第十三話 vsダンジョンボス
戦闘に加わろうと踏み込んだ瞬間、空気が一段重くなった。
ゴブリンロードは、こちらを認識した次の刹那、距離という概念を無視して迫ってきた。
地面を蹴る音が遅れて聞こえる。視界に入った時点で、すでに間合いの内側だった。
反射的に身体を投げる。
横へ。転がるように。
直後、背後で土と岩が弾け飛んだ。
叩きつけられた衝撃が地面を伝って腹に響く。
止まる暇はない。
次の瞬間には、もう腕が振り下ろされていた。
躱すというより、落ちる。足がもつれ、無理に体勢を崩して地面に転がり込む。
風圧が頬を叩いた。
わずかに遅れて、耳鳴り。
一撃ごとに距離を詰めてくる。
躱すたび、次の攻撃がすぐそこまで来ている。
息が乱れる。
呼吸が追いつかない。
踏み込もうとした瞬間、足元がもたついた。
刹那の遅れ。
次の攻撃を完全には避けきれなかった。
衝撃が肩口を叩く。
骨まではいかない。だが、肉が裂けた感触がはっきりとあった。
熱い。
遅れて、痛みが来る。
歯を食いしばりながら、転がるように距離を取る。
視界の端で、血が飛んだのが見えた。
このままでは、次は避けきれない。
そう、はっきり分かった。
ゴブリンロードは止まらない。
重心を低くし、今度は叩き潰すような軌道で踏み込んでくる。
逃げ場がない。
躱す余地も、時間もない。
次は――当たる。
確信した、その瞬間だった。
無意識に構えた短剣が、頭を守る位置に上がる。
意味のある防御ではない。ただの反射だ。
だが、振り下ろされた腕が、ほんの僅かに弾かれた。
金属同士が噛み合う音。
衝撃がずれ、軌道が逸れる。
致命の一撃は、直撃を免れた。
「助かった、無事か!」
背後から聞こえた声に、はじめて気づく。
グランの声だった。
ゴブリンロードの巨体が、わずかに前へ流れる。
踏み込みの勢いを殺しきれず、体勢が崩れた。
――今なら。
一瞬、そう思った。
今なら、攻撃できるかもしれない。
距離もある。向きも悪くない。
だが、相手はボスだ。
ゴブリンロードは即座に体勢を立て直そうと、強引に踏み込んできた。
重量を無理やり前に乗せ、押し切る構え。
間に合わない。
このままでは、押し潰される。
咄嗟に、思った。
――完全に崩せたら。
ほんの一瞬でいい。
足が、ずれてくれれば。
願った、というほどの意識もなかった。
ただ、そうなればいいと、強く思った。
次の瞬間、ゴブリンロードの足元が、明確に沈んだ。
踏み込みが止まる。
重心が前に流れ、巨体が大きく傾く。
理由は分からない。
何かをした感触も、使った覚えもない。
ただ、あり得ない崩れ方だった。
その隙を、グランが逃さない。
背後から踏み込み、斧を振り上げる。
全身の体重を乗せた一撃。
鈍い衝撃音が響き、刃が深く食い込む。
ゴブリンロードの動きが止まった。
巨体が揺れ、膝をつき、
やがて前のめりに崩れ落ちる。
土煙が静まったあと、動く気配はなかった。
討伐は、終わった。
荒い呼吸の中で、俺はその場に立ち尽くしていた。
自分が何をしたのかは、分からない。
だが、戦闘に参加していたという実感だけが、確かに残っていた。




