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近未来

彼が見た世界

作者: 薙月 桜華

   彼が見た世界

             薙月 桜華


 レイはベッドの上で何度も寝返りをうった。先程から寝ようと努力しているがなかなか寝られない。もうすぐ昼の時間。それでもレイは眠ろうとする。眠れば先ほど聞いた事が無かった事になるような気がした。

「誕生日の祝いがこれかよ。」

 本日はレイの15歳の誕生日。今朝母親から渡されたのはとてつもなく大きなものだった。

『レイ、誕生日おめでとう。今日は、あなたに伝えなきゃいけない事があるの。』

 レイが台所に行ったとき、母親は突然話を始めた。良く突然話始めるが、その時はこれまでとは違う感じだった。内容が今まで知らなかったことだからだろう。

 まず話し始めたのはこの地の事。レイ自身だって分かっている。だって、世界の果てが見えるのだから。彼の住む街は山と海に囲まれた場所。山を登り辺りを見回せば、山を中心に世界は円を描いている。円の外は暗闇の世界。でも、それを感じさせないのは地上からはそれが見えないから。世界はそういうものだと思っていた。だけど、違った。

 母親は自分の過去を話し始めた。彼女は元々は別の世界に住んでいたらしい。今の世界とは全く別の世界の果てなんて見えない世界に。

『神のいたずらよ。人間という神のね。』

 母親を含む数十人は、ある日突然理不尽なゲームに参加させられたそうだ。ゲームの中、徐々に人数を減らされていった。彼女はゲームの内容は話さなかった。ただ、そこで沢山の人が消えてなくなったとだけ言った。その中で、母親はなんとか生き延びたらしい。そして、ゲームを仕掛けた者との対面。

『今思い出しても恐ろしいわ。あのゲームを私たちにさせたのは私たちと同じであって全く違う人間だったのだから。』

 ゲームを仕掛けた者は確かに人間だった。しかし、それは母親たちの考える「人間」では無く。「人間」を創りだした神だった。

『私たちは本当の人間じゃないのよ。』

 母親はゲームを仕掛けた人間に『あなたは人間ではありません。』と言われたそうだ。ただ、余分に増えた自己の分身。何時消されてもおかしくない存在だと。本体は別に居て、用が済んだので消すと。

『気が狂いそうだったわ。これまでの人生が全否定された気分。』

 元の生活に戻ることも、生きることも否定された気分は想像できない。レイは母親がそんな絶望を越えてきたのかと思うと表現しがたい気持ちになった。

『私たちが本物じゃないのならその場で消えてしまっても良かった。だけど、彼はそれを止めたの。そして、この世界を用意した。』

 最終的に母親たちを含む生き残り数人がこの世界に送り込まれたらしい。初めは少ない人数だったが、定期的に人間が送り込まれてきたそうだ。話では、送り込まれてきた人々も同じゲームの生存者らしい。

 皆ここを自分たちの本当の世界として生活を始めたそうだ。そして、この世界で子孫を増やすことになった。

『ここで、あなたのお父さんと出会ったの。この世界に来てから、神に復讐するか死ぬかの二つしか考えてなかった。だって、すべてが偽物の世界だから。だけど、彼が居たから、あなたが居たから生きてこれた。』

 レイにとって父親は何時も仕事で家に居ないイメージ。休みの日でもどこかに行っている。家に居たとしても、怒ると怖いからあまり関わりたくない。

『レイ、何故この時期にこの話をしたと思う。』 母親は突然質問してきた。全く分からないのでレイは素直に『分からない』と言った。

『あなたが生まれたときね。泣き声だけで世界に亀裂を入れたの。信じられないだろうけど、亀裂の先は真っ暗で別の世界に繋がっているって思えた。』

 母親はレイをまっすぐに見ていた。その目は何かを決意しているようだった。

『その時、あなたはこの世界の外に行けるんじゃないかって思ったの。私の代わりに、神に私たちの価値を分からせることが出来るんじゃないかって。』

 母親はずっと考えてきたのだ。神に彼女たちの本当の価値をわからせるにはどうしたら良いかと。

『だけど、あなたには普通の生活があるわ。私の期待に応えさせることが正しいとは思っていない。だから、今日まで言わなかったの。』

 母親なりに今の生活を壊したくなかったのだろう。復讐なんて単語はこれまで一度も聞いたことがない。ずっと、避けてきたのかもしれない。

『知らないと思うけど、私が居た世界では15歳になると大人として認められたの。だから、ここからはあなた自身で自由に決めて良いわ。話はそれだけよ。』

 母親の話はそれで終わった。

 レイは特に何も言わず自分の部屋に戻ってベッドに寝転がった。それから今に至る。

 レイは母親の話を思い出して余計眠れなくなった。この世界が彼女にとっての本当の世界じゃないこと。神が彼女たちにしたこと。外の世界があること。彼自身が外の世界に行けるかも知れないこと。

 色々な事が頭に詰め込まれて気持ち悪い。

 だけど、これだけは言える。母親を苦しめた神が憎い。その神が創った世界に居ることが辛い。彼は考えれば考えるほどこの世界が嫌になっていった。

 レイは自分の手を見る。この手で外の世界に行けるのなら、その世界に移住することが出来るかもしれない。そしたら、神の手の届かない世界に行けるかもしれない。

 母親やレイが望んだ安息の地を見つけることが出来るかもしれない。

 レイはすぐに起き上がる。こうと決めたら早速行動だ。外の世界なんてどうやって行くかわからない。だけど、やってみなければ分からない。世界に亀裂を入れることが出来たんだ。だったら、不可能じゃないんだ。



 レイの特訓ははじまった。家の庭で色々試してみる。試すと言っても物理的にどうこう出来るでもない。腕や足を振ってみるとか、亀裂が入った状態を想像してみるとか。とにかく考えられることはすべてやってみた。

 それで得られた事は、もうレイにはそんな力が無いんじゃないかという不安だけ。何をやっても反応が無い。傍からみたら変な人に見えるわけで、ふと振り返れば近所に住む人達が冷たい目で見ていた。ここでやめるのも良いかと思ったが、できないにしても納得できるまでしようと思った。

 ある時、それは起きた。感覚的で説明できないが、確かに世界に亀裂が走った。亀裂が入るときはっきりと音がして、まるでそこに透明な物体があるように思えた。一度出来た亀裂を広げることも出来た。あとはその先に何があるのか。別の世界があるのか。

 亀裂の先は真っ暗だった。まるで夜のように暗い。遠くに見える光が星のように見える。その中の一つに近づいていく。光に触れると、抵抗もなく指先が埋もれていく。決心して、目をつぶって頭を入れてみた。

 ゆっくりと目を開くと、全く違う世界が広がっていた。

「ここは、どこなんだ。」

 草木も何も無い赤土の大地。突き刺すような太陽の光と時折吹く風に耐えられず顔を引っ込めた。

 眼の前に見えるのはただの光。しかし、確かにその先には別の世界があった。

 レイは他の光の中も覗いてみた。ある時は緑で覆われた世界、またある時は轟音の響き渡る硬い岩で覆われた世界。

 実際に世界を歩きまわることも出来た。そこにはレイの世界と同様に人々の生活があり、不思議と意思疎通が出来た。

「こんなにも簡単に別の世界に行けるなんて。」

 レイは早速家に戻って母親にこの事を伝えた。

「そう、別の世界に行けたのね。」

 母親はあくまで冷静に応えた。予想していたことなのかもしれない。

「これからどうするの。外の世界を知った以上、外に行きたいでしょう。」

 レイは頷いた。彼は母親が安心して住める世界を探してくると言った。

「僕が、母さんの望む世界に連れて行ってあげる。」

 レイは母親をまっすぐ見つめた。彼女が目をそらしてもなお見続けた。

 その夜、両親とレイはテーブルを挟んで向かい合った。彼は二人の視線に逃げ出したくなったが、ぐっと堪えた。一度深呼吸すると、父親の前でこれまでの事を話し始めた。母親から聞いた話と別の世界に行けたこと。父親相手に話をするというのは勇気のいることだった。

 父親はレイの話が終わると、母親を怒りだした。レイは慌ててそれを止める。無理も無いと思う。知らなければこの世界で平和に過ごせたんだから。いや、本当に平和かどうかは分からない。

「この世界でいいじゃないか。他の世界に行ったってここより良いという保障があるのか。下手をすれば戻ってこれないもしれないんだぞ。」

 レイは父親を説得しようと、色々と言葉を並べる。しかし、今の父親にそんなものは通用しない。終わりの見えない言い争いが続く。

「もう、勝手にしやがれ。とっととその別の世界とやらに行って、二度と帰ってくんな。」

 父親は吐き捨てるように言うと自分の部屋に行ってしまった。

 母親がその後を追いかけたが関係が修復されることは無かった。



 太陽の昇りきらない朝。大きく開けた亀裂の前で、レイは両親や近所の人たちと別れを告げる。父親は母親が捕まえて無理矢理連れてきたらしい。

「ふん。勝手にしやがれってんだ。俺が居なくてもいいだろうが。」

 父親はそれだけ言うと、何も言わずむすっとしている。場の空気を変えようと近所の人達が声をかけてくれた。

「とにかく行きっぱなしじゃなくて、必ず帰ってこいよ。帰ってこないとお母さんが心配するぞ。」

 近所に住むおじいさんが言った。他の人たちもその言葉に被せるように帰ってこいと言ってくれた。

 その中で、母親が何かを取り出した。

「これを持って行きなさい。これがある限り、あなたと私は何時でも繋がっているわ。」

 レイは母親からペンダントを受け取る。赤い石がキラキラと光って綺麗だ。こんなものを貰っていいのだろうか。この場で考えても仕方ないのですぐ身につけた。

「無理しちゃ駄目よ。何時でも戻ってきていいんだからね。」

 レイは母親に頷く。この先不安だが、彼女に貰ったペンダントに触れて落ち着いた。

「ほら、あんたも何か言いなさいよ。子供じゃないんだから。」

 父親を見れば、相変わらずむすっとしている。このまま何も言わないらしい。

「レイ、いってらっしゃい。」

 レイは母親の声に押されるように一歩踏み出した。

 さあ行こう。目に見えるすべてが彼らの世界だ。

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[良い点] 枠の世界から飛び出したこと [気になる点] この世界に執着して生きている人々 [一言] 自分で決められる
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