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青街さんはじろりと緑堂さんを見やったあと、数秒ほどしてから、ハァ…と諦めのようなため息を吐いた。
そしてそんな青街さんが視界に入ってるのか入っていないのか、紫間さんは腕組みして、うんうんと頷いてみせる。
「緑堂さんの言う通りだね。というわけで青街くん、話を進めていくよ?このあとの予定も詰まっているからね」
無敵のような笑顔で紫間さんにそう告げられると、青街さんはもう一度ため息を吐いて
「………わかりました」
と了承した。
まだ到底納得できていないのは一目瞭然だ。
私は当事者として、なんだか申し訳ないような、でも私だって何がなんだかわからないんだし……と、ネガティブ気味の複雑な心境になってしまう。
同時に、もう何度目かわからない鳩尾の痛みが走り、カードをきゅっと握ってしまった。
すると律ちゃんがまた私の肩をとん、と優しく触れてくれた。
「何度も言うけど、ユキは何も悪くないよ。責任を感じる必要はまったくない」
律ちゃんに続いて紫間さんも「そうだよ?紅守さんはなんにも悪くない」と私に顔を近寄せてくる。
もちろんにっこり笑顔のままだ。
「だからね、そんな顔しないで?と言われても、難しいかな?きみは本当に嘘がつけないみたいだからね」
今自分がどんな顔をしているのかわからないけれど、困惑しっぱなしであることには違いない。
私はカードを紫間さんに向けながら、正直にそう伝えた。
「………でも私、このカードを見ても、自分がそんな……みなさんが驚くほどの、その……力?を持ってるなんて、全然わかりません」
それだけじゃない。
さっき紫間さんの説明に出てきた ”魔法の元” ?だって、私には何も心当たりないのに。
なのに力だけが強いと言われて、それに異論をぶつけられたりしても、困惑しかできない。
すると紫間さんではなく、また緑堂さんが軽快なお嬢様言葉で言い放ったのだ。
「あら、それは当たり前ではなくて?だって、あなたはついさっきまで何もご存じなかったのでしょう?それでしたら、例えカードを見せられたとて、魔法関連のことを即座に理解できなくて当然ですわよ。そちらのお二方も、最初からすべてを理解されたわけではありませんわよね?」
緑堂さんに話を投げかけられた紺咲さんと灰霧くん。
灰霧くんは楽器ケースを抱えながら紺咲さんを見上げて、紺咲さんが代表して「ええ、もちろんです」と答えた。
「彼も僕も、おそらく隔世遺伝のタイプですので、魔法を知ったのはここ一、二年前でしかないんです。当然、最初は信じられませんでしたし、新手の詐欺か何かだと警戒してましたよ。でも、時間をかけて理解していったんです。そして今日の入社試験を迎えました。ですから、そちらの紅守さんが今戸惑ったり自覚が持てないのも、ごく自然なことだと思いますよ?今日のところは僕達のことは気にせず、紅守さんのペースに合わせる形で説明をしていただければと思います」
暗に紫間さんにそう訴えると、紫間さんは嬉しそうに「うん、そうだね。そうしよう」と、さらに大きく笑った。
「いやあ、きみたちはなかなか良い同期になりそうだね。緑堂さんも、紅守さんのことをフォローしてくれてありがとう。さて、それじゃ続きを説明していこうか」
そう高らかに告げた紫間さんだったけれど、その出端を自分自身で挫いたのだった。
「…………あれ?どこまで話してたんだっけ?」
とぼけた調子で首を傾げる紫間さんに、緑堂さんと紺咲さんが噴き出した。
「いやですわ、紫間様ったら。カードの魔法についてご説明なさっていたのではありませんこと?」
「そうですね。その前はMMMコンサルティングの成り立ちについてと、魔法が遺伝であること、それからMMMコンサルティングの仕事内容……その中でも仲間への救済とスカウトについて教えていただいてる際、カードについても触れられた…という流れだったかと」
「ええ、その通りですわ。それで、こちらの紅守様にもよくおわかりいただけるように、改めて紫間様からカードをお渡しになったところでしたわ。そうして、紅守様の力がとてもお強いことが明らかになりましたのよね?」
緑堂さんが目配せしてくる。
そんな仕草にさえも品性があふれていた。
「そう……ですね。私にその自覚はまったくありませんけど………」
すべての文字が浮かび上がったカードを見せながらそう言うと、紫間さんが「ああ、そうだったそうだった」と手を叩く。
「協力感謝するよ。それじゃあ、ここからは魔法使いの社会と、我がMMMコンサルティングにつてもう少し詳しく説明しよう。まず魔法使いの社会だけど、さっきも話した通り、”不思議な力” を持ちながらも、”魔法使い” を名乗らない者もいる。彼らについてはそのうち嫌でも知るときが訪れるはずだから、今日は割愛しておくね。で、きみたちが今知っておく必要があるのは、”魔法使い” の社会における規範だ。我々は国家を形成しているわけじゃないから法律というとやや語弊があるけれど、まあ、簡単にいえば法律みたいなものだね。違反すれば厳しい罰則だってあるんだよ?」
厳しい罰則と聞いて、ゾクリとした。
魔法が登場するファンタジー映画や小説では、しばしば、なかなか厳しい掟みたいなものが登場してくるからだ。
…………また鳩尾が痛い。
けれど紫間さんは「でも規範自体はとても簡単なものだよ」と笑った。
「『魔法を犯罪に利用しないこと』『魔法を用いて故意に人を傷付けないこと』『万が一魔法を故意に悪用した場合、その被害と同等の罰を受けること』……ま、ざっくり言うと、”魔法” で悪いことをしちゃいけませんよってことだね」
意外にも、その内容は本当に単純なものだった。
想像したような厳しさも感じられず、私は鳩尾から痛みを追い出せそうだった。
「ただこの『悪用』の中にはグラデーションがあって、ただの好奇心で相手の心をのぞいたり、必要もないのに記憶を操作したり…なんていうのも『悪用』に分類されるから、そこは要注意だよ?たまにいるんだよね。覚えたての ”魔法” をあちこちで試してまわる新入社員が。でもそれが発覚したら、即刻解雇になるから、肝に銘じておくように。ああ、ちなみに、バレなきゃいいだろう…なんて甘い考えは持たないようにね。まあきみ達ならそんなことはしないだろうけど、このMMMコンサルティングでは、そういった ”魔法” の悪用を発見し、対象者を取り締まるという、一般社会においての警察みたいな役割もあるからね。と同時に、司法の役目も果たしていて、その罪によっては指導、あるいは ”魔法” に関する記憶の消去、そして ”魔法” や ”魔法の元” そのものを消滅させたりもする。これを ”封印” と呼んでいるんだけど、この ”封印の魔法” を使えるのも、一部の ”魔法使い” に限定されているんだ。でもそうやって ”魔法使い” が自分達で律していかないと、非魔法使いの人間達とは共存できないからね。きみたちも、その心づもりでいてほしい。”魔法” を使えるということは、使えない彼らから見たら羨望や憧れと同時に妬みや恐怖だということを決して忘れないように」
紫間さんから笑みが消えると、私達はそれぞれが返事した。
「はい……」
「わかりました」
「………はい」
「もちろん心得ておりますわ」
あとの2人は頷いただけだったけれど、紫間さんは満足そうにパッと笑顔を元に戻したのだった。
「じゃあ次は、MMMコンサルティングについてだね。そのあとに、二次試験についての詳細も発表するよ」
二次試験という言葉に反射的に背筋が伸びたのは、きっと私だけではないと思う。
そして、カードを持っている私達はほぼ合格間違いない、そう言われたのがもうずいぶん前のことのように思ってしまうのも、おそらく、私だけではないはずだ。
私は無意識のうちに律ちゃんを見上げてしまい、律ちゃんに優しいいつもの眼差しをもらってから、佳境に入っていく紫間さんの説明に耳を傾けたのだった。




