第六回 雨(第1篇)
この時期になると図書館はいつも学生たちで溢れ返る。もちろん夏休み前の試験を乗り切るためだ。
「お願い!語学概論のノート写させて!」
「ねえ夕希、古典文法のここのとこなんだけどさあ・・・」
幸い人付き合いの少なかった私は講義を受ける以外特にやることもなかった。講義内容はほとんど頭に入っていたし、まめな性格もあってノートもきれいにまとめていた。そんなわけで私の周りには多くの同級生が詰めかけていた。以前の私なら気後れしてしまっているところだが今は違っていた。
「しょうがないなぁ。はいこれノートね。」
「これはね、鎌倉時代の・・・」
もちろんもう試験前限定のヒロインではない。キャンプ計画の一件以来みんなと落ち着いてうまく話せるようになっていた。
毎日が楽しくて仕方なかった。人と繋がっていることで同じ世界がこんなにも変わってしまうなんて知らなかった。私の笑顔で私の声でこの世界を変えられることになんで今まで気付かなかったのだろう。いや、もう過去のことなんてどうでも良かった。
私はこの楽しい日々を報告する為、毎日あの滑稽な水棲生物を訪ねていた。
『ほら、言ったとおりだったでしょ。君はとても素敵なんだから』
そいつはいつも私の話を嬉しそうに聞きながら、優しい言葉を掛けてくれた。困ったことがあると親身に聞いて助言してくれた。私はそいつと話すことでますます自分に自信を持つようになっていった。そいつは不思議とどこか懐かしいような安心感を持っていた。私はそのうち大学に着ていく服装のや髪型に至るまであらゆることをそいつに相談するようになった。それからというもの、大学では
「あ、その服可愛いね。」
とか、
「髪型変えたんだ。すごく似合ってるよ。」
といった言葉を聞く機会も多くなり、私は今まで言葉でしか知らなかった幸せというものをはっきりと実感していた。
試験最終日。私たちは最後の試験を終え、ちょっとした打ち上げを兼ねて近くのファミレスへと向かった。みんな考えることは同じのようで、席はほぼ学生で占められていた。
「やっと試験から解放されたー!」
「夏休みは思い切り遊ぶぞ!」
みんな思い思いにくつろいでお喋りをしている。私たちも席に着き早々に食事を済ませると、食後のコーヒーを飲みながら雑談を始めた。そして話題は当然夏休みに予定しているキャンプのことになった。
「そう言えば、キャンプの日雨降りそうだよね。」
「河原でバーベキューして、それから花火するんだったよね?雨降ったらどうする?」
自然とみんなの視線は私に集まり意見を求められているのが分かった。
「夕希ちゃん、どうする?」
山野由美が改めて私に尋ねた。
「うーん、キャンプ場に屋根つきのバーベキュー施設あったから雨降ったらそこを使おう。花火は無理だけど、それならロッジでお酒でも飲みながらお喋りして過ごしても十分楽しいと思うし。」
みんな、それを聞いてうんうんと頷いた。
バン!
突然、大きな音がしてテーブルに一つの影が落ちてきた。
「私、やっぱり行かない・・・。」
立ち上がったのは結城理沙子だった。彼女はしかめた顔でそれだけ言うと、お札を置いてそのままお店を出ていってしまった。