ロナルドとアデレイド 5
王都に帰ってくると、さっそく土木関係の会社を当たってみる。
もう、あの家は多分だめだ。
いちど壊して立て直したほうがいいだろう。
それから庭も潰してそのまま畑にする。
少しは畑の面積が広くなり、収量を増やすことができるだろう。
問題は水だ。
あの家の近くには川がなかったし、井戸もほとんど涸れかけていた。
聞けばあそこに住んでいた人々もまた、水の確保が難しくて他に移ってしまったらしい。
訳アリ物件なわけだ。
素人が信頼のおける土木会社とコネをつけるのは、難しい。
しかしそれも、高等学院の関係で紹介してもらえることになった。
「エンフィールド建設会社にようこそ」
そう、フィルバート殿の父上の関連会社だ。
手広く展開するエンフィールド商会だが、それだけに信用第一をモットーに、どの分野のものも一流だ。
食品から衣料、宝飾品は言うに及ばず、こういった不動産関係だって同業者から一目置かれている。
問題はそれだけに値段がはることだ。
「俺の口利きで、多少値引きさせるぞ」
フィルバート殿はそう言ってくれるが、なにしろ元が高いので俺の貯金ではとうてい追いつかない。
「これ、わたくしからのお祝い金よ」とメリーローズ嬢。
「俺も、主人として祝い金ははずむことにした」とメルヴィン様。
「わたくしからも渡しておく。アデレイド様に不自由な思いをさせるわけにはいかないからな」と姉貴。
「ずっとメルヴィンやメリーローズを支えてくれてありがとう。私たちからも礼はさせてもらう」とランズダウン公爵ご夫妻。
お陰でどうにか工事の目星がついた。
本当に感謝してもしきれない。
工事の様子を見に、実家に帰ったときのことだった。
畑の土を触っていた姉貴が「このままだと、たいして期待できないな」と呟く。
「おい、期待できないってどういう意味だ?」
「ああ、土の栄養が足りなそうだ」
「そんな……」
ここまできて、なんてこった!
しかし姉貴はニヤリと人の悪い笑顔を見せる。
「俺が痩せた土地を押し付けられたことが、そんなに楽しいかよ?」
食ってかかると苦笑いで俺を抑えた。
「大丈夫、土地をどうにかする方法は、わたくしが教えてやろう」
その夜、実家に戻ったあと、姉貴は自分の部屋のクローゼットから例の魔術指南の本を持ちだしてくる。
「そもそも、曾祖母様から伝えられた魔術のキモは、天と地の気を均し農作物を育てるものなんだ。それをお前に教えてやる」
「ええ? そりゃ、教えてもらえるのはありがたいけど、俺には魔力はないぜ」
「アデレイド様にあるだろう」
「あ、そっか」
すっかり忘れていた。
「夫婦で力を合わせて、あの畑を肥沃な土地に変えるんだ。地道にコツコツとな。そうすれば、いずれ大きな実りを得られる」
「ああ、ありがたい。姉貴、いや、姉上。礼を言う」
「ふふっ。ちゃんと大人になったと思ったら、だんだんいい男になってきたな」
そう言ってまた俺の頭をなでてくるので、払ってやる。
「やめろよ、子ども扱いしてからかうな!」
「済まなかった。……それから、ひとつお願いがあるんだが、聞いてくれるか?」
姉貴の話は、その「土地を肥沃にする魔術」を、マコーリー領全体にかけて欲しいということだった。
「はあ? 嫌だね!」
「いいや、やれ!」
「やだよ!」
俺がもらう土地に魔術をかけるのは、いい。
アディにだって負担は小さいだろう。
それを領地全体にかけろだって?
そんなことをしたら、兄貴が得するだけじゃないか!
俺の大事なアディを疲れさせてまで?
冗談じゃない!
そう言って反論したら、久しぶりに頭にチョップしてきやがった。
最近、チョップの方法をエメライン女王にも教わっていて、前以上に威力が増している。
「なにすんだよ! 姉貴!」
「お前が愚かだからだ。愚弟め」
すっかり子供のころのような気分で、俺は拗ねた。
でも、納得できないものはできないのだ!
なんで、俺にあんな隅っこの土地しか分け与えてくれない兄貴なんかのために、魔術をかけてやらなきゃいけないんだ?
「だから、お前は愚かだと言っているんだ。聞け!」
そうして姉貴は、自分もランズダウン公爵家に働きに行くまでの間、毎年マコーリー領全土に、天と地の気を均す魔術をかけてきた、と明かした。
「なんでまた、そんな酔狂な」
「なぜ酔狂だと思う?」
「だって、兄貴に得させるだけじゃないか!」
「まーだわかっていないようだな」
そう言うと、もう一回俺の頭頂にチョップした。
さっきよりは弱いものだったが、やはり痛い。
「お前の目は、兄貴に向かってしかついていないのか? いいか、この魔術をかけて一番得するのが誰か、もう一度考えてみろ」
「それは、兄貴……いや、まだ爵位は継いでいないから、親父か?」
「バーカ、バーカ」
子供みたいな罵倒をしてくる姉貴に、本気でムカついていると、今度は真面目な顔になって言う。
「一番得をするのは、領民だ」
「え」
「いいか、災害は恐ろしい。一年かけて苦労して育てた作物を、一瞬でダメにしてしまうのが災害だ。たとえ命が助かろうと、育てた麦が枯れたり水浸しになったりしたら、一番がっかりするのは、領民だ」
「でも、そのときは税を止めたり……」
慌てて、自分も少しは領民のことを考えていたような振りをする。
しかし姉貴にはお見通しだった。
「納税を免除したところで、その年の収入が断たれるのは同じだ。貯えがない者たちなら、その場で食いつめる」
「…………」
確かに、そうだ。
俺は今まで、そんなことも考えたことがなかった。
「汗水垂らして、手を掛けて。そうして育てた作物が大いに実る。それが領民の喜びだ。そして実りが多ければ税として作物を納めたとしても、手元にもそれなりの量が残る。それが彼らに余裕を持たせる。彼らの生活が、いい方へいい方へ回っていくんだ」
俺は素直になって、姉貴に謝る。
「ごめん、考えなしだった」
「わかってくれれば、いいのだ」
そう言ってまた俺の頭をなでてくる。
だから子供扱いはやめてくれ。
「作物が育って豊作になって、それで少しくらいバカ兄貴のふところが潤ったところで、いいじゃないか。領民の幸せには代えがたい」
「……わかった」
俺はマコーリー男爵家の次男坊。
継げる爵位はないけれど、でも俺は、大人になるまで領民の汗で育ててもらったのだ。
――ようやくそのことに、気が付いた。




