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カード組……それは、入社試験で出会ったショートヘアの女性が口にしていた言葉だった。
けれど、他の人達はピンときていないようだったのだ。
紺咲さんや灰霧くんはともかく、緑堂さんと青街さんまでもが薄い反応だったのはちょっと意外だった。
とはいえ、カードの存在を知ってさえいれば、容易くその意味は想像できるだろう。
「カードを持っていたら、それだけでカード組と呼ばれるのでしょうか?」
紺咲さんが確認すると、紫間さんは「もちろんだよ」と即答した。
「そして、今話した ”設定魔法” のかかった広告を見つけて入社試験に参加した者のことをノンカード組と呼んでいる。これは主に人事担当の間で便宜的に区別するためにそう呼びはじめたんだけど、最近はノンカード組からの入社した事例がほとんどないから、あまりその名称も使われることはないかな。ただ、あのカードがあることで、ある程度の素質や人物像は保証されていることになるわけだけど、その逆に、カードを持ってない者には厳しい目を向けがちになってしまう。それはごく稀に入社試験を突破した場合も同じで、それがちょっとしたいざこざの種になりかねないことから、今は、あまり大っぴらにこの言葉を使う社員は少ないかもしれないな。だって、ノンカード組も入社試験をパスできたらカードを支給されるわけだしね。結局はみんなカードを持ってるという点では同じになるんだけど、中にはもともとっ持っていたことで変に選民意識を持ったり、逆に持っていなかったからと劣等感を抱いたりする社員もいるから、まあ、デリケートと言えばデリケートな言葉なのかもしれない………うーん、難しいよね。でもまあ、今ここにはきみ達カード組だけなんだし、これから行う二次試験ではきみ達のチームワークも必要になってくるから、ひとつにまとまる意味でもそう呼ぶのは問題なしだよ」
「まあ、紫間様、二次試験の内容をもう教えてくださいますの?」
真っ先に緑堂さんが目を輝かせた。
それから、紺咲さん、灰霧くん、マスクの白蘭さんも、紫間さんに傾ける注意をより深くさせた。
もちろん、私だって。
唯一、表情を動かさない青街さんは何を思っているのか読めないけれど、じっと紫間さんを見つめている。
そんな私達6人を紫間さんはぐるりと見渡し、クスクス笑った。
「二次試験の内容が気になって気になってしょうがないみたいだね。いいよ。じゃあ、もう説明しようか。黒凪くんも、それでいいよね?」
「いいと思いますよ。ノンカード組ももう動きはじめるでしょうし」
律ちゃんが答えながら腕時計をかすめ見る。
私が意識を失っていたのはそんなに長い時間でもなかったみたいだけど、他の人に余計な時間を付き合わせてしまったことに違いない。
私は申し訳なさを覚えた。
…………あとで5人にちゃんと謝らなきゃ。
けれど私のその決意は、紫間さんから告げられた二次試験の内容によって吹き飛ばされてしまうのだった。
「よし。じゃあ発表するよ?きみたちの二次試験は、合宿形式で行われることになってるんだ。ちなみに、今日このあとすぐに宿泊先まで移動するからね。なんだか修学旅行みたいでワクワクしないかい?ひとつ屋根の下、同期どうし、カード組どうしの絆を深めてくれたまえ」
明かされた二次試験の内容に、やはり免疫薄い組の私、紺咲さん、灰霧くんには動揺が駆け抜けた。
「え……?」
「合宿、ですか………?」
私と紺咲さんが声をあげたあと、灰霧くんは楽器ケースを抱き直して動揺を鎮めようとしている風だった。
けれど、二次試験の内容については免疫ありの3人も初めて聞いたようで、緑堂さんは「あら、今年は泊まり込みで開催されますのね」と驚きを隠さなかった。
それでも、私達に比べたらずっと落ち着いている。
青街さんと白蘭さんも黙ったままだけど、目は紫間さんの次の説明を望んでいるようにも見えた。
紫間さんはサプライズの成功を喜ぶ子供のように嬉しそうに「うん、そうなんだ」と返した。
「毎回二次試験はMMMコンサルティングや魔法関連施設で ”魔法” に直に触れて相性とか反応とかを観測するんだけどね、場合によっては宿泊を伴う試験になったりもするんだよ。で、今回はまさにその合宿型試験になったんだ。といっても、なにも朝から晩までスパルタで ”魔法” のいろはを詰め込んだりはしないよ?まあ、簡単に言えばインターンみたいなものかな?インターンなら本社でじゅうぶんじゃないかと思うかもしれないけど、このMMMコンサルティング本社では国家機密も扱っていたりするからね。いくらカード組とはいえ、まだ正式な社員でないきみ達がうろうろするのはよろしくない。もし何かあったときにきみ達に変な疑いを向けられたりするのも避けたいしね。そういうわけで、毎回本社以外の関連施設が選ばれているんだよ」
6人の前をゆっくり反時計回りに歩きながら、紫間さんの詳細説明は続いた。
「で、今回は山奥にある施設に決まったから、きみたちが自宅から通うのは難しいだろう?だから宿泊することに………ああ、でも、青街くんだけは例外かな?」
ぴたりと、青街さんの前で足を止める紫間さん。
青街さんはハッとして、無表情が苦い色に変わった。
何か心当たりがありそうだ。
しかもネガティブ方面での。
けれど、紫間さんに何を言っても無駄だと諦めたように、ハァ……と長いため息を吐いただけだった。
すると、ふたりのやり取りを見て察したように、緑堂さんが優雅な仕草でパンと手を叩いたのだ。
「それでしたら、ひょっとして、その施設というのは《《ホテル》》 《《ミスルトゥ》》ではありませんこと?」
「ホテル、ミス……?」
「ミスルトゥ。宿り木」
うまく聞き取れなかった紺咲さんに、灰霧くんが楽器ケースを斜めにして横向き、短く告げる。
ミスルトゥ………日本語では宿り木と呼ばれているけれど、クリスマスなんかにはその名を聞くことも珍しくはない。
でも今重要なのはその名前ではなくて………
「そのホテルが、MMMコンサルティング関連施設なんですか?」
私が先を促すように尋ねると、紫間さんではなく緑堂さんが「あら、そうではなくてよ」とふわふわの髪を揺らして私に振り返る。
「ホテル ミスルトゥは、魔法に縁のある方にしか辿り着くことのできない、魔法使いのためのホテルですわ。そして、そちらの青街様のご実家でもありますのよ?」
とっさに、私は隣りの青街さんを向いてしまった。
でも紺咲さんと灰霧くんも同じ反応をしていて、思いがけず話題の中心に置かれた青街さん自身は不本意そうにハァ……ともう一度長いため息を吐いた。
青街さんのため息が聞こえなかったわけではないだろうけど、緑堂さんはお構いなしに私達免疫薄い組に青街さんのご実家のことを教えてくれる。
「ホテル ミスルトゥは、非魔法使いには絶対に見つけられないようになっておりますから、魔法使いの隠れ家的存在でもあり、非魔法使いに気を遣わずに過ごせる癒しの宿でもあり、ともかく魔法使いどうしが集うのには最適な場所となっておりますのよ?魔法使い界では一、二を争う人気で有名なホテルでございますわ。残念ながらわたくしはまだ一度も伺ったことはございませんけれど、わたくしの兄が何度かお世話になったそうで、非常に素晴らしい時間を過ごせたと申しておりましたわ。そのホテル ミスルトゥのオーナーが、青街様のご両親でいらっしゃいますのよ」
緑堂さんはスラスラとまるで旅行サイトの紹介文みたいに誉め立てると、
「そしてこのたび、わたくし達はそのホテル ミスルトゥに宿泊できるなんて、幸運この上ないことでございますわ!」
と、歓喜の声をあげたのである。
けれど当の青街さんは「………ご説明、どうも」と、緑堂さんの大絶賛を適度に聞き流していた。
すると紫間さんがクスクスクスと小刻みに笑った。
「青街くんは迷惑そうだね。きみは感情が顔に出にくいけど、根が正直だ。でもこれは決定事項だから。変更はできないよ?」
「それはわかってます。ですが……」
青街さんは何か言いたげに紫間さんに反論しかけたものの、紫間さんの「すべて問題ないよ。大丈夫だ」という断言の前に、言葉を飲み込んだようだった。
「緑堂さんが言ったように、合宿先は青街くんのご実家のホテルだよ。ここは ”魔法使い” のためにあるホテルで、非魔法使いには見つけられない ”設定魔法” が施されている。これも緑堂さんが言ってくれたね。MMMコンサルティングの関連施設ではないけれど、”魔法使い” にとって憧れのホテルで、大人気なんだ。ああ、これも緑堂さんが説明してくれてたね。そこできみ達にはホテルのお手伝いをしてもらう予定だ。といっても、なにも接客をお願いするわけじゃないから、安心してくれたまえ。きみ達にはホテルの裏方として、大勢の ”魔法使い” の中で過ごしてほしい。あくまでもメインは ”魔法使い” 達との接触だ。そこできみ達の ”魔法の元” がどう変化するのか、他の ”魔法” の習得の可能性や、力そのものの測定なんかを見極めたい。まあ、詳しいことはホテルに移動してから説明するよ。僕の話もだいぶ長くなっちゃってるからね。きみ達もそろそろお尻が痛くなってきてるんじゃないかい?」
紫間さんが冗談まじりに言うと、待ち構えていたかのように紺咲さんが手を挙げた。
「あの、質問よろしいですか?」
「うん?ああ、そうだね。最後に質問コーナーを設けるはずだったね。いいよ。どうぞ?」
「ありがとうございます。二次試験が合宿形式でそのホテルミス…」
「ミスルトゥ」
隣の灰霧くんからヘルプが入る。
「……ホテル ミスルトゥで行われることはわかりました。先ほどのお話では今日このあと二次試験先に移動ということでしたが、事前に知らされておりませんでしたので、生憎泊まりの準備を持ってきておりません。一泊程度でしたら近くのコンビニで用足りるのかもしれませんが、もし数日以上に及ぶのでしたら、何かと準備が必要になってくるのではと思いまして……」
紺咲さんがわずかに私や緑堂さんに視線を揺らした。
おそらく、女性陣に気遣ってくれたのだろう。
男性女性を区別することの是非はともかく、泊まりとなると女性の方が化粧品など持ち物が多くなるのが一般的だろうから。
けれど、紫間さんは一笑でこの問題を解決したのだ。
「それなら問題ないよ。なんといっても、”魔法使い” がいるんだから。もし宿泊するにあたって必要な物があるのなら、言ってくれたらすぐに用意できるよ。もちろん、今回はMMMコンサルティング側からのオーダーだからね、すべて無料だ。ただし、どうしてもあのぬいぐるみがないと眠れないとか、あのパジャマじゃないと落ち着かないとか、特別な物があるというのなら、一時的に帰宅することも不可能ではない。でもその場合は、僕か黒凪くんと一緒に ”魔法” を用いての移動になる。これは今のきみ達にはあまりおすすめはしない方法なんだけど…………誰か、帰宅希望者はいるかな?」
おすすめしないとはっきり言われてる手前、誰も名乗り出ない。
けれど、誰も手を挙げないのを確認したように、緑堂さんが「よろしいですか?」と申し出た。
「なにかな?」
「近くで待機しております家の者に、宿泊用の荷物を持って来させることは可能でございますか?」
「ああ、そうだった、緑堂家の付き人がいらっしゃるんだよね?構わないよ。本社ビルへの立ち入りは禁止だから、社員に受け取りに表まで受取りに行かせよう。すぐ来られるのかい?」
「車の中に数日分の着替えや身のまわりの物は常に置いておりますので、5分とかからないかと」
「素晴らしい。さすが緑堂家のお嬢様だ」
「恐れ入ります。家族の代理を任されることも多ございますので、いつでも動けるよう、手配は万全にしておりますわ」
「うん、いいね。それじゃあ、他のみんなも一時帰宅はなしでいいね?まあ、青街くんはこれから帰宅することになるんだけどね」
紫間さんはハハハと笑い声をあげると、私達が囲む真ん中に戻っていく。
そしてパンパンッと顔の横で手を打った。
「よし、それじゃあ、出発は一時間後。それまではこの医務室に待機しておいてくれるかい。このあと、社員がきみたちのリクエストを聞きにくるから、そのときになんでも申し付けてほしい。ああ、もし今お腹が空いてるなら食べたいもののリクエストも受け付けるよ?何でも好きなものをオーダーするといい。それから、急な宿泊で誰かに連絡しておく必要があるなら、今この場で済ませておいた方がいいかもしれないね。なにしろこのあときみ達が向かうのは、特殊な場所だからね。いつもの携帯電話やインターネットが使えるとは限らない。さあ、二次試験前の休息のはじまりだ」
紫間さんが右手を高く掲げると医務室の扉が勢いよく開き、複数の人が部屋に入ってきたのだった。




