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ロナルドとアデレイド 8

 エミリーが二階の客間に入ってから、マコーリー家の人々は不安そうに階段の下から覗いていた。


 しばらくは静かだったので、彼女が上手くやっているのだろうと安心しかけたそのとき、食器が割れる音が響く。


「んま! んま! なんて失礼な小娘かしら!」


「お許しください! どうか、お許しください!」


「んま! 許せるはずが、ござーませんでしょう?」


 ランズダウン公爵令嬢の剣幕に、マコーリー一家(いっか)の顔は真っ青になった。


 次の瞬間、客間のドアがバーン! と乱暴に開かれ、次にドスンドスンと力強い足音が階段を降りてきた。


 ランズダウン公爵令嬢がエミリーの腕を掴み、一階の居間に現れる。

 マコーリー一家は階段から様子を見ていたことを気取らせぬよう、素早く居間に着席し、公爵令嬢が何を言い出すか戦々恐々として待った。


「ちょっと、あーたたち!」


 公爵令嬢は入ってくるなり、声を荒げる。


「跡取りであるご長男の嫁になろうという者が、こんな失礼な女でよろしいと思っていらっしゃるのかしら?」


「あ、あの、エミリーがどんな失礼をしたので?」


 男爵が恐る恐る質問するものの、


「んま! そんなこと、いちいちあーたがたに説明しなければいけませんのかしら?」


 と、けんもほろろだ。

 少しでも失礼の内容を知りたくて、そっと娘のシルヴィアの様子を見る。

 シルヴィアはこめかみに指を当て、眉間に深い皺を寄せていた。


 (こ、これはとんでもない失態をしでかしたに違いない!)


 勝手にいろいろと察した男爵は、平謝りに謝った。


「んま! 謝られたくらいでは、わたくしの腹がおさまりませんわ! 今すぐ、この娘との婚約を破棄なさいませ!」


「ええっ!」


 それまで母親の陰から様子見していた長男のブレンダンが、声をあげる。


「そんな! 俺の嫁になる女ですよ。いくら公爵令嬢だからって、そんな好き勝手を……」


「んま! では、あーたの躾がなっていらっしゃらなかったということねっ?」


 責任問題が自分にまで及び、ブレンダンは口をつぐんだ。


「よろしいこと? この家の次男であるロナルドさんの婚約者、アデレイド・ロングハーストは、わたくしの幼なじみにして、長年の親友ですわ! わたくしの気に入らない者が彼女の義姉になることは、認められませんことよ!」


 なんと、そんな繋がりがあったとは知らなかった、と男爵やブレンダンは臍(ほぞ)を噛む。


 絶対に失敗してはいけない相手だった。

 怒らせてしまったら、責任をエミリーひとりに被せればいいと、どこかで考えて、甘く見ていたようだ。


「こうなっては、仕方がございません」


 エミリーが涙を流しながら、小さく呟く。


「私との婚約を破棄してくださいませ。それで丸くおさまるのなら……」


「それで丸くおさまりますわ!」


「よし! 今すぐ出ていけ!」


 ブレンダンの言葉に、男爵が驚いた。


「お前、こんな暗い時間に、若い娘を追い出さなくても……」


(あら、男爵の方が息子よりはまともね)


 内心、感心しつつメリーローズは追い討ちをかける。


「いいえ、今すぐ追い出すのよっ!」


「こんなこともあろうかと、エミリーの荷物は既にまとめてあります」


 シルヴィアが差し出す大きなバッグに、(え、手回し早くないか?)と男爵は内心突っ込んだものの、それを声に出して言う勇気はない。


「さ、キリキリ出ておいきなさい!」


「仕方がありません。マコーリー家の皆様、お元気で」


「ほほほ、あなたなんか、この家を出て右に曲がったところにある広場の樺の木の陰で泣いているがいいわ!」


 メリーローズの罵倒に(やけに場所指定が具体的だな)と男爵は内心突っ込んだものの、それを声に出して言う勇気は、やはりない。


 実のところ、そこでエミリーの父の馬車が待っている手筈になっていたのだ。


 眼に涙を浮かべたエミリーが、出ていく間際に一度室内を振り返り頭を下げる。

 その涙が、うれし涙であることを知っているメリーローズとシルヴィアは、大いに頷いた。

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