表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記録されない落下者 ~世界の外側から来た存在~  作者: 黒谷レイ
終わり損ねた始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/21

第九話 異常

 空気が、明らかに変わっていた。


 さっきまでの階層よりも、湿り気が少なく、岩肌が硬い。通路の幅は狭まり、壁面には削れたような痕が多い。踏みしめるたびに、靴底が乾いた音を立てる。


「このダンジョンは、全7階層構造ですが……ここは第5階層ですね」


 リシアが淡々と告げる。


 その言葉の重みを、正直に言えば、俺はまだ実感できていなかった。第5階層が何を意味するのか、低層と何が違うのか、知識がない。だから判断もできない。


 ただ、二人の様子が違う。


 リシアは明らかに警戒の密度を上げている。足取りは慎重で、視線の動きが増えている。グランも斧を持つ手に、余計な遊びがない。


「……群れが少ないですね」


 進んでしばらくして、リシアが小さく言った。


 俺にはわからない。何が少ないのかも、基準もない。ただ、その言葉に、グランが短く頷いた。


「本来なら、ここはうるさい」


 それだけで十分だった。異常なのだと理解する。


「上に戻るより、下に降りた方が早い」


 リシアが続ける。


「このまま引き返すと、さっきの位置まで戻る必要があります。……この状況では、リスクが高い」


 理由のすべては語られない。だが、判断材料は揃っているらしい。


「俺も賛成だ」


 グランが即答する。


 二人の視線が、こちらに向く。


 選択を求められているわけではない。ただ、同行者としての意思確認だ。


「……従います」


 それしか言えなかった。俺には、逆の判断をするだけの知識も根拠もない。


 進行方向が、下に定まる。


 その後もしばらく、魔物との接触は少なかった。少なすぎる、と言うべきなのだろう。戦闘がないこと自体は助かるが、空白が続くほど、不安が積み重なる。


 通路を進みながら、グランが低く口を開いた。


「……聖堂騎士が動くかもしれないな」


 唐突な言葉だった。


「聖堂騎士、ですか……」


 リシアが、わずかに含みを持たせた反応を返す。


 俺には、何の話をしているのか分からなかった。名前だけが出てきて、意味が置いていかれる感覚だけが残る。


「伝えた方がいい案件だ」


 グランが続ける。


「ええ。判断は、向こうに委ねるべきです」


 それきり、話題は切れた。


 俺は口を挟めなかった。理解できない話題に、無理に踏み込む理由もない。


 ――その頃、地上では。


 ギルドの扉が勢いよく開いた。


「やばい!」


 駆け込んできた冒険者が、息を切らしながら受付に向かう。


「どうしました?」


「第六層で……ボスみたいな影があった」


 ギルドスタッフの表情が変わる。


「交戦は?」


「してない。おかしいと思って、すぐ戻ってきた」


「確認します。影、というのは?」


「はっきりとは見えてない。でも、あれは……」


 言葉を探す冒険者に、別のスタッフが口を挟む。


「第六層のボスは、本来、部屋から出られないはずです」


「だろ? だから変なんだ」


 一瞬の沈黙。


「……聖堂騎士に伝えた方がいいですね」


「頼む」


 情報は即座に整理され、上へと送られていく。現場の異常は、確実に広がり始めていた。


 ――だが、その事実を、俺たちは知らない。


 第5階層の奥へと、無言で歩を進める。


 戻れない位置まで来ていることを、誰も口にはしない。ただ、空気の張り詰め方だけが、ここが本来立ち入るべき場所ではないと、静かに告げていた。


 そしてダンジョンは、こちらの事情など意に介さず、さらに深部へ続く通路を開いたまま待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ