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記録されない落下者 ~世界の外側から来た存在~  作者: 黒谷レイ
終わり損ねた始まり

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2/21

第一話 __その先

落ちている、はずだった。


身体を引き下ろす感覚は確かに続いている。だが、距離の感覚がない。どれほどの時間が経ったのか分からず、速度も変化しているようで、していないようでもあった。重力だけが存在し、行き先が存在しない。


暗い。


目を閉じているのか、開いているのか判断できない。光がないというより、光という概念が希薄だった。上下の区別も、空間の広がりも、思考の中で定義できない。


──ここは、どこだ。


問いは浮かぶが、答えを探す思考が続かない。意識は途切れ途切れで、次の瞬間には別の感覚に押し流される。


息が苦しい。


肺が圧迫されている感覚がある。だが、それが落下によるものなのか、恐怖によるものなのか、判断できなかった。心拍だけが無意味に速く、体の中で音を立てている。


いつまで経っても、終わらない。


地面に叩きつけられるはずの瞬間が来ない。終わるはずの感覚が、惰性のように続いている。


──死ぬはずだった。


その事実だけは揺らがない。予定が狂っているという認識はあるが、修正しようという気力はなかった。生き延びる理由も、目標も、ここにはない。


次の瞬間。


衝撃。


理解するより先に、体が壊れた。


何かに叩きつけられたというより、押し潰された感覚だった。全身が一斉に悲鳴を上げ、骨が軋む音が内側から響く。肺の空気が強制的に吐き出され、喉が詰まる。


息が、できない。


声を出そうとしても、音にならない。痛みが鋭すぎて、どこが壊れたのか判断できなかった。背中、肩、腰、脚。感覚が重なり、位置情報が失われる。


硬い。


背中の下に、確かな抵抗がある。地面なのか、別の何かなのかは分からない。ただ、落下は終わった。


遅れて、熱が広がった。


鈍く、重く、逃げ場のない痛み。全身がひとつの塊になり、内側から崩れていく感覚がある。


血の臭いがした。


鉄のような匂い。鼻の奥に張り付き、吐き気を誘う。自分のものかどうかを考える余裕はない。ただ、正常ではないという事実だけが、はっきりしていた。


視界の端が暗くなる。


黒が滲み、中心だけがかろうじて残る。音が遠のき、現実感が剥がれていく。


──動けない。


指先に力を入れようとしても、反応がない。脚の存在が曖昧で、感覚が返ってこない。体はあるはずなのに、操作できない。


そのとき、影が動いた。


視界の端。ぼやけた輪郭。複数あるようにも見えるが、数は分からない。人の形かどうかも判断できなかった。


近づいてくる。


何かが、こちらに向かってくる。


恐怖はなかった。ただ、理解できないという感覚だけがあった。ここで何が起きているのか、判断する材料がない。


次の瞬間、体が浮いた。


地面から引き剥がされる感覚。背中の痛みが一瞬強まり、そのあと揺れが始まる。規則的ではない。落下とも違う。


運ばれている。


誰かに担がれているのか、引きずられているのか。判別できない。ただ、移動しているという事実だけが伝わってくる。


視界が揺れる。


暗闇の中で、わずかに明度が変わる。洞窟のようにも、地下のようにも感じられるが、確証はない。


痛みが、遠のいていく。


消えたわけではない。重すぎて、感覚として処理できなくなっている。思考が追いつかず、ただ負荷だけが残る。


──ここは……。


疑問が形になる前に、意識が切れた。


音も、光も、重力も、すべてが一度に遠ざかる。


最後に残ったのは、全身を貫いた衝撃の余韻だけで、


それすらも、やがて完全に途切れた。

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