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第八回 雨(第3篇)

 家に帰るとそのままベッドの上に転がり、ただぼんやりと天井を見つめていた。ベランダの窓は強風に煽られカタカタと音をたてた。次第にぱらぱらという音は激しくなり、他一切の音を掻き消した。

 私は考えなくてはならなかった。あの言葉の指す意味は一体何なのか。考えても、考えても答えなど分からなかった。しかしその答えに辿り着いたとき、それは自分を傷つけるであろうことはなんとなく分かっていた。防衛本能とでもいうようなものが、私から思考能力を奪い、体をベッドに縛り付けた。執拗なリフレインを何度も何度も頭から追い出して悪戯に時間だけが過ぎていった。


 目を開けると部屋は真っ暗で静まり返っていた。どうやら疲れて眠ってしまったようだ。私はベランダの窓を開け、空を見上げた。そこには大きな月だけが浮かんでいる。私は静かに呼吸をした。空に掛かる薄い雲が月の光を吸い込んでとても綺麗だ。私はふと空腹を思い出し、部屋へと戻った。結局答えは見つからないままだった。しかし、心には一つ決断したことがあった。


 翌日、私は山野由美の家に来ていた。彼女の家に来たのは今日で二回目だ。あの女の子らしい明るい部屋も今日はなんとなくくすんで見えた。彼女は私を迎えると、すぐに冷たいコーヒーとちょっとしたお菓子を用意してくれた。私はコーヒーを口に含み、静かにグラスをテーブルへ戻した。

「実は昨日、結城さんに会ったんだ・・・」

 彼女は伏せていた目をこちらに向けた。私は昨日あったことを淡々と話した。

「そう・・・。」

 彼女はそれだけ言うと黙り込んでしまった。何か考え込んでいるようだ。

「私、考えたんだけど、やっぱりキャンプに行くの辞めようと思うんだ。」

 私は落ち着いた声で言った。彼女は驚いてまた顔を上げた。

「え、どうして・・・。」

「だって、言い出したのも企画進めてきたのも結城さんだし、一番楽しみにしてたと思う。」

「・・・・・。」

「私がいるのが嫌だというなら、私は行けない。みんなと行けないのは残念だけど、結城さんが行けないのはもっと嫌だもの。」

 少しの沈黙の後、由美は私の目を見つめ口を開いた。

「私は嫌だよ。理沙ちゃんがいないのも、夕希ちゃんがいないのも。どっちも諦められないよ!」

 いつも落ち着いた雰囲気の彼女がこんなに大きな声を上げるのを初めて聞いた。

「今から、理沙ちゃんのとこ行ってみよう!」

 そう言うと、彼女は私の返事も待たずに出かける準備を始めた。


 理沙子の住むアパートは、大学のすぐ裏手にあった。由美に迷いは見られなかった。彼女は躊躇いもなくインターフォンを鳴らした。しかし反応はない。

「理沙ちゃん、私、由美だよ。いるんでしょ?」

 彼女は厚いドアに向かって話しかけた。やはり、何の反応も返っては来なかった。仕方なく諦めて帰ろうとした時、わずかに扉が開いた。

「由美・・・?」

 中から弱々しい声がした。友の顔を見つけると、彼女の顔は僅かに緩んだ。理沙子がドアのチェーンを外そうと手を掛けた時、私と目が合った。

「ごめん、由美。私体調崩しててキャンプ行けそうにないんだ・・・。ごめんね。」

 彼女はそれだけ言うと慌ててドアを閉めてしまった。それから何度呼びかけても理沙子が顔を出すことはなかった。


 帰り道。

「私、やっぱり・・・。」

 私が話し始めると彼女はすぐに言葉を遮った。

「夕希ちゃんまで行かないとか言っちゃ嫌だよ。」

 彼女は目に溜った涙を零さないように必死に堪えているようだった。

「でも結城さん、やっぱり私のこと避けてるみたいだし、私が行かないと知ったらキャンプにだって来るかも知れない・・・。」

 自分の言葉が心を抉った。声は僅かに震えていた。

「夕希ちゃんは悪くない。だから、お願い・・・。」

 由美は私に抱き付いてきた。その小さな肩はいつまでも小刻みに揺れ続けていた。

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