第五話 初戦闘
ダンジョンの入口は、思っていたよりも地味だった。
岩肌が割れ、口を開けているだけ。看板も装飾もない。
「ここです」
リシアが足を止める。
「……ここが?」
「はい。低級ダンジョンです。初回確認用としては適切ですね」
確認、という言葉が引っかかったが、何も言わなかった。
「入る前に言っておきます」
リシアは淡々と続ける。
「無理だと感じたら、すぐに伝えてください。判断が遅れる方が危険ですから」
「……わかりました」
中に入ると、空気が変わった。
湿っていて、音がやけに響く。
「足元に注意してください」
「はい」
それだけだった。
数分、無言で進む。
通路は狭く、壁が近い。
――嫌な感じがした。
理由はわからない。
ただ、胸の奥がざわつく。
足が止まった。
「どうしましたか?」
「……すみません」
「何かありましたか?」
「……わかりません。ただ……」
言葉にできない。
正面、通路の先。
岩陰が、動いた。
「前です」
リシアが即座に言う。
姿を現したのは、小柄な人影。
緑色の肌。歪んだ顔。
「ゴブリンですね」
それは、こちらを見た瞬間、甲高い声を上げて走り出した。
距離が一気に縮まる。
――来る。
反射的に、腰の短剣に手をかけた。
だが、次の瞬間。
目が合った。
その瞬間、視界が歪む。
笑い声。罵声。囲まれる感覚。
教室の隅。
逃げ場がない。
殴られる前の、あの一瞬。
「……っ」
短剣を抜く動きが止まり、
両腕が無意識に上がる。
頭を守るような、情けない仕草。
――やめろ。
思考より先に、身体が拒否した。
次の瞬間。
「伏せろ!」
聞き慣れない、低い声。
一閃。
重い衝撃音とともに、ゴブリンが横から吹き飛ばされる。
何が起きたのか、理解するより先に、
別の影が前に出た。
背中が大きい。
毛に覆われた腕。
獣人の男だった。
手にしているのは、使い込まれた斧。
追撃は一瞬だった。
振り下ろされ、ゴブリンは動かなくなる。
静寂。
「……怪我はないか」
振り返らずに、男が言った。
「……ありません」
本当だった。
何もされていない。
男は一度だけこちらを見て、
それ以上何も言わずに通路の奥を確認する。
遅れて、リシアが一歩前に出た。
「……助かりました」
男は肩をすくめる。
「たまたま通りかかっただけだ」
それだけ言って、こちらに視線を向ける。
「動けなかったのか?」
言葉が詰まる。
「……はい」
男はそれ以上追及しなかった。
「そうか」
それだけだった。
男はそのまま踵を返す。
「ここはもう安全だ。俺は行く」
「……あの」
呼び止めると、少しだけ振り返る。
「助けていただいて……」
「礼はいらない」
短く言い切り、通路の向こうへ消えていった。
残された空気が、重く感じられた。
「……戻りましょう」
リシアが言う。
「今日は、ここまでにします」
「……はい」
出口へ向かって歩きながら、
自分の手を見る。
震えてはいない。
――動けなかった。
助けられた。
それだけが、はっきりしていた。




