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ただ、もしかしたら私以外の人に話しかけたのかもしれない。

私は振り返ることを逡巡した。

でも、すぐに同じ声がしたのだ。



「もう受付は始まってますよ。もしかして、意外とのんびり屋さんなのですか?」



これはもう、ほとんど私に尋ねていると思って間違いないだろう。

私はパッと振り向いた。


すると、すぐ後ろに、私よりは若そうな男性……男子と言った方がしっくりきそうな人物が、柔かな笑顔で立っていたのだ。

目鼻立ちがすっきり整っていて、私とそこまで目線に差はないけれど、実際よりも背が高いように感じてしまう、そんな、まるで少女漫画に出てくる王子様のような雰囲気のある男性。


男性は私と目が合うと、その目をにっこりと細めた。

ジャケットからパーカのフードを出し、カジュアルな装いは随分若そうに見えるけれど、もしかしたら、MMMコンサルティングの社員かもしれない。

何しろMMMコンサルティングの社員は服装で判断することはできないのだから。



「あの……MMMコンサルティングの方ですか?」


考えたくはないけれど、まさか私以外の参加者全員がもうすでに受付を済ませていたりするのだろうか………?

それで、わざわざ迎えに来てくださった………とか?

だとしたら、いきなりマイナス評価されたりしない………?


そんな想像して、きゅっと鳩尾(みぞおち)あたりが痛くなる。


………私、こんなに繊細なタイプだったっけ?


どうやら、緊張感が高まると、性格まで変わってしまうらしい。

まだ遅刻じゃないんだからマイナス評価なんてされるわけないのに、勝手に不安を煽ってしまうのだから。


ちょっと落ち着こう。

いくら長年の夢が叶うかどうかの運命の日だったとしても、ちょっと緊張し過ぎじゃない?


私はフゥ…と極小の深呼吸をして気持ちを整えた。

でもそれは目の前の男性にはバレバレだったらしく、クスッと笑われてしまった。



「………失礼。実は、あなたが今日入社試験を受けられると知り、本社近くでお待ちしていたのですが、なかなかお姿が見えませんでしたので、こうして伺ってみたのです。ここでお会いできてよかったです」



表情だけでなく、その声も口調も、上質な綿のように柔らかい。

上品な佇まいで、きっと穏やかな性格のいい人なんだろうなと、直感でそう思った。



「それは……すみま…申し訳ありませんでした」

「いえいえ、こちらが勝手にしたことですので、どうぞお気になさらず。それに、まだ他にも受付を済ませていらっしゃらない方も複数名おられますから」

「そうなんですか?よかったぁ……あ、すみません」


思わず心の声が漏れてしまい、私はすぐに気を引き締めた。

男性はそんな私にもにっこり顔を崩さない。

本当に穏やかな人だ。


そうしてると信号が青に変わり、人の流れが生まれる。

その流れに沿い、MMMコンサルティング本社方面に視線を流した男性が、スッと顔つきを変えた。



「…………おや、お迎えがいらっしゃったようですね」



私の後方、横断歩道の向こう側を見たまま言う男性に、私はそちらに顔を回した。

すると、遠くに律ちゃんの姿が見えたのだ。



「ナイトのお出ましというわけですね。では、そろそろ失礼いたします。MMMでのご活躍を、心よりお祈りしております。そうそう、くれぐれもそのカードは大切になさってくださいね」

「え?ナイト……?」



聞き馴染みのない言葉に、私はもう一度男性に顔を戻したけれど、そこに、もう男性の姿はなかった。



「…………え?」



いない?

あの男の人、どこに行ったの?


周りをきょろきょろ見まわしても、それらしい姿はどこにもない。

私が顔を逸らしたのはほんの数秒なのに。

そんなわずかな瞬間で、あの男の人はどこかに行ってしまったの?


どこかに行ったというよりも、まるで忽然と姿を消してしまったようで、私は律ちゃんがすぐそばに来るまであの男の人を探し続けた。



「ユキ?どうかした?」

「律ちゃん………。今ね、迎えに来てくださったMMMコンサルティングの男の社員さんから声をかけられたんだけど、ちょっと目を離した隙に、その人がいなくなっちゃって………あの人、どこ行っちゃったんだろう?」


そう答えながらも、私はまだきょろきょろしていた。

でも、律ちゃんがふいに声色を変えたのだ。


「うちの男の社員?その男がそう言ったのか?」

「え……?」


訝しそうな問いかけに、私は律ちゃんを見上げた。


「うちから迎えになんかやってない」

「えっ?」

「ユキ、答えて。その男は、自分がMMMコンサルティングの社員だと名乗ったのか?」


律ちゃんの目は真剣だった。



「え……と………どうだったかな………。でも、もう受付は始まってるとか、私が今日入社試験を受けるのも知ってたし、受付をまだ済ましてない人が私以外にいることも知ってたよ?それに、律ちゃんのことも知ってるみたいだったし、律ちゃんからもらったカードのことだって………あれ?」


思い出しながら律ちゃんに説明していた私は、はたと言葉を置いた。



…………私、さっきの男の人に声をかけられる前に、カードはポケットにしまってなかった?



ささやかな違和感が、記憶を侵食していく気配がした。


けれど律ちゃんがおもむろに私の肩に触れてきて、安心させるようにとんとんと叩いてくれた。

それだけで、ずいぶん安心できてしまう。



「大丈夫。ユキは入社試験だけに集中すればいい。その男のことは俺が探してみるから、ユキはまっすぐ本社に向かうんだ。いいね?」

「う、うん………」

「カードはちゃんと持ってるな?よし。何も心配することはないから、気をつけて行っておいで」


律ちゃんはそう言って、MMMコンサルティング本社ビルとは反対方向に駆けていったのだった。



…………どうしよう、もしかしてあの人、MMMコンサルティングとは関係のない人だったのかな。

でも、じゃあどうして私や律ちゃんのことを知ってる風だったんだろう?



いつの間にか信号はまた赤に変わっていて、私は青になるのを待つ間、じわじわ増してくるあの男性の違和感と格闘しなければならなかった。


けれどしばらくして、なんだか隣から妙に視線を感じ、違和感との格闘は一時休戦となった。



………勘違いじゃない。確かに、こっちを見てる。



あまりに強烈な視線に、またMMMコンサルティングの関係者が現れたのかも……と身構えたものの、今度はまだ声もかけられてないので、さりげなく、本当にさりげなく、視線の主を見やった。



すると、ひとりの男性と目が合ったのだ。










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