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月もほのかに薫る日は  作者: 岸々庵々
4/7

留鴉と旅桜

春の麗らかな風の中を

桜の散り敷く公園の中を

僕は些かの迷いも見せずに歩いている

皆が賑やかに笑う中を歩いている


僕は樹下に静かに足を止めた

そして極めて清潔な疎外感に抱かれ乍ら

花見に興じる人々の様子を眺めてみる


無邪気に走り回る子供

微笑ましく眺める女

酔って脱ぎだす男

意思のない歌を歌いだす女

陳腐な構図の絵を描く男

そして泣き出す赤ん坊


背中から笛の音がする

僕が後を振り返ると

花見の席に似合わないしめやかな曲を

一人で奏でる女がいた


僕が見惚れていると

女は吃と立った侭

柔和な笑みを僕に向けた

そして艶かしく笛を離した


「花見」は死を悼む宴です

私は哀しくって仕様がありません

いつかは私も散るのです

多くの兄弟たちと同様に

いつかは貴方も死ぬのです

多くの同胞達と同様に

「花見」は美を謳う宴です

私は心地良くって仕様がありません

またいつか私は咲くのです

きっとこんな麗らかな春に

またいつか貴方も生まれます

きっとこんな笑顔の絶えない日に

ところで

貴方のお名前は?


女の目には無感動な僕が居る

無愛想な僕が居座っている

女の人懐っこい瞳に

弾き出された僕が映っている

僕は極めて小さな咳払いをした


カラス


僕は答えた

風に吹き消されそうな声だった


カラスさん、ワタシはサクラ


女は言った

明るい声は作り物の様で


一緒に踊りましょう

夜が来る迄

私にアナタの肢体が

見えなくなる迄

アナタが

オナカが空いてくる迄


随分長い時間だった気がする

僕とサクラは踊っていた

動くことに慣れていないのか

サクラはとてもダンスが下手だったが

僕らはそれで十分だった

僕が時折空を飛ぶと

サクラはひどく寂しそうな目をした

僕はそれに気付くなり地面に下りた

サクラの気持ちは痛いほど分かっていたから

サクラは草の上に寝転んだ


ネェ、もうワタシ疲れちゃった

まだもの足りないの?

ワガママなのネ

じゃあ、ワタシ笛吹くワ

トビッキリ陽気なヤツ

あの青空にも負けないくらい

清々しくてキレイなヤツ


サクラはもじもじし乍ら吹き始めた

旋律は却ってもの哀しいほど陽気で

その上で却って疎ましいほど清冽で

つまりはサクラのカラ元気に見えた

でも僕は気にしないことにした

サクラの悲しみを受け止める勇気は僕にはなかった


太陽に体を見られた木々が恥じ入る頃

サクラは漸くレパートリーが尽きたのか

笛を口から離した

そして潤んだ瞳で僕を見乍ら

訥々と語り始めた


ワタシもう直ぐ散るのヨ

驚いた?

あんなにゲンキだったのにって

ワタシ、バラバラにならずに散るの


突風に煽られて一輪の桜がぽとりと落ちる

いともあっけなく


ホラ、あんな風に

次の次に

あんな風に落ちるのワタシ


サクラは手の甲で泪を拭った

しっとりと潤っているサクラの声には

切なさと諦めと悲しみとが混じっている

きっとそれらの感情は水になってしまうのだ

サクラは懸命に声を出した

湧き水のような

優しく力強い声を


カラスさんに逢えてよかった

ワタシ今日とっても楽しかった

受粉したときみたいに満たされちゃった

だけどコワイ

やっぱりコワイ

また一輪散っちゃった

少しずつ近づいてくるのヨ

真っ黒な蔓が

ワタシに

ワタシの命の根源みたいなものに

絡みつこうとしてる

コワイよ

折角アナタに逢えたのに

ワタシに気づいてもずっと眺めてるだけのヒトなんかより

ずっとステキなアナタに逢えたのに


涙はサクラの頬を伝った

僕には何も出来ない

ヒトだったなら抱き締めただろう

サクラだったなら一緒に散ったろう

けれども僕は―――


ネエ、カラスさん


サクラはまた話し始めた


ワタシが散ったら食べて

ワタシのこと食べて

啄ばみたいならそれでいいから

丸呑みにするならそれでいいから

お願いだから

ワタシのこと食べてネ

ワタシ、カラスさんの栄養になるの

そう考えたら、少しラクになったみたい


ヒトだったなら

もし本当にヒトだったなら

桜が死んでも涙も流さず

ただ美しいと感じられたのだろうか

サクラの含羞む様な笑い声

最後の笑顔は見えない

月明かりは薄い雲の向こうだし

何より

こんなに滲んだ世界は初めて見た


お願いネ

絶対ヨ

食べてネ

アイシテル


ぽとりと落ちた

花が落ちた

音も立てずに

僕以外の

誰にも気付かれずに


花見はまだ続いている

僕は落ちた花の下へ向かう

視界はまだ滲んでいたが

サクラを何とか見つけ出した

花見はまだ続いている


僕には彼女を啄ばむことは出来ず

丁寧に丸呑みにした

それが彼女の望みだと

僕を赦す為に

体のいい言い訳をつけた


月が冴え渡る夜に僕は泣いていた

 ―――花見は「死」を悼む宴です―――

月影を遮る花弁が痛いほど美しかった

 ―――花見は「美」を謳う宴です―――


サクラの死に

きっとヒトは美を重ねるだろう

僕はヒトでなくて良かったと思い

ヒトでありたかったと願った

死ぬことを美しいなどと感じるから

ヒトは無意味に何かを殺すのだろう

きっとヒトであったなら

愛するサクラの死も

こんなに苦しいものでは無かっただろう


僕はもう此処を離れられない

僕は樹下にしっかりと腰を据えた

そして極めて凶悪な疎外感を抱き乍ら

飲まず食わずで思い出を眺めた


無邪気に踊っているサクラ

微笑みを絶やさないサクラ

笛を取り出すサクラ

意思の詰まった曲を奏でるサクラ

陳腐な愛を囁くサクラ

そして散ってしまったサクラ・・・・・・


蝉のけたたましい朝に

雄鶏が負けじと声を上げる

眩しいだけの朝が今日もやってくる

モノトーンの世界がそっと広がっていく


視界は霞んでいる

今此処にある赤いものはテントウムシだろうか

聴覚は淀んでいる

蝉の声が随分と遠くで聞こえる


やっと終われるみたいだ

それにしても

サクラの死はあまりにも辛かった

そうか

だからヒトは―――

僕は最期に精一杯叫ぼうとする

全ての祈りと全ての恨みを籠めて


カア。

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