第十一話 邂逅
第六層に入ってから、しばらく歩き続けていた。
通路はこれまでよりも広く、天井も高い。壁面には自然に削られたような凹凸が残り、人工的な加工の痕跡は少ない。足音が反響するが、距離感が掴みにくい。音が返ってくるのに、広さだけが曖昧だった。
魔物の気配は、ない。
それが、かえって不安だった。
リシアは先頭を歩きながら、警戒を緩めていない。時折足を止め、床や空気の流れを確認している。グランも無言のまま斧を担ぎ直し、一定の距離を保って後ろを歩いていた。
俺は二人に挟まれる形で進んでいたが、第六層がどれほど危険なのか、正確には分かっていない。ただ、二人の緊張が切れていないことだけは、はっきり伝わってきた。
やがて、通路の先が開け始める。
自然と、足が遅くなった。
通路を抜けた先は、広い空間だった。
第五階層までとは明らかに違う。天井は高く、壁面は削られた跡が少ない。人工的というより、最初からこの形で存在していたような、均された空間だ。
一歩踏み出した瞬間、胸の奥がざわついた。
理由は分からない。
ただ、嫌な感じがする。
リシアが一歩前に出て、周囲を見渡す。グランは斧を持ち直し、わずかに立ち位置を変えた。
「……なぜ、ここにいるのか分かりません」
違和感だけを切り取ったような声だった。
次の瞬間、空気が揺れた。
奥の闇が、動いた。
それは、これまで見てきた魔物とは違っていた。大きさだけではない。輪郭が曖昧で、存在そのものが空間に食い込んでいるように見える。
「ダンジョンボスです。ゴブリンロード……」
リシアが、断定する。
理解が追いつく前に、視線が合った。
――違う。
見られた、という感覚ではない。
狙われた。
身体の奥が、冷える。
リシアとグランが、同時に構えた。
その瞬間だった。
ゴブリンロードが跳んだ。
床を蹴る音が遅れて響く。巨体が空間を潰すように迫り、殺気が一気に濃くなる。
「逃げてください!」
リシアが即座に叫ぶ。
「今すぐだ!」
グランも声を張る。
二人が前に出た。
グランの斧が正面から叩きつけられ、リシアは側面へ滑り込む。
俺は反射的に走り出していた。
だが、距離が開かない。
背後の圧が消えない。
振り返らなくても分かる。
追ってきている。
二人が前に立っているにもかかわらず、ゴブリンロードは進路を修正し続けていた。攻撃を受け流しながら、狙いだけを変えない。
「……狙いが、こっちに向かない」
グランが歯噛みする。
リシアも異常を察しているのが分かった。
「……おかしいな」
低く呟いた直後、視線がこちらを捉えた。
俺だ。
向かってきているのは、俺。
息が浅くなる。足が勝手に下がる。
距離を取ろうとするほど、詰めてくる。
「……目当ては、カナトさんのようですね」
リシアの声が硬い。
「無視されてる。俺たちをだ」
グランが吐き捨てる。
俺は何も言えなかった。
逃げられない。
考えたわけじゃない。ただ、分かってしまった。
このままなら、確実に死ぬ。
走った先で、壁に行き当たる。
背中に冷たい岩の感触。
後ろは、もうない。
横も、前も塞がれている。
「……ここまでだな」
グランが低く言う。
「これ以上下がれません。行き先がありません」
「ここで倒すしかない、ということですね」
判断が下る。
逃げるという選択肢が消える。
残るのは、一つだけだった。
倒す。
そうするしかない。全身が震えている。
怖い。
リシアとグランが構える。
ゴブリンロードが、動いた。
ここから先は、引き返せない。
――そう理解したところで、戦闘が始まった。




