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ロナルドとアデレイド 7

 ある晴れた冬の日、マコーリー領に豪華な馬車が一台到着した。


 その馬車から降り立ったのは、領主の娘であるシルヴィア・マコーリーと、その主人であるメリーローズ・ランズダウン公爵令嬢。

 間もなく国王に就任するアルフレッド王太子の婚約者である。


 突然の貴人の来訪に、マコーリー家は慌てふためいた。


「これはこれはランズダウン公爵令嬢様、前もってお知らせいただければ、歓迎の準備をしておりましたものを……」


「あら、わたくしの手配が不足している……と仰るのかしら?」


「めめ、滅相もございません」


 恐縮している父に、シルヴィアがこそこそと耳打ちする。


「メリーローズ様は生まれたときから『超』一流のものに囲まれて生活しております。くれぐれも半端なものをお出しして、ご機嫌を損ねないようお願いいたします」


 そんな相手なら、なおさら事前に連絡が欲しい。

 マコーリー男爵は喉元までこみ上げた言葉を飲み込んだ。

 広げた扇子から、ランズダウン公爵令嬢がジロリとこちらを睨みつけたからである。


 仕方なしに、まずはお茶でもと用意すれば、罵詈雑言がとんできた。


「んま! お安そうな茶葉ですこと!」


「んま! ずいぶんと素朴なお菓子ですこと!」


 と、いちいちケチをつける。


 挙げ句の果ては、お茶を用意したメイドではなく、長男の嫁か婚約者に給仕をさせろと言ってきた。


「わたくし、貴族以外の者に給仕されるなんて侮辱、初めてでござーますわ!」


「し、しかし、息子の婚約者もまた平民の娘でして……」


 汗を拭きつつ男爵が言うと、あからさまな舌打ちが聞こえてくる。


「仕方がござーませんわね。近い将来、貴族の仲間入りをするということに免じて、我慢してさしあげますわ!」



 高飛車公爵令嬢は、言いたいだけ言うと、用意された客間に(こも)ってしまい、長男の婚約者に改めてお茶と菓子を持ってくるよう、言いつけた。


 可哀想なのは婚約者――名をエミリーといった――だ。


「エミリー、頼んだぞ。気難しそうな方だが、お前をご指名なのだ」


 男爵が手を合わせて拝んでくれば、息子は息子で睨みつけながら言う。


「これ以上あのご令嬢の機嫌を損ねたら、ただじゃおかないからな」


 先に令嬢を怒らせたのはエミリーではないのに、勝手な言い草だ。


 エミリーは震える手を抑えながら、ポットと茶菓子のキャロットケーキを運ぶ。


(素朴なお菓子では満足なさらないと聞いたけど、今はこれしかないのだもの。仕方がないわ……)


 まるで叱られにいくようなものである。


 エミリーは溜め息をつき、心を石にして何を言われても聞き流そうと考えた。

 ここ何年かの間に婚約者の前で覚えた、嫌な時間のやりすごし方である。


 トン、トン。


 客間をノックする。


「はーい」


 すると予想に反し、歌うように軽やかな女性の声が聞こえた。


(今のは、どなたかしら?)


 先ほど柱の陰から覗いていたときに聞こえてきた「ござーますわ」という声と、同じ人のものとは思えない。


(この家のお嬢様の、シルヴィア様かしら?)


 しかし、シルヴィアはもっときびきびとした、理知的な話し方をする人だったと思い出す。


(では。どなた? 他にもメイドさんを連れてきているのかしら?)


 首をひねりながら、扉を開けた。


「やったー! キャロットケーキだわー!」


 途端に嬉しそうな声と笑顔に迎えられる。

 誰あろう、その声はメリーローズ・ランズダウン公爵令嬢のものであった。


「え? え?」


 エミリーが戸惑っていると、シルヴィアが低音を響かせてメリーローズを叱る。


「お嬢様、はしたのうございます!」


「えー。だってえ、さっきケチつけちゃったから、もう食べられないと思ったんだもーん」


 公爵令嬢は甘えた口調でそう言うと、エミリーに顔を近づけて微笑みかけた。


「実はわたくし、キャロットケーキは大好きなの。ありがとう、うふ」


「エミリー嬢、奥へどうぞ」


 シルヴィアからも笑顔で招き入れられ、まだ困惑しているものの、少し安心して中に入る。


「ごめんなさいね、お給仕させちゃって。どうしてもあなたと、こっそりお話がしたかったの」


 ランズダウン家のご令嬢は、男爵の前で見せていた高慢かつ傲慢な態度はまったくと言っていいほど鳴りを潜め、庶民的……いや、気さくな態度で手招きした。


「さ、一緒にお茶をいただきましょう」


「え? 私みたいな平民と一緒に? 公爵家のお嬢様が?」


「そうよう。そのために『三人分』って指定したのだもの。キャロットケーキはお嫌い?」


「いえ、私が焼いたものなのですが、お口に合いますかどうか」


「あら! お料理上手なのね! ではわたくしは遠慮なくいただきます!」


 ご令嬢は、チーズのアイシングをのせた素朴なキャロットケーキを口いっぱいに頬ばる。


「うーん、おいひい」


「さきほどから、マナーがなっておりませんよ、お嬢様! 口に入れたままものを言わないでくださいませ」


「らっれえ」


 だってえ、と言ったらしいお嬢様に、シルヴィアが深い溜め息をついた。


「本当に、これで来年は『王妃殿下』になられるなんて、先が思いやられます」


 その言葉に、改めて目の前の女性の身分の高さを思い出したエミリーは、平伏せんばかりに謝罪する。


「申し訳ございません! 申し訳ございません! そのケーキ、美味しくありませんですよね? 材料費をケチって、スパイスもお砂糖もあまり入れていないんです! こんなものを王妃になられる方にお出しするなんて、非常識でした。お許しくださいませ!」


「あら、材料費をケチったのはあなたではなくて、マコーリー男爵かそのご長男ではなくて?」


「あ、は、はい……」


「じゃあ、あなたが謝ることではないわ。それに甘さ控えめな方が、わたくしの口には合うの」


「エミリー・ベイカー殿」


 ニコニコとランズダウンのご令嬢がケーキを頬張る横で、シルヴィアが改まって話しかけた。


「は、はい」


 その態度に、エミリーもまた緊張して返事をすると、シルヴィアが深々と頭を下げてくる。


「ええっ! どうされたのですか?」


「あなたには、わたくしの父と兄が大変なご迷惑をかけました。家族の一員としてお詫び申し上げます」


「そんな! 頭をお上げください!」


 恐縮しているエミリーに、公爵令嬢がケラケラと笑いかける。


「お詫びくらい、受けなさいよ。シルヴィア本人からではないけど、あなたは男爵とその長男から嫌な目に遭わされたのだから」


「お嬢様の仰るとおりでございます。他に約束を交わした殿方がいらっしゃるのに、無理やり兄の婚約者にされ、さぞやお辛い思いをされたことでしょう」


 その言葉を聞いた瞬間、エミリーの目から涙が流れだした。


 これまで男爵家の人々はもちろん、村人たちにも理解されなかった苦しさを、家族と元婚約者以外で初めてわかってくれる人に会えたのだ。


「ありがとうございます。そのお言葉だけで救われた思いです」


 心からの気持ちでエミリーはそう礼を言ったのだが、ランズダウン公爵令嬢から厳しい指摘を受ける。


「ちょっと! それくらいで救われてしまっては、甘いわ!」


「え?」


「『ざまぁ』はこれからって話よ。エミリーさんの問題が根本から解決されないと、まだまだ辛い日々が続いてしまうわ。それを断ち切って、ちゃんと幸せになりましょう!」


 根本的解決……

 幸せになる……


 これまでほとんど希望がもてなかったエミリーには、聞き間違いではないかとすら思える言葉だった。


「そんなことが、本当に……?」


「そのために、わたくしがエッちゃんから遣わされてきたのよ! 大船に乗ったつもりで任せて!」


「……『えっちゃん』?」


 聞いたことのない言葉が出てきて、エミリーは戸惑う。


(なんだろう、『えっちゃん』? 人だろうか、なにかそういった集まりだろうか?)


「あー、おほん」


 悩むエミリーに、シルヴィアが咳払いして説明した。


「その、『えっちゃん』というのは、お嬢様だけが使っているあだ名でして、本当の名前は……」


「エメライン女王陛下、その人よ!」


「じょ、女王陛下!」


 この国において並ぶものなき人の名前を出されて、エミリーは仰天する。


「あ、そういえばエミリーも()()ちゃんね!」


 またランズダウンのご令嬢が妙なことを言ってきたが、いったいなにを言われているのか、ついていくことができなかった。


「あの、お嬢様の仰ることは、大まかなところを理解していただければよろしいかと……」


「は、あ……」


「つまりね、深く考えるな! ってことよ」


「ご自分で言いますか」


 メリーローズ・ランズダウン、王立高等学院三年生の二月――まもなく最高学年進級を迎えようとしていたが、シルヴィアとの漫才は健在である。


「まあ、それはともかくね、あなたのお父上と婚約者、あ、元々のね、彼らがあなたの村や他のマコーリー領の人たちの署名を集めて陛下に直訴したの」


「ええっ!」


 どうやらエミリーにとっては、初めて聞く話のようである。


「ただ、陛下に直訴できるのは貴族のみ、という決まりがあるのよ。本来なら直訴状は陛下に届く前に、捨てられるはずだったの」


「ですが、たまたま直訴状を見た宰相殿が『マコーリー』という名を覚えていてくださり、ベネディクト王婿に相談され、巡りめぐってわたくしたちが派遣された次第です」


 公爵令嬢がクスクスと忍び笑いした。


「ヒューストンのおじさまも、丸くなられたわよね。以前だったら規則だから、と捨ててしまっていたでしょうに」


 しみじみと話す二人に対し、エミリーはまだ自分が結局どういう位置に置かれているのか、理解できていなかった。


「それで、その、私はどうなるのでしょう?」


「そうだったわね、ごめんなさい。あなたは今からわたくしの機嫌を損ね、マコーリー家とは縁を切らせていただきます」


「え、縁を?」


「これであなたは晴れて自由の身でございます」


「で、でも……」


 エミリーはますます混乱する。

 そんな状況で、実家に帰っても大丈夫なのだろうか。

 それに。こんなに暗くなってから放り出されても、実家までは馬車で一時間以上掛かる距離なのだ。


「それも大丈夫。実は今日ここに来る前に、あなたのお父様や婚約者の方に話を通しておいたわ。今は近くに馬車を停めて、待機しているわよ」


 ここでようやく、エミリーは不安が全て消えたらしい。


「帰れる……! これで家に帰れる!」


 明るい笑顔に、メリーローズとシルヴィアもうれしそうに微笑んだ。

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