第三話 歪んだステータス
療養室の扉が閉じてから、どれくらい時間が経ったのか分からない。
窓から差し込む光の角度だけが、わずかに時間の流れを教えてくれていた。
身体を起こすと、鈍く重たい痛みが全身に走った。
それでも、確実に“使えている”という感覚があった。
治りきっていないのに、機能している。
その事実が、逆に不安を呼び起こす。
――本当に、死ぬはずだった。
落下の感触は、まだ鮮明だ。
助かる余地など、どこにもなかった。
なのに、こうして呼吸をしている。
自分の身体なのに、どこか他人のものを扱っている感覚が抜けない。
そのとき、控えめなノック音がした。
「失礼します」
入ってきたのは、先ほどの女性とは別の人物だった。
年は少し上だろうか。淡い金髪を後ろでまとめ、動きやすそうな服装をしている。
視線は鋭いが、敵意はない。
「体調はいかがですか?」
「……起き上がれる程度には」
「そうですか。では、お話をさせてください」
彼女は椅子を引き寄せ、正面に座る。
「私はリシアです。ギルドの受付をしています」
それだけ告げて、本題に入った。
「あなたが見つかったのは、二日前です。ダンジョンの内部でした」
淡々とした声だった。
「発見者の証言では、あなたは血だらけで倒れていたそうです。ほぼ全身に損傷がありました」
呼吸が、わずかに浅くなる。
「そのすぐ傍に、オーガの死体がありました」
「……オーガ?」
「はい。中位クラスのはぐれ個体です」
彼女は事実だけを並べる。
「戦闘痕はほとんど残っていません。オーガは即死状態、あなたは瀕死でした」
喉が鳴った。
「そのため、ギルドでは事故として処理しています。正式な討伐記録にはなっていません」
「……助けてくれた人は?」
「獣人の男性です。あなたにかすかに呼吸があるのを確認して、連れ帰ったそうです。それ以上のことは分かっていません」
名も、行き先も分からない。
それ以上の情報はなかった。
「次に、あなたご自身のことです」
リシアは小さな水晶板を取り出す。
「登録のために、ステータスを確認します。問題なければこちらに手を置いてください。」
了承し手を乗せると、水晶板が淡く光った。
視界に、文字が浮かぶ。
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**ステータス**
名前:カナト
レベル:――(不明)
生命力:312
魔力:――(不明)
筋力:187
防御力:164
素早さ:142
運:不明
適性:土
**スキル**
・刃物操作基礎
・落下耐性 Lv4
・苦痛鈍化 Lv3
・威圧耐性 Lv2
・精神遮断 Lv2
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数字を見ても、実感は湧かない。
だが、リシアの反応が変わった。
「……項目が欠損しています」
水晶板を見つめたまま、低く言う。
「通常であれば、ステータスが確認できた時点で本登録は可能です」
一度言葉を区切り、続けた。
「ですが、数値が初期登録者の範囲を明らかに超えていますし、不明項目も複数あります。この状態では、本登録はできません」
視線がこちらに戻る。
「現在は、身元不明者としての保護扱いになります」
そして、事務的だが明確に告げる。
「ただし、条件付きで本登録に進むことは可能です」
思わず、視線を向けた。
「Dランク以上の冒険者、もしくは一部のギルド職員が同行し、一定数のモンスター討伐が確認できた場合です」
淡々とした説明だった。
「その実績が取れれば、ステータスに不明点があっても本登録は認められます」
なるほど、と理解が追いつく。
「ですので――」
リシアは立ち上がり、扉の方を見る。
「武器と防具を整えに行きましょう。最低限で構いませんが、その準備は必要です」
無防備なままでいる理由は、どこにもない。
「……分かりました」
そう答えるしかなかった。
療養室を出る準備をしながら、考える。
落ちた理由。
死ねなかった理由。
異常な数値。
何一つ、まだ分からない。
ただ一つ確かなのは――
ここは、元いた世界とは明らかに違う場所だということだった。




