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受付開始は正午。
一次試験開始は午後一時。
私は、受付開始時刻と試験開始時刻のちょうど真ん中あたりに会場に着きたかった。
私の性格的には、受付開始前から並んで開始と同時に手続きしたいタイプだけど、今日はちょっと事情が違う。
だって、受け付け開始から会場にいた場合、試験開始までの一時間ずっと、他の参加者に囲まれることになってしまうのだから。
きっと私以外の人達はみんな優秀な人ばかりだろうし、そんなエリートオーラを纏った人達と自分を変に比べて自信喪失……なんてことにはなりたくなかったのだ。
自信喪失という言葉で思い出した私は、歩道橋を下りたところでそっとバッグの中を探った。
取り出したのは、クリアファイル。
今日の関係書類をまとめているファイルだ。
そこから、名刺サイズのカードを抜き出し、他はバッグに戻した。
「…………本当にこんな小さなカード一枚で、大丈夫なのかな………?」
表に黒字で大きく『M』とのみ記されている白いカード。
裏面には、MMMコンサルティングの名前と住所や電話番号、アドレスなどが表とは違ってコンパクトサイズでプリントされていて、飲食店や小売店によくあるショップカードのような部類だ。
私はこのカードを、律ちゃんから渡されていた。
あれは確か、私が大学に入って間もない頃、本気でMMMコンサルティングを目指そうと決めたのを律ちゃんにばれてしまった直後のことだったと思う。
律ちゃんは、このカードはMMMコンサルティングへの紹介状にも推薦状にもなるから、大切に持っていてほしいと言っていた。
実際に入社試験を受けるのは大学卒業後になるけれど、そのとき、このカードを持っていればそれだけである程度の優遇がされるだろうし、身元保証にもなるからと説明してくれた。
詳しいことまでは聞かなかったけど、MMMコンサルティングにとって、現役社員の紹介というのは大きなポイントになるそうだ。
そう聞くと、なんだかコネとか縁故採用とか連想してネガティブな印象も受けかねないものの、律ちゃん曰く、仕事上国家機密やそれに類する情報に触れる機会も多く、どうしても社員には絶対的な信用度が求められるそうで、現役社員のほとんどは推薦や紹介によるもの、つまり、入社試験時にこのカードを持っていた人達らしい。
たぶん、MMMコンサルティングが大きく門戸を広げていないのもそのせいだろう。
そしてカードの持ち主には、次回のMMMコンサルティング入社試験実施予定日が知らされるのだ。
それを教えられていた私は、学生時代、MMMコンサルティングの噂をしている同級生達には少し複雑な心境だった。
MMMコンサルティングを受けたくても入社試験がいつ実施されるかわからないから受けられない、そんな愚痴も聞いたりしていたからだ。
律ちゃんから特に口止めはされていなかったものの、ほとんどの社員がこのカードを持っているということは、裏を返せば、カードを持っていないと入社試験には受からないということで、その条件を満たしていない同級生は例え入社試験を受けても結果は期待できない。
だとしたら、新卒という就活における最大の武器を放棄してまでMMMコンサルティングの入社試験を受けるのは骨折り損のように思えた。
それに、もし本当に縁があるなら、例え何年か後でもこのカードが手元に届くだろうし、実際、三十代や四十代でカードを得てMMMコンサルティングに転職する人も少なくないらしい。
それなら、もしかしたらあの愚痴を言っていた同級生も、いつかはMMMコンサルティングへのチャンスがあるかもしれない。
そう思うことで、私はどうにか複雑な心境を飲み込んでいたのだった。
でもだからこそ、聞けば聞くほど貴重なこのカードを、私みたいな何の取り柄もない一般人が持っていてもいいのかな…………と、大いなる不安を抱えてしまうのだ。
だいたい、どういった基準でこのカードが渡されているのかもわかっていないのだ。
律ちゃんをはじめ、MMMコンサルティング社員は皆優秀な人物ばかりだという噂だから、おそらくは、何らかの成績優秀者や特殊な技能を持っている人物をスカウトして、ある程度の信頼関係を築いた後にカード配布に至るのだろう。
これは私の憶測だけど。
でももしそれが正しいのなら、私は何かで表彰されたこともないし、人に自慢できるようなものもないのだから、やっぱり、ただ現役社員の律ちゃんの知り合いだという理由だけでこのカードを手にしたことになってしまう。
そんな状況で、他の優秀な人達と競わなくてはならないなんて………やっぱりどうしようもなく不安だ。
そもそも、この小さなカードにいったいどれだけの効力があるのかは、まったく未知のままなのだから。
他の企業でも、インターン先の関係者から名刺を渡されることはあるかもしれないし、それが広い意味での紹介状や推薦状と言えなくもないだろう。
だけど律ちゃんは、MMMコンサルティングの入社試験では必ずこのカードの提示を求められるから、忘れずに持参するようにと念押してきたのだ。
私は他の企業の入社試験を受けたことがないので何とも言えないけど、普通の入社試験においては、そんなことは求められないように思える。
「………いったい、このカードにはどんな魔法がかかっているのやら………」
今にも溢れんばかりの緊張感を誤魔化すように、私はちょっとだけ冗談めかして呟きながら、カードをジャケットのポケットにしまった。
余談だが、今日の入社試験での服装は完全に自由とされていた。
とはいっても、やっぱり入社試験だし、一応はリクルートスーツ的なセットを持っているので、私はそれで参加するつもりだった。
ところが、律ちゃんがこれに反対したのだ。
MMMコンサルティングでは公序良俗に反するものや人に迷惑をかけない限り、社員の服装はフリーだという。
中にはスーツの方が楽だという理由で毎日スーツ着用で出勤している社員もいるものの、ほとんどの社員は各々好きな格好で働いているそうだ。
デニム、パーカ、ブーツ、サンダル………そんなカジュアル感たっぷりな服装ももちろんOKで、はじめて本社を訪れた人からは、間違ってどこかの大学や専門学校に入り込んだようだ……との感想ももらうらしい。
そういう環境だから逆に畏まった格好で行くと変に目立ってしまうのだと、現役社員からの有難いアドバイスを受けて、私は半信半疑ながらも素直に従うことにしたのだった。
よって、今日の私は、きれいめのサロペットにジャケットを合わせた服装で、ちなみにこれは律ちゃんと一緒に選んだものだった。
この服装の情報はカードを手渡されている者には知らされているが、カードを持っていない者は知りようがないため、今日入社試験会場にて私服を着用している参加者はカード所有者で、リクルートスーツなど畏まった服装の参加者はカードを所有していないということが一目でわかってしまうということになる。
ただ、ごく稀に、本当に極めて低い確率ではあるものの、カードを持たない合格者も出るそうだから、リクルートスーツも侮ってはいけない。
そう肝に銘じ、私はMMMコンサルティング本社への道を進んでいった。
律ちゃんも毎日この道を通って出勤しているんだろうなと、浮ついた気分が過っていくも、すぐさま緊張感にかき消されてしまう。
しばらくして、小さな横断歩道で信号待ちをすることになった。
駅前の賑やかさはあるものの、信号待ちをしている人影はそこまで多くない。
あと三つほど信号を越えれば、今日の試験会場であるvMMMコンサルティング本社に辿り着く。
高い本社ビルの一部は、もう見えていた。
私の中で緊張感がさらに大きくなるのを感じた、そのときだった。
「―――――やっと来ましたね」
背後から、声をかけられたのだ。
それは聞いたことのない、男性の声だった。




