第十六話 その後
街道を抜け、王都の外壁が見え始めた頃には、身体の重さがはっきりと自覚できるようになっていた。
疲労というより、現実が戻ってきた感覚に近い。
さっきまでの張り詰めた空気が、嘘だったみたいに薄れていく。
ギルドの建物は、相変わらずだった。
人が出入りし、掲示板の前で言い争う声が聞こえ、奥から金属音が響いてくる。
扉をくぐった瞬間、完全に切り替わる。
ダンジョンではない。
戦場でもない。
ただの、日常の場所だ。
リシアがそのまま受付カウンターへ向かう。
迷いのない足取りだった。
「お疲れさまでした」
事務的な挨拶。
だが、声の奥に張り詰めたものはない。
「報告と精算を行います」
グランが頷く。
「頼む」
俺は、その少し後ろに立ったままだった。
何をすればいいのか、分からない。
リシアが書類を広げ、淡々と内容を読み上げていく。
ダンジョン名、階層、遭遇個体、討伐確認。
数字と項目が並ぶ。
そこに、感情は入らない。
「ゴブリンロード一体、討伐確認」
その一文が、淡々と記録される。
戦いの記憶と、あまりにも釣り合わない軽さだった。
しばらくして、カウンター越しに小さな袋が置かれる。
「報酬です」
リシアが言った。
「銀貨二枚相当になります」
袋を開き、中身を確認する。
「三人分ですので、そのままでは分けられません」
そう言って、リシアは手早く中身を仕分けていく。
銀貨を崩し、銅貨へ。
規定通りの比率で、きっちり三等分。
「こちらになります」
銅貨の束が、三つ並べられた。
その様子を見てから、俺は口を開いた。
「……俺は、受け取れません」
二人が、同時にこちらを見る。
「何もしてないです」
そう言うと、自分でも違和感を覚えた。
確かに戦場には立っていた。
だが、胸を張って言えるほどの働きだったかと問われると、答えられない。
リシアが、即座に首を横に振る。
「同行者としての条件は満たしています」
「精算上の扱いは変わりません」
それでも、納得できなかった。
すると、グランが鼻で笑う。
「何言ってんだ」
乱暴だが、はっきりした声だった。
「助けた側が、報酬を拒むな」
「俺は、あの場で助けられてる」
言葉に、迷いがない。
俺は、返す言葉を失った。
「……受け取れ」
短く、それだけ言われる。
結局、銅貨の束は俺の前にも置かれた。
それほど重くもない。
だが、しっかりと重さを感じる。
現実としての重みだった。
精算が終わると、リシアは書類をまとめる。
「本日の処理は以上です」
それで終わりだった。
特別扱いも、追加の説明もない。
異常だったはずの出来事が、すべて紙の上に収まった。
ギルドを出る頃には、空はすっかり落ち着いた色をしていた。
人は行き交い、明日の予定を話している。
誰も、ダンジョンの最奥で何があったかなど知らない。
――そして。
その事実は、別の場所では、全く違う形で記録されていた。
⸻
《ダンジョン管理ログ》
対象ダンジョン:第七階層構造個体
記録区分:自動取得
時刻:規定周期外更新
討伐対象:ゴブリンロード
討伐手段:武器による切断
討伐判定:成立
階層偏差:修正済
転移罠発生履歴:異常値検出
魔力集中率:規定範囲外 → 補正完了
関与個体解析:
個体A:人間
個体B:狼系獣人
個体C:不明
個体C
登録照合:失敗
行動履歴:部分欠損
魔力干渉痕:検出
発動認識:未確認
判定:
危険度 ― 未確定
排除優先度 ― 低
観測対象として記録
備考:
当該個体は、既存分類に該当せず
恒常修正対象外とする
ログ保存領域:特別枠へ移行
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ダンジョンは、何も語らない。
ただ、記録する。
誰が理解していようと、していまいと。
そこに意思があろうと、なかろうと。
世界は、静かに更新されていった。




