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人狼のレガシー  作者: フレイヤ マリアN
Part One: Reincarnation
4/5

丘の上の孤児院に住む少年 (2)

 砂浜と崖の間には小さな森がある。森といっても汚い雑木林のようでホームレスの住処と粗大ごみ置き場になってしまっている。大小のものがその森にあるせいか、汚くても僕はその森を気に入っていた。

 森を抜けるとそこには大きな平面が広がっている。草原のように大きいが、孤児院の子供たちからはもっぱら空き地と呼ばれている。実際十年ほど前、そこに大きな遊園地を作るという計画さえあったらしい。それがどうなったのかは僕にはわからないけれど。

 空き地には小さな丘に生えた柳があった。どうやらその木はすでに何十年もそこに立っているらしく、孤児院で働く年長の園長でさえもその柳がなかった時は思い出せないと言う。永遠の木、孤児たちからその木はそう呼ばれ、一部の子どもたちはその柳を神のように崇めたために神父さまから怒られたことを僕は覚えている。

 永遠の木にどんな魔力が潜められているにせよ、その柳にまつわる色んな伝説があった。その噂のせいか、柳が生える丘は孤児院に住む子どもたちからは決闘の場所として使われた。月に一度の割合で夕方に二人の子どもたちがそこで喧嘩をしている。喧嘩の理由はいつもくだらないが、勝者はみんなの注目を集めるし、楽しみごとが少ない孤児院にとってはエンタテインメントの一つでもある。僕だって二回ほどそこで戦い、遠くからではあるが、何回も他の孤児たちの喧嘩を眺めた。

 空き地を駆け抜けると、急な坂が始まり、その終りに孤児院がある。一応鉄製の柵で囲まれているが、鉄棒は全て寂れていて、所々大きな穴が開いてしまっている。でも泥棒なんて孤児院に入るわけなんてないし、孤児院から逃げる子供を止める者なんて誰もいない。子供が少なければ少ないほど暮らしは楽になるのだ。

 錆びついた門を押し開けるのが面倒だったので、僕は柵を飛び越え、孤児院の敷地に入った。百人ほどが座れる食堂には明かりが灯っていたが、話し声は聞こえなかった。おかしいな、また「食事中には喋るな」と説教する神父さまがいるのだろうか? 夕食時にこんなに静かなのは変だ。

 玄関のドアを開けて、僕は孤児院に入った。キッチンからは美味しそうな匂いが漂ってくる。全てはいつもどおりのように思えた。誰もいない廊下を抜けて、僕は食堂へと向かった。食堂に近づけば近づくほど食べ物の匂いは強くなり、腹の虫が鳴り始めたが、いっそうに他の子供たちの声は聞こえなかった。おかしい。神父さまがいても小さい子供たちはうるさいのだ。一体どうしたのだろう?

 まさか孤児院に住む孤児たちが全員逃げ出してしまったわけではなかろう。そんなメルヘンみたいな話はあるはずがない。そんな考えが脳裏を横切りながら僕は自分の脈が上がっていくのに気づいた。食堂のドアを開けて本当に誰もいなかったら僕はどうしたらいいだろうか?

 無数の不安を抱いて食堂のドアを抜けると、そこには他の孤児たちが長いテーブルに座っていた。やはり彼らは神隠しにあったわけではないのだ。しかし奇妙なことに彼らは喋らず、彼らの皿にも食事は盛られていなかった。さらに不気味なのは僕が食堂に入ってくると大広間に座った孤児たち全員がまるでロボットのように揃って僕の方を向き、穴が開くほど僕を見つめるのだ。

「みんなどうしたんだよ?」僕は愛想笑いを浮かべながら腹を押さえた。空腹が酷くなり、腹が痛み始めた。「なんで食べないんだよ?」

「アーベント!」突然、頭上で甲高い声がした。顔を上げると食堂の高い天井には黒いマントに身を包んだ男が正に――飛んでいた。彼の背中から黒い二枚の翼がニョキと生え、それがバタバタと空気を叩き、男は宙に静止していた。「アーベント!」彼は繰り返した。「貴様が生き延びてこんなところにいるとは……思ってもみなかった」

 飛ぶ男は僕と話しているようだったが、アーベントが誰だか僕にはわからなかった。それを僕が飛ぶ男に説明すると、彼は憤怒したような形相で羽ばたくのやめた。ストンと男は落ち、食堂の真ん中に置かれたテーブルに着地した。そこには通常スープの大きな鍋が置かれているはずだが、今回は全く別のものがそこにあった。

 心拍数が飛び上がった。テーブルの上には身体が仰向けに寝かせられていた。指の間から汗が噴き出した。身体の両腕はダランと投げ出され、ブランコのように揺れた。二本の手の間には真ん丸い禿げたさかさまの頭があり、涎が口角から垂れていた。翼を持った男は身体の腹を踏みつけ、残酷な笑を見せた。すると身体の目は飛び出るように傍聴し、鼻と口からは何だかわからない液体が流れだした。

「園長!」僕が叫ぶと男はさらに靴を屍となってしまった園長の身体にねじ込み、園長の顔に現れる変化を愉快そうに眺めた。

「どうしたアーベント? 人間どもに同情するほどおまえは落ちぶれたのか?」

 震えが身体のどこかで生まれ、まるで地震のように全ての細胞に伝わった。アーベントが誰だかしらないが、この男は危険だ。下手なことをしたら殺されてしまう。僕は周りに座る他の孤児たちを眺めた。彼らの前で男は園長を殺したのだろう、だから孤児たちは恐怖に駆られて動けなくなっているのだ。そうでなければとっくに逃げ出しているに違いない。

「あんたは誰だ?」僕は園長の上に立った男に尋ねた。

「アコーディオ・ヒンデンブルグ、ヴァンピール女王さまの第一秘書だ」

 ヴァンピール! 伝説に登場するあの人間の血を吸いながら生きる怪物のことか? そんな生き物が本当にいるはずはない、と僕は言い返したかったが、アコーディーオと名乗った男は翼を使って空を飛んでいる。それがチープなトリックではなさそうだ。どこにもクレーンもワイヤーもない。目の前に立つ男は正しくヴァンピールなのだ!

「我輩を思い出したかアーベント? おまえはかつてはヴェラヴォルフを率いる大王だったのだぞ」

 僕はアーベントが誰だか本当にわからなかった。その名前も聞いたこともなければ、ヴェラヴォルフを見たことも、王に合ったこともない。僕はただの孤児なのだ。絶対これは人違いだと思ったが、眉を吊り上げ僕を睨みつけるヴァンピールはその答えを受け付けないだろう。

 額が脂汗で湿ってきた。こめかみが絞め上げられるような痛みがしたが、それでも僕は頭をフル回転させて、どうにかこの状況から抜け出せないかと策を巡らせていた。

「ああ、私がアーベントだ」深く轟くような声で僕は告げた「ついに私も見つかってしまったな、おまえらヴァンピールに。だがな、私はまだ逃げることができる。ヴェラヴォルフの逃げ足を侮るなよ」

「貴様が逃げる? 大王も落ちたものだ。一対一の決闘はもうできないのか?」と黒いマントを翻らせアコーディーオは言った。

「私が逃げたあと、ここにいる子供たちはどうする?」僕は食堂にいる全員の視線が僕に集まっていることを確認し、手を広げながら続けた。「ここには百人以上の子供たちがいる。団結しておまえに襲い掛かれば女王さまの秘書とて、ひとたまりもなかろう」

「我輩を侮辱しているのかね?」アコーディーオは声を荒げたが、僕は彼を無視した。ただひたすら孤児たちを見つめ、今度は勇気ではなく恐怖を与えようとした。

「君たちは勘違いしてはいけない。このヴァンピールを倒さなければ、君たちの未来はないのだぞ。園長を殺したこやつが君たちに慈悲を見せると思うかね? 否だ、そんなことは起こらない。君たちはヴァンピールが存在するという秘密を知ってしまった。そしてヴァンピールの掟によって、こやつは君たちを一人残らず抹殺しなければいけない」

「そんな掟はない!」怒ってアコーディーオは皿を僕に投げつけた。僕は慌てて首を引っ込めて皿を避けた。背後で割れ物が砕ける音がした。

「さあ、君たちが選択する番だ。戦うかこのヴァンピールに捕まり、腸を引き裂かれ、目玉を抉り取られ、血を吸われるか、そのどちらかだ」まだ小学生ぐらいの子供たちが僕の言葉を聞いて震えだした。僕はそのなかで一番怖がってそうな子供を睨みつけた。「もしかしたらこのヴァンピールは君たちをすぐに殺さないかもしれない。ヴァンピールだって食料を蓄える場所があるからね。運が悪かったら君たちはこのヴァンピールに生け捕りにされて彼らの巣に連れて行かれるかもしれない。そうしたらもうアウトだ。君たちは魚のように口に針を通されて天井から釣り上げられるだ。でもそれだけじゃ死なないな。口が痛くて痛くてしょうがないけど、そのぐらいで人間は死なない。だから腐りもしないんだ。やがて何日も経った後、ヴァンピールが入ってきて君たちの腕をもぎ取ってムシャムシャと食べてしまう――でもそれだけじゃ足りないな。それだけじゃ人間は死なない――」

 誰かが悲鳴を上げた。叫んだのは僕が睨んでいた子供ではなく、三つ先の席に座っていた少女だった。彼女の鳴き声のような甲高い声が大広間の壁に反響すると、まるでそれが魔法の言葉だったかのように子供たちはみな叫びながら逃げ始めた。

 孤児の逃げ足は速い、しかしヴァンピールの素早さには敵わなかった。立ち上がり逃げ出そうとした少年の喉をアコーディーオは掴み、恐ろしい怪力で少年の細い首を握りつぶした。だがそれはカオスの火に油を注いでしまい、罵声と逃げ惑う足音が酷くなった。年長の孤児たちはアコーディーオに飛びかかり、ヴァンピールの黒いマントを引き剥がした。

 ヴァンピールが押し倒されるのを見計らって僕は踵を返し走りだした。臆病者らしき行動だったが、僕は戦力にならないだろう。それにアコーディーオの目的は僕のようだから、僕が逃げれば他の孤児たちは逃げきれるかもしれない。

 孤児院の正面玄関のドアを蹴り開け、僕は北風が唸りを上げながら吹き付ける夜へと飛び出した。そうするとピリピリと痺れのような冷たさに襲われ、僕はまだ濡れた服を着ていることに気づいた。結局キリのタオルは持ってこれなかった。

 丘を駆け下り、草原が始まるところで僕は一旦立ち止まる。どちらへ僕は逃げればいいだろうか? 永遠の木から左へいけば小さな集落に出るが、そこで村人たちがどれだけの助けになるかはわからなかった。孤児院の子供たちはそこでは嫌われており、吸血鬼が出たと言ったら、正にオオカミ少年みたいに扱われるだろう。

 それにキリのことが心配だった。僕は彼女を一人にさせたくなかったし、彼女も僕の帰りを待っているに違いない。永遠の木から右側に伸びる草原の道を僕は走りだした。

 両腕を守るように上げて僕は雑木林を抜けたが、それでも枝が何回も鞭のように顔に当たり、アイパッチの下のあたりの頬が裂かれた。森は暗く、僕は走っている間に数回足を枝に絡ませてしまい、派手に転げた。湿った落ち葉がクッションとなって怪我はしなかったが、気持ち悪くなるほど土の味を口のなかで感じた。

 なんとか森を抜けると月光だけに照らしだされた砂浜に波が白い泡になって消える光景が見えた。僕は立ち止まりグルリと辺りを見渡す――キリはどこだ?

 彼女は姿は狭い砂浜のどこにもなかった。海の音だけが恨めしそうに叫ぶ死人の声に聞こえ、耳でこだました。キリは――僕は崖の方を向いた――まさか、キリはまたあそこから飛び降りたのではあるまいか?

 そんなはずはない。キリは絶望しているところがあったが、生と死をそれほど重要視していなかった。彼女にとっては死ぬということはシャンプーを買い換えるということぐらい日常的なことだったはずだ。

 キリはあの崖から飛び降りたのか? その疑問が脳を横切った瞬間、僕は一つの影が崖の下に浮かび上がるのを見た。その人影が今までどこに隠れていたかはわからないが、輪郭は小さく、ウェイストのところで凹んでいた。キリだ。すぐさま僕にはそれがわかった。

「キリ!」

 僕は叫んだが、彼女は振り返らず崖に向かって走り出していた。

読んでくれてありがとうございました。評価・感想お願いします。次話は一月四日です。


ハッピーホリデー!


Marian Flayer 28th of December 2012

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