晩餐会の盾役をやめた令嬢は、十回目の食卓で自分の席を選びます
「いっそ、私たちが結婚すれば毎回助かるな」
フォークが皿の上で、かちんと鳴った。
今夜拾ったものは、アーサー様のナプキンが二枚、会話が三つ、結婚する気がないという本音が一つです。
最後の一つだけ、落とし主へ返す方法がわからない。
アーサーは心底ほっとした顔をしていた。わかる。つい先ほどまで、向かいの令嬢から「伯爵家の温室は薔薇が見事だそうですね」と言われて、「ええ、棘もあります」と答えてしまった人だ。
薔薇を褒められたら薔薇を褒め返す。
棘の報告は不要。
私はその後の会話を引き取り、温室の管理人の苦労から今季の茶会の流行まで、無事に着地させた。救助一件。いつものことだ。
そもそも今夜も、私の席札をアーサーがつまみ、自分の隣へ移している。
「マティルデ、隣へ。頼む」
そう言われれば座る。幼なじみとは、そういうものだと思っていた。
けれど結婚となると話が違う。人生は月例晩餐より長い。たぶん。少なくとも魚料理のあとに肉料理が出て終わり、とはいかない。
「わたくしと結婚なさりたいのですか」
「君が隣にいてくれれば、縁談の話も持ち込まれにくくなる。晩餐のたびに助けを頼む手間も省けるだろう」
手間。
私は笑った。社交用の、歯を見せすぎず、目も細めすぎず、相手に好意だけを誤配達する笑い方だ。
便利な席にも、張り地くらいはある。
「合理的ですわね」
「そうだろう?」
そうだろう、ではない。
アーサーの皿からソースが一滴、卓布へ落ちた。いつもならナプキンを差し出すところだ。私の手は膝の上に置いたまま、行儀よく働かなかった。
「ですが、お断りいたします」
「なぜ」
仕事の交渉なら七つは用意する男が、私の拒絶には理由が一つも浮かばないらしい。
「わたくしは、晩餐会用の備品ではございませんので」
「備品だなどとは言っていない」
「毎月、同じ場所に置けば助かるものは、ほぼ備品です」
アグネス伯母様が、少し離れた席で葡萄酒を口にした。あの方が杯を置くまで口を挟まないときは、だいたい楽しんでいる。身内の窮地を肴にする老婦人。長生きの秘訣かもしれない。
「では、どうすればいい」
アーサーは助けを求めるときの顔で私を見た。
その顔なら何度も救ってきた。魚の骨からも、沈黙からも、婉曲な求愛からも。
今夜は救助対象に私自身が含まれている。
「まず、わたくしの席札を勝手に動かさないでくださいませ」
私は札を持ち上げ、卓の反対側にあった本来の席へ戻し、自分もそちらへ移った。
「それから、十か月後に家族と領地へ戻ります。父の仕事が一段落しましたので、王都の屋敷を引き払うことになりました」
「聞いていない」
「今、お伝えしました」
「十か月?」
「伯母様の晩餐でしたら、あと十回ですわね」
アーサーが立ちかけ、椅子の脚が床をこすった。
私は彼が引いたままの椅子を指した。
「お席はそちらです」
* * *
一回目の晩餐で、アーサーは三度こちらを見た。
一度目は、縁談候補の令嬢から領地の好みを尋ねられたとき。
二度目は、令嬢の母親から好みの女性を尋ねられたとき。
三度目は、逃げ道が完全に塞がったとき。
助けを求める視線、三回。先月より一回少ない。成長と呼ぶには早い。窮地に陥る速度が上がっただけかもしれない。
「マティルデ」
「はい」
「その……」
私は卓上の塩入れを渡した。
「どうぞ」
「塩を頼んだわけではない」
「お肉にお使いくださいませ」
「会話は」
「ご自分でどうぞ」
私は肉を切った。今月の仔牛は柔らかい。人の縁談より噛みやすい。すばらしい。
アーサーは塩入れを置き、正面の令嬢へ向き直った。
「申し訳ない。私は今、結婚を決めるつもりがない」
おお。
言えた。
驚いて手を止めた私より先に、令嬢が静かにうなずく。
「理由を伺っても?」
「仕事が落ち着かない。それに、私には私的な話を相手へ伝える能力が不足している」
正直すぎる。だが、棘の報告よりは有益だ。
「では、その能力がお育ちになったころ、またお話しできれば」
令嬢は笑い、別の話題を選んだ。
無事に済んだではないか。
そう思った直後、アーサーが安堵して卓布の端をつかんだ。立ち上がろうとしたらしい。
杯が三つ倒れた。
ザムエルが一つを空中で受け止め、もう一つを肘で止め、最後の一つだけが卓布へ葡萄酒を飲ませた。
「申し訳ない」
「お座りくださいませ」
ザムエルの声は、王命を読み上げる役人ほど厳粛だった。
私は立たなかった。布巾も取らなかった。倒れた杯を数えただけだ。
三つ。
アーサーの顔がこちらへ向きかけ、正面へ戻る。
助けを求める視線は、三回で止まった。
* * *
二回目。
アーサーはスープを一口飲み、縁談を勧める親族へ言った。
「マティルデと私は、まだ結婚を——」
そこで口を閉じた。
私の名が、危うく盾へ加工されるところだった。私は匙を置かず、彼の横顔だけを見る。
アーサーの喉が動いた。
「違う。私は、結婚を決めていない。マティルデの意向とは関係がない」
親族は目を瞬かせ、私を見た。
私はスープを飲んだ。
蕪がよく煮えている。私の意向より、いまはそちらが重要です。
「では、マティルデ様とは何も?」
「彼女へ聞く話ではない。断っているのは私だ」
また言えた。
今月は卓布も引かなかった。
ただし食後、椅子へ座り直す際に膝を卓へぶつけ、皿が一斉に跳ねた。
ザムエルは銀器を押さえたまま、低く報告した。
「お皿はすべて無傷でございます」
褒める基準が地面すれすれである。
それでもアーサーは、私へ「助かった」と言わなかった。
私が何もしていないと、ようやく気づいたらしい。
* * *
三回目の晩餐には、妙な噂が一皿増えていた。
アーサーが縁談を断り続けるのは、私が幼なじみの立場を利用して彼へ執着しているからだという。
執着。
月に一度、ナプキンと会話を拾っていただけなのに、ずいぶん豪華な名前をいただいた。では給仕長は食器への愛に狂っていることになる。
噂を口にした婦人は、扇の向こうから私をうかがった。
「長いご関係ですものね。マティルデ様も、ご心配なのでしょう?」
「ええ。アーサー様はよく杯を倒されますので」
「そういう意味ではなくて」
「椅子もですか?」
アーサーがナイフを置いた。
音は小さかった。けれど、卓上の顔が一斉に彼へ向く。
「マティルデは関係ありません」
婦人の扇が止まった。
「しかし、皆さまは——」
「私が彼女を隣へ座らせ、縁談を避ける理由に使っていました。彼女が私に執着していたのではない。私が彼女の親切に甘えていた。それだけです」
正直に言えば、自分の評判へ傷がつく。
だからこそ、私へ確認を取ると思った。
この言い方でいいか。助けてくれ。言葉を足してくれ。
その視線は来なかった。
アーサーは、自分へ集まった困惑を自分で受け取った。
「誤解を招いたことも、訂正しなかったことも私の落ち度です。今後、マティルデへその話をなさらないでください」
婦人はしばらく扇を閉じたり開いたりしていたが、やがてアーサーへ頭を下げた。
私ではなく、彼へ。
礼の向きまで正しい。
私はパンをちぎった。数えるなら一回。噂を引き取った回数、一回。
胸の勘定だけ、なぜか差し引きにならなかった。
* * *
四回目。
アーサーの隣には、席札のない椅子が一脚置かれていた。
アグネス伯母様の配席は公平だ。誰も座らせない席も、きちんと食卓に残す。
アーサーは空席を見て、次に三つ離れた私の席札を見た。
手が伸びる。
札の手前で止まる。
指が引っ込む。
よし。そこまで三手。今月の訓練成果としては満点である。なお、幼なじみを勝手に移動させないだけなので、世間の配点なら零点だ。
アーサーは空の椅子へ手をかけた。
自分で端へ運ぶつもりらしい。
持ち上げ方が悪かった。
椅子は脚を一本浮かせ、アーサーの靴へ着地し、彼が押し戻し、今度は横倒しになった。
食堂に、ばたん、と見事な音が響く。
私は口元へナプキンを当てた。
笑ってはいけない。
いけないが、椅子は正直だ。私よりずっと大きな声で抗議している。
ザムエルが無言で椅子を起こした。
「マティルデ」
「はい」
「隣をお願いできるか」
変わった。
命令ではなく、お願いになった。
だが、まだ早い。
私は起こされた椅子と、その向こうにある彼の席を指す。
「お席はそちらです」
アーサーは唇を結び、自分の席へ戻った。
空席は空席のまま、晩餐の終わりまで逃げなかった。
帰り際、アグネス伯母様が席札を箱へ収めながら言った。
「椅子は逃げませんけれど、人は逃げますよ」
一拍遅い。
そして刺す場所が正確。
アーサーは返事をしなかった。私も聞こえなかったことにした。
領地へ戻るまで、あと六か月だった。
* * *
五回目、アーサーは令嬢の話を最後まで聞いた。
好きな音楽、冬の過ごし方、結婚後に続けたい慈善活動。以前なら三つ目へ入る前に私を見るところだ。今月の彼は、視線を一度も寄越さず、質問を二つ返した。
それから断った。
「あなたに不足があるのではありません。私がお引き受けできないのです」
令嬢は理由を聞き、本人の口から答えを受け取り、アーサーへ礼をして退いた。
私は葡萄酒を飲みながら採点した。
会話、最後まで。
主語、自分。
破損、匙一本。落としただけなので、たぶん無罪。
六回目には、その令嬢へ送った詫び状の控えをアグネス伯母様が読んでいた。アーサーが自分で書いたらしい。
「字は読めますね」
「伯母上、褒める場所を探した結果がそれですか」
「便箋をマティルデに渡さなかったことも褒めていますよ」
私は焼き菓子を割った。
アーサーなら、詫び状くらい仕事の文面として書ける。訓練の成果だ。きっとそう。焼き菓子の中に木苺のジャムが入っていたことと同程度の、小さな驚きである。
食後、彼は私の前で足を止めた。
「これまで、助けてくれてありがとう」
「今月は何もしておりません」
「今月の話ではない」
アーサーの手には何もなかった。手紙も、壊れた匙も、私の席札も。
「任せきりにしていた。君がうまく収めるから、それでいいと思っていた」
「そうですか」
「謝っている」
「存じております」
これで終わると思ったのか、彼が困った顔をした。
私は助けなかった。
謝罪は受け取ったからといって、すぐ許しへ交換しなければならない品ではない。棚に置いて眺める月があってもよい。
ただ、その夜は木苺の甘さが妙に長く残った。
帳簿に書く欄がない。困る。
* * *
七回目の食卓には、アーサーの家族も招かれていた。
昔の話が出た。彼が若くして伯爵位を継ぎながら、社交も立派に務めてきたという話。
私は鴨肉を切った。立派。便利な言葉だ。倒れた杯は記憶から消え、無事に終わった晩餐だけが本人の手柄になる。
「違います」
アーサーが言った。
「何がだ?」
「晩餐を無事に終わらせていたのは、私ではありません。マティルデです」
刃物を持ったまま聞く話ではなかった。危ない。
「私は話を打ち切り、彼女に引き取らせていた。断りにくい縁談には、マティルデが望んでいるように見せて逃げたこともあります」
そこまで具体的に返さなくてもよろしいのでは。
私の救助歴なら、数えられる。
十七歳の春、会話二件。
夏、葡萄酒一杯と親族の追及一件。
秋、同じ令嬢からの求愛を三回。
冬、暖炉の前で無言になったアーサーごと一件。
数え上げればきりがない。今さら返却されても、保管場所に困る。
「彼女の働きを、私の社交性として扱わないでください」
アーサーは私を見なかった。
私から礼をもらうためではなく、家族へ訂正するために言っている。
返された功績、一式。
帳消しにできない。できないものが、また増えた。
私は鴨肉を口へ入れた。よく焼けている。食事に罪はない。
* * *
八回目、私の隣には別の青年が座った。
アグネス伯母様は何も説明しない。私も尋ねない。席札のとおり座っただけだ。
青年は話し上手だった。王都の劇場について語り、私が「舞台装置は何人で動かすのでしょう」と尋ねても、求愛を理解しない女だと呆れず、裏方の人数を教えてくれた。
よい方である。
向かいのアーサーは、食事中ずっと行儀がよかった。
こちらを見て、魚用のフォークを親指で押したことを除けば。
食後、ザムエルがそのフォークを回収した。柄がわずかに曲がっている。
銀器一つ。
救助を求める視線、零。
褒めてよいのか叱るべきか、採点不能。
玄関広間で外套を待っていると、アーサーが来た。
「マティルデ。少し話す時間をもらえないか」
「今夜は家族を待たせておりますので」
「そうか」
彼はそれ以上近づかなかった。
「引き止めて悪かった。おやすみ」
礼までした。
追わない。言い訳しない。私の袖も、行き先もつかまない。
扉を出てから、私は手袋の留め金を三度やり直した。暗くて見えにくかっただけだ。きっと。
領地へ戻るまで、あと二か月。
* * *
九回目の晩餐が終わっても、アーサーは私を呼ばなかった。
皆が客間へ移り、食堂には消された蝋燭の匂いが残っていた。私は忘れた手袋を取りに戻った。
アーサーが、空いた椅子の前に立っていた。
彼の隣に置かれた、誰も座らなかった椅子。
私は手袋を拾った。
「お話でしたら、今なら少し」
「断ったのに?」
「先月は、です」
「そうか」
それだけ言って、アーサーは椅子から手を離した。
「以前の求婚を謝りたい」
「すでに伺いました」
「言葉が足りなかった」
「アーサー様にしては、かなり話されましたわ」
笑いは続かなかった。
彼が私を見る。
いつもの救助を求める顔ではない。だから私は、次の言葉を渡せない。
「私は、君と結婚したいと言いながら、君の都合を一つも尋ねなかった。私が縁談を断りやすい。私が晩餐で困らない。私が助かる。全部、私の都合だった」
「はい」
「君なら隣にいると思い込んでいた」
「はい」
「君ではなく、君がしてくれることを求めた。あれは求婚ではなかった」
指先が、手袋の留め金から外れた。
私は、帰郷を告げれば引き止められると思っていた。
十か月ある。きっと何か言う。家族へ話をする。王都に残る理由を用意する。そう期待して、それをされたら腹を立てる準備までしていた。
都合のいい期待なら、私にもあった。
けれど、アーサーは家同士の話を持ち出さなかった。父へ頼まず、帰郷の予定を変えようともせず、私を隣へ戻せとも言わなかった。
きちんと変わるほど、置いていかれる気がする。
「今度こそ君に求婚したい、と言う資格も、まだないと思っている」
「資格は誰が決めますの」
「君だ」
ずるい答えだ。
けれど、正しい。
空席です。ええ、よく見えています。だから困っているのです。
「お返事はいたしません」
「わかった」
「次が最後です」
アーサーはうなずいた。
追いすがる言葉はなかった。
私は手袋を持って食堂を出た。廊下の角を曲がるまで、足音は一つも追ってこなかった。
* * *
十回目の晩餐。
私の席札は、アーサーから四つ離れた場所にあった。
彼の隣には椅子が一脚。
席札はない。
手を伸ばせば届く距離に私の札があっても、アーサーは触れなかった。
アグネス伯母様も空席を埋めない。
料理が運ばれる前、縁談を持ち込んだ令嬢とその母親が到着した。急な招待だったらしい。母親は空席を見て、令嬢をそこへ案内しようとした。
「その席は空けておいてください」
アーサーが言った。
私の背中が固くなる。
また盾にするなら、今夜の魚料理は彼の皿ごと窓の外へ出してやる。人間が投げるには皿が重いので、ザムエルに窓だけ開けてもらおう。
「どなたかお待ちなのですか」
令嬢の問いに、アーサーは首を横へ振った。
「いいえ。誰かの席と決めているわけではありません」
令嬢は別の椅子へ座った。
晩餐が始まる。
魚料理まで、アーサーは失敗しなかった。
肉料理の前に、母親が本題を切り出した。
「伯爵様。先月お送りしたお話は、ご覧いただけましたでしょうか」
「拝見しました」
視線は私へ来ない。
「娘との縁組は、双方の家にとってよいものになると存じます」
「ありがたいお話です。しかし、お受けできません」
「理由をお聞かせいただけますか」
「私が結婚を決めていないからです。お嬢様の不足ではありません」
「では、マティルデ様とのご関係が?」
卓上の空気が止まった。
アーサーはナイフとフォークを皿へ置く。どちらも落とさない。
「マティルデを理由にはいたしません」
母親の眉が動いた。
「以前、私が縁談を断ったことも、マティルデを隣へ置いたことも、私の選択です。彼女が私に執着したからではない。私が彼女を利用しました」
「利用、ですか」
「私は彼女へ求婚したことがあります。自分が助かるから結婚してほしいと申し上げた。断られて当然のことをしました」
私がした。
声は揺れなかった。
「今は違うと?」
令嬢が尋ねた。
アーサーはすぐに答えなかった。
私へ答えを求める視線も送らない。
「違うと証明できるまで、彼女に信じてほしいとは言えません。ですから、この縁談をお断りする責任も、私一人のものです」
令嬢はアーサーを見つめ、それから静かに頭を下げた。
「承知いたしました。ご本人から伺えてよかったです」
礼は私へではなく、アーサーへ向けられた。
晩餐はそこで壊れなかった。
母親は別の話題を選び、アーサーは逃げずに受け答えをした。温室の薔薇を褒められても、棘の報告をしなかった。劇場の話では裏方の人数を知らないと正直に言い、私へ確認しなかった。
皿数、七。
断った縁談、一つ。
助けを求める視線、零。
そして食後、ザムエルが倒れた杯のない卓を見渡した。
「今月は一脚も壊れておりません」
椅子を数えるのですね。
ただ、今夜ばかりは誰も笑わなかった。
客が帰り、最後に私の家族が玄関へ向かう。私は食堂に残った。
アーサーは空席の横に立っていた。
席札には触れない。
椅子も引かない。
ただ空いた場所を示した。
「ここへ座ってほしいとは、私からは言わない」
「では、なぜ空けたのですか」
「君が選べるように」
私の席札は四つ向こうにある。領地へ戻る馬車は明朝出る。選べる道が増えるほど、人は簡単には動けない。
「わたくしは王都を離れます」
「わかっている」
「家族と暮らすか、その後に別の場所へ行くかも、まだ決めておりません」
「それも、君が決めればいい」
「アーサー様は、王都を離れられないでしょう」
「離れられない時期はある。君が戻れない時期もあるだろう」
彼は空席を見たまま続けた。
「王都でも領地でも、そのほかの場所でも、君が選ぶ暮らしに、私が加われるかを尋ねたい。隣に置いてもらうために、君へ何かをやめさせるつもりはない」
求婚としては、華やかさが足りない。
花も指輪もない。あるのは空席と、壊れなかった椅子と、十回分の食卓だけ。
けれど、私の胸の帳簿は、とうとう計算を放棄した。
私は自分の席まで歩いた。
席札を持ち上げる。
アーサーの指がわずかに動いたが、伸びてはこない。
私が運ぶ。
私が空席の前へ置く。
ことん、と札の底が卓へ触れた。
今度は救助係の配置ではない。彼が不得手な断りを引き受け、私が不得手な言外を聞き直す。杯を倒したらアーサーが拾う。求愛を額面どおり受け取ったら、今度こそ主語を省かず言い直してもらう。
ずいぶん手間のかかる伴侶だ。
お互いさまなので、苦情は受け付けない。
私はアーサーを見上げた。
「今夜のお席は、私が決めます。ですから、その椅子を引いてくださいませ」




