3
私と同じくらいの年代に見えるその男性は、律ちゃんと同じかそれ以上の高身長で、トラウザーパンツにジャケットを合わせていて、きれいめカジュアルな出で立ちは私と似ている。
おまけに、A4サイズがすっぽり収まりそうなトートバッグを肩に掛けているのも同じだ。
………もしかしたら、この人もMMMコンサルティングの入社試験参加者かもしれない。
直感でそう思った。
格好が似ている人なんか大勢いるのに、私はなぜか、この人にはそう感じてしまったのだ。
そのせいか、私も男性をじっと見つめ返してしまったけれど、男性は完璧な無表情で一瞥してから、ふいっと目を逸らしてしまった。
でもすぐに、まるで思い直したように再び私を見てきて、ぼそりと言ったのだ。
「あんた、さっきの男と知り合いか?」
そう尋ねられて、反射的にびくりとした。
男性の発した声や口調があまりにもぶっきらぼうだったせいだ。
それと同時に、律ちゃんと親しくしているところを見られていたことに対して、率直に、やってしまった……と思った。
もしこの人がMMMコンサルティングの入社試験を受けるなら、私と律ちゃんの関係を容易く知られない方がいいかもしれないからだ。
だって、それでもし、コネとか縁故とか思われて……いや、それ自体は事実かもしれないけど、でもあえてそんな情報を知らせる必要はないし、そのせいで律ちゃんに迷惑がかかってしまうかもしれない。
ひとまずここは、幼馴染みというパワーワードはしまっておこう。
そう決めた私だったけれど、男性は、続け様に意外なことを尋ねてきたのだ。
「さっきの男は、身内じゃないのか?兄妹……弟とか?」
「………は?」
律ちゃんが弟?
あの律ちゃんが?
どこからどう見ても大人の男の人である律ちゃんが、まだまだ学生にしか見えない私の、弟?
私は両目をまん丸く見開いて驚きを隠さなかった。
「違うのか?」
無表情のまま確認してくる男性。
私は背の高い男性の顔をまじまじと見上げて。
「ちが……全然違いますけど?律ちゃんが弟なんて、そんなまさか。あの人は私より五つも年上ですよ?」
「へえ……。で、身内なのか?」
男性は律ちゃんの年齢にはそこまで興味がないようだ。
でも律ちゃんと私の関係性には興味津々。
………これはどう受け取ったらいいんだろう。
ただ、何にせよ、現在進行形で初対面中の私に、こんな個人的な情報を尋ねてくるなんて、コネ云々抜きでも警戒すべき相手だということはわかる。
「………家族では、ありませんけど。でも、どうしてそんなこと訊くんですか?今会ったばかりのどこのどなたかも存じ上げないあなたに、これ以上の個人情報は教えるべきではないと思いますが」
我ながら真正直すぎる返答だと思うけど、これくらいストレートに告げた方がこの男性には違わず伝わりそうな気もした。
すると男性は、私の警戒をあっけなく解かすように「それもそうだな」と、全面的に私に同意を示したのである。
これには拍子抜けしてしまい、私はとっさに言葉を返せなかった。
男性は青に変わった信号に向き直り、一歩を踏み出しかけて、ちらりと横目で私を見てきた。
「それより、あんたも入社試験受けるんだろ?だったら早く行っておいた方がいい。今年はどうか知らないけど、試験内容によっては、受付から試験開始までの間に気持ちを落ち着ける必要があるかもしれないからな。……いろんな意味で」
「え……?それ、どういう意味ですか?」
まるでこの人はMMMコンサルティングの入社試験内容を知っているような口ぶりだ。
だけど私の問いには応じず、男性は横断歩道を渡りはじめる。
「まあ、あんたなら問題ないと思うけど。どうせカード持ってるんだろ?それ、他の奴らに盗られたら面倒だから、しっかり持っておいた方がいい。じゃあな」
男性は一方的にそう言い残し、さっさと行ってしまった。
そうしてる間にまた信号が変わり、私は取り残されてしまう。
「………何なのよ。なんであの男の人も私がカード持ってるの知ってるの?」
疑問が噴出して、ついつい口を突いて声に出してしまっていたことに気付き、私は慌てて両手で口を塞いだ。
他にもMMMコンサルティング関係者がいるかもしれないのに、不用意なことを口にすべきじゃない。
でも、そっと見まわした周りにはそれらしい人はいなさそうだ。
………よかった。
胸を撫で下ろしたのも束の間、腕時計を見ると、思っていた以上に時間が経っている。
私は赤信号を睨みつけて、はやく変われと念じた。
………こんなとき、魔法が使えたらいいのに。
そんな、ありもしない妄想を思い浮かべてしまったのは、私の中にはびこる緊張感を和らげたかったからなのか、それとも、信号待ちの間に立て続けにおかしな男の人と遭遇してしまった反動なのか、その理由は定かではない。
ただ、魔法が使えたら便利なのにな………私がそう思っていたことは間違いなかった。
やがて、信号が青に変わった瞬間、魔法なんて使えない私は駆け出すしかなかったのだった。
※※※
「もしかして、駅から走ってこられたんですか?」
MMMコンサルティング本社エントランスの入社試験受付カウンターで、担当者が息を切らしている私に驚きの声をあげた。
「いえ……、途中、から……です、けど………」
「そんなに急がなくてもまだ時間はありますから、大丈夫ですよ?」
受付担当者はそう仰るけど、私は、さっきの男性のセリフが妙に頭で響いていたのだ。
『………試験内容によっては、受付から試験開始までの間に気持ちを落ち着ける必要があるかもしれないからな。……いろんな意味で』
あの男性も、今回の入社試験の内容は把握していない様子だったものの、何が何でもMMMコンサルティングに受かりたかった私としては、少しでも早く受付を済ましたくなったのだ。
でも、そういえば、あの男性は特に急ぐでもなくゆっくりな足取りだったにもかかわらず、私がMMMコンサルティング本社ビルに入るまで、全然姿が見えなかった。
………途中から足を速めたのかもしれないけど。
「それでは、呼吸がおさまってからで構いませんので、こちらに必要事項の記入をお願いできますか?」
受付担当者の女性が優しく気遣ってくれる。
この人もMMMコンサルティングの社員だろうか?
だとしたらすごいエリートのはずなのに、そういうことを感じさせないゆったりした癒し系の物腰だ。
「いえ、大丈夫、です………」
私はあまり受付の女性を心配させないように、すぐにペンを握って書類に走らせた。
女性は癒し系の笑顔を崩さず、私の記した書類を確認すると、「はい、問題ありません。では、こちらへどうぞ」と奥に案内してくれた。
考えてみれば、私は今、あの長年憧れたMMMコンサルティング本社に足を踏み入れているのだ。
踏み入れた瞬間は慌てていたのでその感動に浸る余裕はなかったけれど、呼吸も整ってきた今、じわじわと手先足先から感動が染み込んでくる。
まだここで働けると決まったわけじゃないけど、憧れの律ちゃんが働いてる場所に、私もようやく訪れることができたんだと思うだけで、泣きそうになるほどの歓喜に震えてしまうのだ。
だけど、肝心の試験はこれからだ。
私は感動の余韻でおかしな失敗を招かないよう、MMMコンサルティングへの憧れを胸に翳したまま、気を引き締めた。
そして受付の女性は、ある扉の前で立ち止まった。
「こちらが試験会場となっております。部屋に入られましたらお好きな席にお座りください。室内では決して声をあげたりなさらないでください。室内で声をあげられた時点で失格となってしまいますので、くれぐれもご注意願います」
「わかりました」
「もし体調が悪くなったなど、何か伝達事項がありましたら挙手していただくと社員が参りますので、遠慮なく申し付けください」
「わかりました」
私語厳禁は試験の基本的なルールだ。
ところが、最後に女性は妙な注意を付け加えたのである。
「よろしいですか?絶対に声をあげてはいけません。何が起こっても、どんなに驚いても、絶対に声をあげないでください」
「え……驚く……?」
訊き返した私の声は届いてなかったのか、女性は癒し系の満面の笑みで「それでは、ご健闘をお祈りいたします」と告げ、扉を開いてしまった。
私はすぐさまきゅっと唇を噛みしめ、部屋の中に入ろうとした……………ところで、その足が止まってしまった。
部屋の中には、あまりにも予想外な光景が広がっていたからだ。




