第十七話 本登録
目を覚ましたとき、最初に感じたのは身体の軽さだった。
昨日の戦闘を思えば、もっと動けなくなっていてもおかしくない。四肢に鈍い痛みは残っている。それでも、起き上がれないほどではない。ギルド内の簡易宿泊室。簡素な木の天井を見上げ、ゆっくりと息を吸う。
――生きている。
それだけで、今は十分だった。
身支度を整え、部屋を出る。廊下を抜け、階段を下りると、朝のギルドの空気が広がっていた。依頼書を張り替える音、金属の触れ合う乾いた響き、冒険者たちの低い会話。昨日の異常な緊張は、もうここにはない。世界は何事もなかったかのように動いている。
受付カウンターへ向かうと、リシアが顔を上げた。
「おはようございます」
いつもと変わらない声音だった。
「体調は問題なさそうですね」
「はい……多分」
自分でも曖昧な返事になる。リシアは特に追及せず、一枚の書類を取り出した。
「本登録が可能になりました」
「……本登録、ですか?」
「ええ。昨日のダンジョン探索で、一定の能力を確認できました」
評価でも祝福でもない。ただ事実として告げられる。
「登録が進むと、何が変わるんですか」
「受けられる依頼の幅が広がります。行動の制限も減ります」
「……つまり?」
「自由度が上がる、という理解で構いません」
書類に目を通し、署名を求められる。指先にわずかに力を込め、名前を書く。
「その前に、ステータスの再測定を行います」
リシアに案内され、測定用の板に手を置く。淡い光が広がり、すぐに文字が浮かび上がった。
⸻
ステータス
名前:カナト
レベル:――(算出不可)
・生命力:318
・魔力:――(不明)
・筋力:191
・防御力:168
・素早さ:145
・運:不明
・属性適性:土
スキル
・刃物操作基礎
・探索 Lv1
・落下耐性 Lv4
・苦痛鈍化 Lv3
・威圧耐性 Lv2
・精神遮断 Lv2
⸻
昨日と大きく変わってはいない。だが、見慣れない項目が一つ増えていることに気づいた。スキル欄だ。名前はあるが、内容が分からないものが混じっている。
リシアは、その変化に触れない。
だが、画面を見る視線が一瞬だけ止まったのを、俺は見逃さなかった。
何も言われない。
だが、何も見ていないわけでもない。
「登録は以上です」
淡々と告げられる。
「本登録はFランクからになります」
「F、ですか」
「探索経験は確認済みですが、正式な評価はこれからです」
順当だ。納得できる。
「単独での潜行は第三層まで許可します。異常を感じた場合は、速やかに撤退してください」
「分かりました」
特別扱いはない。制限も明確だ。それでいい。
そのままギルドを出て、ダンジョンへ向かう。
入口を抜け、浅層に足を踏み入れる。湿った空気。薄暗い通路。昨日のボス戦の圧を思い出すが、今は違う。
現れたのは通常のゴブリンだった。
距離を測り、踏み込む。振り下ろされる棍棒を躱し、間合いに入る。足元がわずかに沈んだような感覚があった。ゴブリンの体勢が崩れる。
偶然だと思った。
短剣を差し込み、仕留める。
次も同じだ。踏み込んだ瞬間、地面がわずかに歪み、相手が傾く。
――たまたまか。
三度目。今度は意識せずに踏み出したはずなのに、やはり同じように体勢が崩れた。
息は乱れていない。体は思ったよりも軽い。ボスほどの圧はない。
正直に言えば、ほっとしていた。
あれほどの存在は、常にいるわけではない。
それだけで、気持ちは落ち着く。
だが、違和感が残る。
倒れたゴブリンの足元を見る。地面がわずかに沈んでいる。こんなに柔らかい地質だっただろうか。
自分の踏み込みが強かっただけかもしれない。
そう考えて、深く追わない。
第二層の手前で引き返す。無理はしない。今日は確認だ。
地上へ戻り、再びギルドの扉をくぐる。受付に立つリシアの姿が目に入る。
一瞬、足が止まった。
あれは偶然か。
それとも。
カウンターの前に立ち、静かに口を開く。
「……一つ、確認したいことがあります」
自分でも、何を聞こうとしているのかは、まだはっきりしていなかった。




