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紫間さんは声を沈めて言った。
明るかった表情も口調も一変し、そのギャップがより一層、紫間さんの悲しみを物語っているようだった。
けれど、それはほんの瞬きをするほどの長さでもあった。
紫間さんはパッともとのフランクで陽気な調子に戻って「まあそれもこのMMMコンサルティングの創設で、ずいぶん解消されたんだけどね」と胸を張った。
「MMMコンサルティングにはね、さっき言った非魔法使いからの依頼を受ける以外にも、隔世遺伝や先祖返りで ”魔法の元” が発露した人達を一人でも多く救済するという、超重要な任務があるんだよ」
むしろこっちの方が重要かもしれないね。
紫間さんは冗談か本気か区別できなさそうな言い方をした。
「だってそうだろう?ただでさえ昔に比べたら ”魔法使い” の数が減ってるんだからね。ひとりでも多くの仲間を見つけて協力してもらわなくちゃ。あ、でもね、救済と言っても、全員をMMMコンサルティングにスカウトするわけじゃないんだよ?”魔法” の存在を知らされて、ノイローゼになってしまったり、逆に ”魔法” を悪用しようと考える輩も少なくはないからね。あと、”魔法” の影響で非魔法使いとは年をとるスピードが変わってしまうと知って、”魔法使い” になることを拒む人もいるんだ。そりゃ、夫婦や家族と生きる速度が変わってしまうなんて、受け入れられないのも仕方ないよね。だから、うちの社員が接触して、この人ならと判断できた人物にのみ、あのカードを渡すことになっているんだよ」
カード………
私が気を失う前に話題になっていた、あのカードのことだ。
そう思ったとき、私はカードをさっきの部屋のテーブルに出したままだったことを思い出した。
そういえばあのカードはどうしたのだろう?
確か私のカードのことで他の5人にざわめきが走っていたはずで………
無意識に服の上からポケットを撫でた私だったけれど、そこに、カードらしきものの感触があった。
「え……?」
すると、私の呟きを聞き逃さなかった紫間さんが「ああ、そのカードはね、”魔法” がかけられてあって、必ず持ち主のもとに戻るようになっているんだよ」と、私の手元を指差してきたのだ。
「え……これにも、魔法が………?」
私はすぐにポケットからカードを取り出し、目の前に掲げた。
一面に 『M』 とのみ書かれてあって、反対の面にMMMコンサルティングの連絡先が小さな文字で記されている、どこにでもありそうな名刺のようなカードだ。
けれど、どこにでもあるカードでないことは、すぐに立証されてしまうのだった。
「うん、そうだよ?だいたい、そのカード、”魔法の元” を持たない人には、表の『M』の文字しか見えないからね。非魔法使いには裏側は真っ白、白紙にしか見えないんだよ」
そう言って、紫間さんはジャケットの内ポケットから一枚のカードを取り出した。
そしてそれを私によく見えるように差し出した。
そこには『M』 の文字が大きく一文字だけ記されている。
私の持っているカードと同じだ。
だけど、紫間さんがそれをくるりと裏返すと、私は「えっ?」と、驚きが隠しきれなかった。
本来なら小さな文字でMMMコンサルティングの連絡先が記載されているはずなのに、真っ白だったのだ。
たった今、紫間さんが話した通りの白紙状態だったのである。
「ね?真っ白だろう?」
紫間さんは手品のトリックを披露するように心なしか自慢げに言う。
ただ、紫間さんの説明に疑問を覚えた私は、遠慮気味に尋ねた。
「ですが………紫間さんは、魔法使い……なんですよね?」
「うん、そうだよ?」
「でしたら、そのカードが白紙なのはおかしくありませんか?」
「するどいね。うん、それについてはこれから説明するね。このカードはさっき話したように、未発見……あ、MMMコンサルティングが把握していない ”魔法の元” の持ち主のことをこう呼ぶんだけどね。その ”未発見” をスカウトする際にこのカードを渡すわけなんだけど、そのときカードはクリーンな状態なんだ。例えて言うと、工場から出荷されたばっかりで未開封のピカピカな新品ってとこかな。この新品のカードはMMMコンサルティング社員に支給されて、もし ”未発見” と出会ってMMMコンサルティングへのスカウト可能と判断した場合、このカードを渡すことになっているんだ。で、この真っ白なカードを ”魔法の元” の持ち主に渡すことで、その力の強さに応じて文字が浮かび上がってくる仕組みなんだよ。住所、電話番号、メールアドレス……だいたいの人は、その文字が浮かび上がってくる現象を目撃してびっくりするんだけど、最初に手にした時からすべての文字を読めた人はいないんだ。みんな、カードを渡された日から徐々に力が強くなっていって、やがてすべての文字が現れる。そうして、MMMコンサルティングの入社試験を受ける……というのがおおよその流れなんだよね。でも紅守さんの場合は、受け取った瞬時にすべての文字が浮かび上がったものだから、裏返した時にはすでに文字の出現を終えていたんだろうね。だから、最初からMMMコンサルティングの連絡先が記された状態だった……ってわけだよ」
紫間さんは隠し事はないと言わんばかりにすらすらと教えてくれるけれど、私はまたもや疑問が湧いてきた。
「あの……でもそれじゃ、まるで私の力が強い……みたいに聞こえてしまうんですけど………」
「うん、その通りだよ」
「は………い?」
「だから、紅守さんはとっても力が強いんだよ。信じられないなら、このカードで証明してみせようか?普通はじわじわと文字が浮かび上がってくるけれど、きみの場合はほんの一瞬ですべての文字がそこに現れるはずだから」
そう言いながら、紫間さんは私に見せていたカードを実際に私に手渡そうとしたけれど、私が受け取る直前でふいっと持ち上げてしまう。
それからぐるりとソファを見まわして楽しげに告げた。
「あ、どうせなら、きみたちも一緒に確認してくれるかい?このカードが紅守さんにどんな反応を示すのかを」
「紫間さん!」
律ちゃんが紫間さんを止めようと声を荒げたけれど、紫間さんは笑顔を崩さず、指で挟んだカードを仰いだ。
「だって、今となってはそれがこの5人に納得してもらえる最善策だと思わないかい?」




