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紫間さんが話を再開する前に、私のカードのために席を立っていた3人がソファに戻った。
そして彼らを待ってから、紫間さんが6人全員を見渡しながら口を開いていった。
「MMMコンサルティングの主な仕事内容についてはもう説明した通りだよ。表向きは、非魔法使いの困りごとに対し ”魔法” を使用したアプローチで解決を手伝ったり助言をすることだ。クライアントには政府や自治体、警察関係、法曹関係、医療関係、教育関係、経済関係、マスコミやメディア関係、もちろん個人の方々も多い。つまり、各界、各業種、今のこの国においてMMMコンサルティングと一度も関わらなかったものは存在しないと言ってもいいだろうね。ただ、”魔法” のことを知る人間は一部のみで、あとはMMMコンサルティングは知っていても ”魔法” のことは知らされていない、もしくは知ったあとで記憶を消されているかのどちらかだ」
「音楽業界もですか?」
唐突に、灰霧くんが声を張り上げた。
ずっと紺咲さんの後ろに隠れているような印象だったけれど、紫間さんの話を遮ってまで質問する姿は、まるで違った。
それでも、ぎゅうっと楽器ケースを抱きしめる両腕に力をこめて、勇気を振り絞って尋ねたようにしか見えない。
すると、紫間さんは微塵も笑顔を崩さずにさらりと答えたのだ。
「そうだね。他の業界に比べたら多少の差はあるけれど、きみのご家族がいらっしゃる音楽業界とも関わりはあるよ」
それを聞いた灰霧くんは、渇いていた花が水を吸ったように、その表情を咲かせた。
そして灰霧くんの次に顔色を弾ませたのは、緑堂さんだった。
「まあ、同じお名前だとは思っておりましたが、やはりあの灰霧ファミリーの方でしたのね。昨年ウィーンでお母様の舞台を拝見しましたのよ?とても素晴らしかったですわ」
「………ありがとう…ございます………」
緑堂さんのいかにもお嬢様なコメントに、灰霧くんが恐縮したように返した。
「おや、緑堂さんはもう灰霧くんのご家族と面識があったんだね。ただ、灰霧くん、きみのご家族は海外で活躍なさっているから、MMMコンサルティングの社員も、直接ご本人と関わったことはないみたいだよ。もちろん、ご家族は ”魔法” のこともなにもご存じないはずだ」
灰霧くんは楽器ケースを抱く腕をゆるめていった。
「……そうですよね………」
何を期待していたのか、灰霧くんからはわずかながっかり感が滲んでいる。
けれど紺咲さんがすかさず灰霧くんに声をかけた。
「いつかご両親とお兄さんにも話せたらいいね」
「………うん」
なんだか、灰霧くんと彼のご家族の間に何か複雑なものがあるような言いまわしだ。
でも、紺咲さんと灰霧くんの間にはさすが元教師と教え子という信頼感があるようで、灰霧くんは紺咲さんに素直に頷いていた。
おそらく、紫間さん以上に紺咲さんは灰霧くんのご家族をご存じのはずで、そして、口数が多くない灰霧くんのことも、紺咲さんはいつも気にかけている。
でも灰霧くんの口数の少なさは、青街さんや白蘭さんとは違って、人見知りやシャイな性格からきているのだと思う。
たぶん、打ち解けたらおしゃべりな内弁慶タイプのような気がした。
たぶんだけど。
紫間さんは二人の様子を嬉しそうに見守りながら、ごく軽めに付け加えた。
「でも、音楽業界やスポーツ業界には時として ”魔法” が介入すべきでないこともあるからね。だから他の業種よりは比較的薄いのかもしれない。だって ”魔法” を駆使したら、すべての音楽コンクールやスポーツ大会で優勝者が ”魔法使い” ばかりになってしまうだろう?それはフェアじゃないからね。まあ、そのあたりについてはまた追々知ってもらえればいいよ。それじゃ、話を続けるよ?」
灰霧くんと紺咲さんに向けていた体を私達の方に翻して、紫間さんが胸を張る。
にこにこ顔も相まって、やっぱりゲストにアナウンスをするテーマパークのスタッフのようだと思った。
…………私達を魔法使いの世界、MMMコンサルティングへと誘う役目は、それと似ているのかもしれないけれど。
「今も話したように、我がMMMコンサルティングはこの国において、今やなくてはならない存在となったわけだけど、そうなると、当然、その名前も多くの人が知るところになる。”魔法” について知ってる知らないにかかわらずね。非魔法使いでも ”魔法” を知っている人は多いし、そういう人達の多くは我々に非常に協力的でいてくれる。でも一方では、 MMMコンサルティングが有名企業になってくると、”魔法” のあるなしに関係なく、MMMコンサルティングと関わりを持ちたい、入社したい、転職したい、社員を紹介してほしい、そういう人間が多く出てきたんだ。その中には、”魔法” のことなんかまったく知らず、ただ単純に企業としてMMMコンサルティングを評価して入社を希望したり、或いはその名声を得たいと下心を持つ人間もいたんだけど、タチが悪かったのは、”魔法” のことを知り、自分が ”魔法” を持っていないことも知りながら、”魔法” を使えると嘘をついてまでどうにかしようとする連中だよ。そんな連中が後を絶たなかった時期があってね。まあ、我々も仲間を一人でも増やしたいというのが本音だし、万が一ということもあり得るから、そういったグレー案件も丁寧に対応していたんだよ。でもそういう連中が増える一方で、とうとう通常業務にも影響が出はじめてしまった。そこで、入社についての方針を定めることにしたんだ。MMMコンサルティングに入社する方法はふたつ。ひとつは、きみ達のようにMMMコンサルティング社員自らがカードを手渡して行うスカウト。そしてもうひとつが、こちらから出したアナウンスを正しく受け取れた者のみが受験できる入社試験での選抜だよ」
紫間さんが二本の指を立てると、緑堂さんが「つまり、本日の試験のことですわね」と、問いかけではなくひとり言のように呟いた。
「そうだよ。”魔法” や ”魔法の元” を持っていないと見つけることのできないように設定して、広告を出したんだよ。毎回、全然違う媒体や場所にね。今回は確か……駅前の歩道橋のところの広告だったかな?みんなも今日ここに来るときに目に入ったんじゃないかな?」
私はすぐにその広告を思い浮かべていた。
きっと、みんなもそうだと思う。
もちろん駅を利用しなかった場合は見ていないかもしれないけど、少なくとも私の後に駅方面から歩いてきた青街さんは目撃しているはず。
そう思い、ふと青街さんを見やると、彼は相変わらずの読めない表情をしながらも、ハァ……と深めのため息を吐いたところだった。
その瞬間、目が合ってしまうも、青街さんは相手にもしないようにさっと逸らしてしまう。
するとそんな些細なやり取りも見逃さない紫間さんが、「おやおや?そこのふたりも仲良くしてくれないと困るよ?」と、私と青街さんを指差してきたのだ。
「なんてたってきみ達は同期であると同時に、今年のカード組なんだからね」




