第八話 判断
足音が、やけに大きく響いている気がした。
ダンジョンの中。入口からそれなりに進んだ位置だが、まだ低層のはずだ。壁は荒く、通路も広い。昨日歩いた場所と大きな違いはない。それなのに、胸の奥に引っかかる感覚が消えなかった。
前を歩くリシアの背中は、一定の距離を保っている。振り返ることは少ないが、歩調が微妙に調整されているのがわかる。後ろにはグラン。斧を担いだまま、周囲を観察している。
「痛みはどうですか」
リシアが歩きながら問いかけてくる。
「問題ないと思います」
「そうですか。無理はしないでください」
それだけ言って、再び前を向く。
通路が少し開けた瞬間だった。
気配が増える。
「止まれ」
グランの低い声で、足が止まった。
視線の先、岩陰から姿を現したのはゴブリンだった。一体、二体……数が増えていく。
「五体ですね」
リシアが即座に数を確認する。
問題は、その動きだった。互いの位置を意識し、間合いを保ち、視線を交わしている。
「……低層にしては、統率が取れすぎています」
その言葉に、違和感がはっきり形になる。
「妙だな」
グランも同じ判断らしい。
二人が自然に前に出る。グランが二体、リシアが二体を抑える形になる。
だが、その隙間を縫うように、一体が抜けた。
こちらに向かってくる。
視線が合う。
心臓が跳ねる。頭の奥が冷える。
怖い。
それでも、逃げるという選択は浮かばなかった。短剣を握り、強く踏み込む。
その瞬間。
足元の感覚が、わずかにずれた。
地面が軋み、ゴブリンの体勢が崩れる。
「……っ?」
自分では、何が起きたのかわからなかった。
だが、前で戦っていた二人の動きが、一瞬止まる。
「今の……」
リシアの声が、驚きを含む。
「おい、見たか」
グランも明らかに目を見開いていた。
短剣を振ろうとしていた軌道上に、体勢を崩したゴブリンが倒れ込んでくる。
刃が、深く入った。
偶然だった。
意図した動きではない。
それでも、ゴブリンは動かなくなった。
一拍遅れて、残りも処理された。だが、戦闘後の空気は軽くならなかった。
「……やはり、おかしいです」
リシアが周囲を見渡す。
「この階層で、この連携。偶然とは考えにくいですね」
「進めば、厄介になる」
グランがこちらを見る。
「判断は任せる」
一瞬、迷う。
だが、感覚が警鐘を鳴らしていた。
「……戻りましょう」
そう口に出した直後だった。
足元が沈む。
地面が、崩れた。
「っ――!」
身体が下へと引きずられる。崩れた床の下には空洞があり、制御できないまま落下する。
視界が反転し、重力だけが確かな感触として残る。
次の瞬間。
落ちた先の床が淡く光った。
「――転移トラップ!」
リシアの声が届く前に、空間が歪む。
引き剥がされるような感覚。
衝撃。
床に叩きつけられ、息が詰まった。
なんとか呼吸を整え、身体を起こす。
空気が違う。重い。濃い。
「……落下先に仕込まれていたか」
グランの声が響く。
「このダンジョンは、全7階層構造ですが」
リシアが静かに告げる。
「……ここは第5階層ですね」
戻る判断は、間違っていなかったはずだ。
それでも、ダンジョンはそれを許さなかった。
ここから先は、低層の延長では済まない。
その事実だけが、はっきりと突きつけられていた。




