アドルフの銃声
ベークライト樹脂が軋む
西海岸からの船便を今宵も待つ
あの男の遺伝子は残っていないだろうな
何度も何度も繰り返す
あの男の前で二度と右手をかかげるな
元帥は深く静かにいう
あのとき狂気は世界のなかで死んだ
クロムモリブデン鋼が錆びる
それくらい長い時間が経過した
あの男の遺伝子は完全に消えたのだろうな
幾度も幾度も反芻する
あの男の前で二度と踵を鳴らすな
提督は穏やかに安らかにいう
あのとき人間は悪魔を歓迎した
これはあの男が自殺した拳銃
はるかベルリンから密輸した
世界はロシアンルーレットをしている
呪われた銃でまたひとり消えてゆく
あれから人間はまた一歩神にちかづいた
最後の弔砲は決して聞えてくることなく