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パタンと扉を閉じると、廊下には誰もいなかった。

私より先に退室した人たちは、もうエントランスに移動したのだろう。

でも、私はその場で立ち竦んでしまった。


律ちゃんに迷惑もかけたくなかったし、精一杯の踏ん張りで涙こそは落とさなかったものの、私は、もっと大きな何かが心から欠落してしまったようだった。


おそらくエントランスに行けば、何かしらの説明はしてもらえるのだろうけど、すぐに切り替えることができない。

律ちゃんの意味ありげな微笑みも引っ掛かるけど、今は深く考えることができない。

ただどうにか感情があふれ出さないようにするのでいっぱいいっぱいだったのだ。



けれど、そう時間を置かずに、私が出てきた扉が再び開いた。

私の次に退室を指示されたのは、あの無表情の男性だった。


彼は私がまだ扉の前にいたことが意外だったようで、無表情のまま一瞥をよこした。


高身長の彼に見下ろされてもそこまで威圧を感じないのは、そのスタイルのせいかもしれない。

顔が小さく、モデルのような体型は、律ちゃんにも劣らないだろう。


彼は何も語らず、やがて持っていたバッグをスッと肩に掛けると、さっさと私の横を通り過ぎてエントランスの方に歩いていった。


あの人も、不合格だったんだ…………


まったく知らない人だけど、同じ立場として同情が湧き上がってくる。

でもきっと、あの男性にはそんなの余計なお世話なんだろうな。

だってその後ろ姿は、さっきの女性以上に颯爽としていたのだから。



…………どうしてみんなあんなに強くいられるんだろう?



私は男性の背中を見やりながら、ぼんやりと感心していた。

きっとみんな優秀な人達だろうから、気持ちの切り替えや感情のコントロールもちゃんとできるのかもしれない。

律ちゃんも、そういう人だから。

例え自分の望まない結果になっても、取り乱したりなんかせず、ちゃんとしていられるに違いない。


でも私は、彼らとは違う。

長年憧れ続けた夢が散ってしまった直後に、平常心を保つのも保ってる素振りも難しい。

もちろん、私だって普段は何があってもなるべくそういう素振りはしているつもりだし、もう大人なんだから子供みたいに愚図ったりはしないけれど、今回に限っては、どうしたって彼らみたいにはできそうにもないのだ。



―――――『ユキは本当に嘘が下手だよね』



いつだったか、律ちゃんにそう笑われたことがあったっけ。

あれは、いったい何の話をしていたときだっただろう………?

詳細は思い出せないでも、そのときの律ちゃんの笑顔は憶えている。

確かそのあと、律ちゃんは何か私にとって嬉しい言葉を続けてくれたはずだ。

何て言われたんだっけ…………?



私が記憶の中の律ちゃんに懐かしさを感じていると、先にエントランスに向かっていた男性が、唐突に私に声をかけてきて、現実に引き戻された。



「エントランス、行かないのか?」




てっきり無視されてるとばかり思っていた私は、とっさに反応できなかった。

するとそれを違う方に解釈したのか、男性は「私語厳禁は室内のみだろ?」とぶっきらぼうに言い放った。

そして


「エントランス、行かないのか?」


もう一度訊かれて、私は慌てて「あ……今、行きます」と返した。


けれど男性はなぜだかその場で立ち止まったまま、動こうとしなかったのだ。



…………ひょっとして、私を待ってくれてる………?


まさかとは思ったけれど、私は少しずつ歩み寄っていった。

その間、男性はじっと私を見てくるだけで、相変わらず無表情だ。

そうして、男性のほぼ隣に立った私は、耐えきれずに尋ねた。


「あの……?」


真意をうかがうように背の高い男性の顔を見上げると、男性はやっと来たかとでも言いたげなため息をこぼし、ふいっと前を向いてまた歩きはじめた。


「ちょ………っ!」



…………なんなのよこの人!


そう叫びたいところだけど、そんなことできるわけもなく、私は苛立ちをぐっと飲み込んだ。

その代わりに、「ちょっと待ってくださいよ!」と声をかけると、男性は私をちらりと振り向き、またため息を吐く。

しかもそれだけでなく


「お先にどうぞ」


そう言って、私に道を譲ったのだ。

無表情を1mmも崩さずに。


「………っ!」


はじめて聞く丁寧な口調が、私の苛立ちをさらに燃やしにかかってくる。

でもちょっと待って。

この人相手にムキになっても無駄な気もする。

私は平常心を保っている素振りをすることにした。

私だって、やろうと思えばやれるのだ。

律ちゃんやMMMコンサルティングが絡んでこない限りは。


私はスッと背筋を伸ばして男性に告げた。


「じゃあ、お先に失礼します」


あなたのことなんかこれっぽっちも怒ってませんよ、気にしてませんよ、相手にしてませんよという態度を示して、男性を追い越していく。

私が男性の横を通り過ぎるとき、フッ…と息が聞こえてきて、また苛立ちが延焼しかけたけど、これも気にしない…ことにする。

私は立ち止まらずにエントランスに向かった。

背後では、男性がゆっくり私のあとをついてくる気配を感じていた。



長い廊下をまっすぐ進むと、突き当りで左右にわかれていた。

それを右に折れてさらに進むと、エントランスが見えてくる。


エントランスは吹き抜けになっていて、ガラス張りの壁と相まってものすごい解放感だ。

さっきは緊張のあまり、細かく周囲を見まわすことはできなかったけれど、もしかしたらMMMコンサルティング本社に立ち入るのはこれが最後の機会かもしれないと思うと、しっかり脳裏に焼き付けておきたくもなった。


けれど、そんな私の願望は、エントランスに集まっていた人達によって叶わなかったのだった。



「ああ、やっぱりあなたもこちら側(・・・・)だったのね」



エントランスに踏み入った私にすぐ声をかけてきたのは、隣りに座っていたリクルートスーツを着たショートヘアの女性だった。










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