第二回 紅い空
その男性はじっとこちらの様子を見つめていた。というよりは私の返事を待っているのだろう。しかし、異性まともに話などしたことない私がその問いに答えることはなかった。私はそのままただ俯き続けた。
「君、大丈夫?」
私はそれでも黙ったまま地面ばかりを見つめていた。何か答えなくちゃいけないという思いはあった。しかし、一切の言葉が出てこない。そのうち、何とかうまくしゃべらなくてはという強迫観念に駆られ、その場に留まることが耐えられなくなってしまった。
『待ちなよ。』
男性の脇をすり抜けその場を逃げ去ろうとしたとき、後ろからまたあの声が聞こえた。
『ちゃんと答えてあげなくちゃ。』
声の出所へ視線を移す。急に振り返った私にその男性は驚いた様子だ。
「やっぱり、しゃべった・・・。」
「え?」
「今、この子しゃべりましたよね?」
「こ、この子って、このメキシコサラマンダーのこと?」
急に喋り出した私にその男性は少したじろいでいた。
「そう!確かに喋りましたよね!?」
そう言って彼の顔を見た瞬間、急激に恥ずかしさが込み上げてきた。自分の顔が赤く染まっていくのがはっきりと分かるようだ。私はまた俯いて黙り込んだ。少しの沈黙の後、その店員らしき男性は急に笑いだした。
「君って面白い人だね。」
「ちっ、違う・・・。本当に・・・」
「こいつ、しゃべったんだ?」
私は頷いた。
「へぇ~。」
その男性はそのメキシコサラマンダーだかいう、その生き物をじっくり眺めまわした。
「よっ、元気か?」
『・・・・・。』
その白い生き物は何も答えず、ただじっと様子を窺っているだけだ。
「僕とは喋ってくれないみたいだね。」
その男性は私の方へ振り返った。目が合って私はまた俯いた。ちらりとエプロンに付けられたネームプレートが目に入る。
『顔を上げなよ。』
私は水槽を見て、すぐにその男性店員の方を見た。しかし、彼にはその声が聞こえていないようだ。
「あ・・・、あの・・・。そっ、その・・・。」
彼はこちらを見つめ、私の言葉が出るのを待っていた。私はやっぱり視線を逸らした。
「いくらですか・・・」
「え?こいつ?こいつは1880円だよ。」
私の悪い癖だ。欲しいと思ったものは衝動的に買ってしまう。しかし、こいつは今まで買ってきたものとは全く異質なものだ。価格も想像していたよりずっと安い。ただ、飼うとなるとそれなりの設備が必要になるだろうし餌だって必要だ。さすがの私もここは踏み止まった。
「そ、そうですか・・・。」
私はその店員の顔を見ることなくそう答え、そのまま立ち去ろうとした。
「また、いつでも遊びにおいでよ!」
予想外のセリフに驚いて、私は振り彼の目を見つめた。
「は、はいっ!」
ビルの合間からは柔らかな日差しが漏れていた。私はこの街に来て、今日初めて夕日を見たような気がした。梅雨の季節ももうじきに終わっていくのだろう。