−ようこそ籠の中へ−
春休み中のこと−−−
長閑との話したことを思い出す。
『みぃ、柘榴が双樹の生徒会をやらないかと言ってるのだ』
『へー、すごいね。長閑やるの?』
『ああ、いささか面倒だが、柘榴といる時間が増えるからな。それに今年は面白い加入条件があるそうだ』
『加入条件・・・?』
『なんでも、名前に果物を含んだ者が必須らしいぞ。どうだ?みぃも立候補してみては』
『あたしはいいよ。向かないもん』
−−−向く、向かないに関わらず入れられそうになるとは思わなかった。
新しいクラスの自分の席で蜜柑はボーッとしていた。
入学式を終えてからまだ、二時間ほどしか経っていない。
にもかかわらず、動く気が起こらない。
今日は午前中で下校のため、ほとんどの生徒は帰り支度をして、早々に帰っていく。
教室では、簡単な自己紹介やプリントの配布がされたが、終始、周りの視線が突き刺さった。
幸いにも長閑が同じクラスだったので、少しは安心出来たが、かなり居心地が悪かった。
「帰れそうか?」
支度の終わった長閑が傍に寄ってくる。
「うん・・・」
蜜柑は鞄を持って立ち上がる。
二人並んで廊下を出ると、待っていたのか、今来たところなのか、そこには柘榴がいた。
「よぅ。元気してたか?」
片手を上げ、笑いかけてくる。
蜜柑は何となく身構えた。
「みぃ、あんま警戒すんなよ。傷つくだろ」
「柘榴が汚い真似なぞ、するからだ」
長閑が唇を尖らせて、蜜柑の心の声を代弁する。
「長閑もノッてたくせに」
ぼそりと柘榴が言ったが、キッと長閑が睨むので、あらぬ方向を向いて口笛を吹いた。
「何のようだ、柘榴。詫びる気はないのだろう」
「連れないな、長閑まで」
柘榴は気にする風もなく肩を竦めた。
「分かったよ。午後暇か?」
蜜柑は長閑と目を合わせ首を傾げる。
暇かと言われれば、暇ではない。
「新居まだ片付けてないんだけど・・・」
躊躇いがちに言うと、柘榴は頭を掻いた。
おもいっきり、困り顔だ。
「ちょっとも駄目か?」
「う・・・ん、ちょこっとだけならいいけど」
「よし、長閑は暇だよな」
「暇人の扱いをするでない。まぁ・・・暇だが。何かあるのか?」
その問いに柘榴は曖昧に笑う。
「ま、来りゃわかるさ」
それだけ言うとさっさと歩き出してしまった。
ついて来いと無言で訴えていた。
ここに居るわけにもいかず、二人はそれに倣って歩き出した。
一階の廊下を通っていると、突然思い出したように柘榴が方向転換した。
「悪りぃ、悪りぃ。購買寄ってくれ」
職員室の突き当たりを曲がると購買部の看板が見えた。
普通教室と同じほどのスペースは、がらがらで、人はちらほらいるだけだ。
柘榴はカウンターへ行き、ほどなく大量のパンの袋を抱えて戻ってきた。
「おまたせ、んじゃ、行くぞ」
(だから、何処に?)
聞きたいけど、柘榴からは有無を言わさないオーラが漂っている。
蜜柑は為す術なく、大人しく着いていくしかなかった。
三人は渡り廊下を横切り、校舎とは別に創られたプレハブ小屋に着いた。
真っ白な壁だが、所々がくすんでいる。相当、古いのかもしれない。
けれど、教室が二つ分くらいありそうな程の立派な小屋だ。
スライド式の窓の様なドアには、習字で書かれた、
『ナイフ本部』・・・の看板があった。
反射的に足が回れ右をしかけるが、柘榴の手がしっかりと蜜柑の肩を捕らえた。
「・・・・・・帰ってよろしいですか?」
「だ・め・だ」
そんな理不尽な。
がっくり肩を落とすが、長閑が微笑みかけてくる。
「心配するな。みぃは私が守るぞ」
問題はそこじゃないが、根本的に諦めているので、もう何も言うまい。
蜜柑は知らない間に、籠の中へ放り込まれていたのだった。