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ロナルドとアデレイド 2

 アデレイドは屈託のない少女だった。

 ロングハースト侯爵家といえばなかなかの家柄で、正直男爵家の俺なんて見向きもされなくて当然である。


 しかし彼女は俺どころか、平民のジョンにも明るく接してきた。


(高位貴族の娘にも、こんな子がいるんだ)


 それが彼女の第一印象である。


 これまでの女性との接触の中で、高位の貴族であればあるほど高慢ちきで、身分の低い者を見下してくる傾向があると感じていた。

 でもアデレイドは(それと、姉貴の主人である公爵令嬢もだが)、そういうこだわりはまったくないように見える。


 ジョンが勝手につけた「アディ」という呼び名にも、素直に「はーい」と返事をするし、メルヴィン・ランズダウンが奢ったチョコレートケーキを、彼女が俺たちにも分けたいと主張して、わざわざ運んできてくれた。


 そのとき俺の中にはまだ姉貴へのわだかまりがあって、彼女にも素直に接することができなかったが、ほんのりと胸の中が温かくなったことは、憶えている……


 そんな言葉にならない感情がさらに高まったのは、姉貴の主人のメリーローズ公爵令嬢が逮捕された後だった。


 メリーローズ嬢は一緒に逮捕された仲間を庇うために、自分一人が処刑されることを選んだそうだ。


 それをどうにか助けようと姉貴たちが動き出したとき、ランズダウン家との連絡を取るための式神を、俺とアディが作ることになってしまった。


 というより、アディが「自分が魔力を込める」と主張し、俺にも式神作りに協力してくれるよう、熱心に頼んできたのだ。


 アディにとって、メリーローズ嬢は本当にかけがえのない人だと聞いた。


 俺が危機に陥ったとき、果たしてこんな風に誰かが必死で助けようとしてくれるだろうか……?


 そんな思いが頭をかすめたが、それ以上にアディの思いに押されるように、俺は式神を作った。


 あまり認めたくはなかったが、俺は頭が悪い。


 姉貴の本から写し取ったはずの魔術も、俺の写し間違いのせいで、使えるものはほとんどなかった。


 今回の式神作りも、おぼろげな記憶と姉貴からの口述指導で作ってはみたものの、何度も何度も間違えて使い物にならない。


 その度に式神に込めたアディの魔力は無駄になった。


 でも彼女は俺が失敗しても、怒るどころか励ましてくれて……。


 最後にとうとう式神が作れたときには「ありがとう!」と、礼まで言われた。


 ……眩しかった。

 彼女の、アディの全てが眩しかった。


 そして、愛おしかった。


 俺は知らなかったのだ。

 世の中に、こんな純真な子がいるなんて。


 その後、メリーローズ嬢たちの裁判を乗り越え無事もとの生活に戻り、メルヴィン様について高等学院に通ううち、いつしか俺はアディへの恋心を自覚するようになった。


 俺はさりげなく、彼女に話しかけたり、出来るだけ二人で話ができる機会を作る。


 今日はアディの方から「学生棟の裏庭に、小鳥さんが来ているんです。見に行きませんか?」と誘ってくれたので、二つ返事でやってきた。


「ヒバリさんて可愛いですよねー」


(君の方が可愛いよ)


「コマドリさんも可愛いですよねー」


(君の方が可愛いよ)


「あ、リスさんだ! くるみをいっぱい頬張ってます。可愛いですねー」


 アディは俺が差し入れしたクッキーを食べながら、熱心にリスを眺めている。


(クッキーを頬張る君の方が、リスの千倍も可愛いよ)



 俺はアディと二人っきりになりたいのに、余計な連中がついてきて、建物の陰からコソコソと覗いていた。


「ふふっ、ほほえましいこと」

 メリーローズ嬢の声だ。


「主人として、ちゃんとデートできるようロナルドに休暇を与えないとな」

 メルヴィン様の声だ。


「やれやれ、弟にも春が来たか」

 姉貴の声だ。


「えー? シルヴィアさん、これから冬ですよお?」


 アディが反応してしまった。

 彼女にもしっかり聞こえているじゃねーか!

 今更隠れたって遅い!


 姉貴が隠れたまま、再びアディに話しかけた。


「私が申し上げました『春』は、本当の季節の春ではなく、象徴としての『春』でございます」


「ショウチョウ……」


「『ショウチョウ』って、何ですかあ? どういう字を書くんですかあ?」


 アディに質問責めにあって、姉貴が四苦八苦している。

 ざまみろ。


 ……ああ、「ざまみろ」なんて考えちゃあいけないな。


 以前の俺なら、自分の思い通りにならないことを、全部他人や運のせいにして腐しまくっていた。

 でも、それじゃあいけないんだと、アディに教えられたのだ。


 俺では「象徴」なんて言葉の意味を、アディに教えることはできない。

 代わりに教えてもらって、ありがとうございます、姉上様!




 そんな清らかなアディだが、彼女自身に言わせると「そんなことないですぅ」だそうなのだ。


「わたくし、高等学院に来てメリーローズ様から『のぶ』を教わるまでは、割と嫌な子だったかも知れないです」


「え? 信じられないな。どうしてそんなことを言うんだい?」


「わたくし、侯爵家の一番上の子なのに、跡取りに選ばれませんでした。頭が悪いからだと思います」


 そこから始まった彼女の生い立ちの話は、思った以上に重いものだった。

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