーズの懸念に楓は強い口調で反論した。僕も心情的には楓に賛成だけど、地球で頻発する民族紛争のことを考えるとあまり楽観はできない気もする。ただ、正直こういう敏感な政治問題に自ら首を突っ込むのはだるい。


 「はあ、なんでみんな仲良くできないんだろう?」

 「分かりません」


 思わず僕が呟いた言葉にアイエが暗い表情で答えた。そういえば、アイエたちは政争に敗れてここまで来たのだった。全く他人事ではないのだろう。


 翌日、鴉族の女の子を置いてヴィルドパンに向かおうとすると、何もしゃべらずに後ろからついてきた。そこで、僕たちは相談して女の子を一緒に連れていくことにした。一人になるのが怖いのかもしれない。


 オークの食糧庫は昨日見つかったので全てだったようだ。もちろん全部の建物を調べたわけではないが、大きめの建物は一通り調べたので見落としはないと思う。他にも建物によって内装がめちゃめちゃに荒らされているものもあれば、きれいなままで残っているものもあり、オークの好みがあるのかなと思った。


 食糧庫に残された遺体は原型を留めていないものがほとんどで、しかも動物や魔物の死体と混ざっていて区別の難しいものも多かったので、仕方なく大まかに分けて空き地で荼毘に付すことにした。運び出す時には損傷の少ない台車を見つけたので修理して使った。


 「世界に満ちる父なる精霊よ。実りをもたらす母なる大地よ。吾、汝らが子、アイエ、常に汝らと共にあり、汝らの秩序を信じ、汝らの寛容に感謝し、汝らの美徳を世に知らしめん。汝ら、吾に力を与えたまえたり。そは汝らに帰依する吾の祈りに答えたもうたるものなり。そをもって吾、ここなる亡骸を荼毘に付さんと欲す。吾、汝らの祝福に感謝し、祈り、精進し、啓蒙し続けるとこそ誓うなれ。リスプリペロンプリルモンドラテルメラポルトラリコルト」


 アイエが呪文を唱えると、集められた遺体が燃え始めた。オークや他の魔物や動物の死体も別のところでまとめて燃やした。これで死体に釣られて他の魔物が集まってくることもないだろう。


 鴉族の女の子は遺体を焼くところを何も言わずにじっと見ていた。もしかするとあの中に家族や知り合いがいたのかもしれないが、何も言わないので分からなかった。


 ともあれ、これでようやく街が手に入った。明日からは街の中心部にあるひときわ立派な宮殿に引っ越しだ。なんとなく、ちょっとずつ国王らしくなってきた気がする。まだ国民は誰もいないけれど。


 「この子に名前を付けた方がいいんじゃないかな」

 「名前を?」

 「うん。本当なら本人に名前を聞いた方がいいと思うんだけど」


 あれから数日、いまだに鴉族の女の子は一言も口を聞くことはなかった。話しかけた言葉などには反応を返してくれるようになっていて、最初の時ほど無感情な雰囲気ではなくなっていたのだが、ショックが大きすぎたのか言葉を出すことはできないようなのだ。


 それで、いつまでも鴉族の女の子と呼んでいるわけにもいかないので、仮の名前を付けたらどうかと提案したのだ。


 「ねえ、君、名前を教えてくれる?」

 「……」


 念のためもう一度名前を聞いてみたけれど、困った顔で首を傾げるだけだった。もしかしたら、言葉を話せないだけじゃなく、記憶も失っているのかもしれない。


 「君は何か考えがあるのか?」

 「やっぱり花の名前がいいんじゃないかな」


 楓は花というより紅葉だけど、アイエもスリーズも花の名前だ。せっかくなら統一感がある方がいい気がする。


 「ソレイユ様にお任せします」

 「そうだね。じゃあ、カトルフィーユはどう?」


 アイエから僕に命名を任されたので、ここに来る時に白詰草が一面に咲いている景色があってきれいだと思ったことを思い出して、これからの女の子の人生が幸運に恵まれますようにと「四つ葉」を意味するフランス語を提案してみた。


 「……」


 女の子は相変わらず話さないが、うなずく様子は嬉しそうに見えた。


 カトルフィーユはヴィルドパンに引っ越した後、自分から家事手伝いを率先してするようになった。まるで小さなメイドさんのようだった。


 10歳程度の子供に働かせるのはかわいそうな気もしたけれど、本人がやりたいみたいなので好きにさせている。でも、落ち着いたら手伝いばかりじゃなくて教育も考えた方がいいんだろう。何せ、僕の仕事はこの世界に文明を広めることなのだから。


 それに、スリーズは懸念があるみたいだけれども、やはりできればこの辺りの鴉族の隠れ里の人たちにヴィルドパンに移住してもらってカトルフィーユの里親になってもらう方がいいんだろう。いい人たちに出会えるといいんだけど。

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