第四回 夢の始まり
五限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。今週の講義はこれで最後だ。休日前ということもあって、みんなすぐには教室を去ろうとはせず、だらだらとお喋りをしている。アルバイトをクビになり、既にサークルでもその存在が忘れられているであろう私は、この後も特に予定などはなかった。しかし、仲良く話しをする友達もいない私にはここに留まる理由も無かった。私はテキパキとした動作で、テキストをカバンに突っ込み、消しゴムのかすをかき集めて教室を去ろうとした。
その時、後ろから名前を呼ばれたような気がして、私はビクッと立ち止まった。そして、戸惑いながらも後ろを振り返った。そこにいたのは同じ学科の山野由美だった。
「あのさ、今度学科の女子みんなで夏休みに遊びに行こうと思って計画してるんだけど・・・」
私が何の返事も返せずにいると、彼女の笑顔は少し困ったような顔へと変化していった。
『ま、とにかく笑ってみろよ。』
ふとあの時の言葉が思い出された。私は慌てて笑顔を作った。無理やり作られたわずか3点の笑顔だったが、彼女は安心したように言葉を続けた。
「明日、私の家で計画立てるんだけど良かったら一緒にどうかな?」
「うん・・・、分かった・・・行く。」
私は精一杯の言葉を絞り出した。
「良かった。」
彼女の安堵した表情からは、私以上の勇気を持って話しかけてきてくれていたことが伝わってきた。
私は嬉しい気持ちで大学を出た。時折一人にやけながら歩くその姿は、周りの人には危なく映っていただろう。しかし、私はそんなことに気付くはずもなかった。
ところが、家に近づくにつれ、段々と不安な気持ちが膨らんでくる。これまで染み付いた私の性格がその嬉しい気持ちを継続させてはくれなかったのだ。徐々に足取りは重くなり、そしてとうとう私は公園の前で完全に立ち止まってしまった。
私の思考はぐるぐるぐるぐるとまわり続けた。もし、みんなとうまく話せなかったらどうしよう。もし、みんなから「なんでここにいるの?」って思われたりしたらどうしよう。もし、・・・。沢山の「もし」が私の脳を占領し、体を動かすことさえ阻んでいた。立ち尽くしたまま、どれだけの時間が過ぎていったのかも分からなかった。気が付いた時には、私はすでに体を反転させてつかつかとあの場所へと歩き出していた。
あいつはこの前と全く同じところにいた。
『やあ、また来てくれたんだね。』
白い身体をほんの気持ち動かすとそう言った。
「実は今度さ・・・」
私は堰を切ったようにしゃべり続けた。
『なるほどね、誘われたのは嬉しいけどみんなとうまくやっていけるか不安ということなんだね?』
口をパクパクさせながらそいつは話を続けた。
『もっと、自分に自信を持ちなよ。とにかく笑顔で、明るく受け答えできれば何の問題ないさ。』
「でも、それが出来るかが不安で・・・。」
『だから、もっと自信を持ちなって。君はとても魅力的な人だよ。みんなきっと君のこと好きになってくれるに違いないよ。』
「うん・・・。」
それから私は長い間そいつと話し込んだ。着ていく服や髪型、どんな話題を話せばいいかなど事細かに相談した。
ひとしきり話をしたところで、店の中からあの時の店員が出てきた。その姿を見つけると、一気に私の心拍数は上昇し、逃げるように急いでその場を離れた。