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その言葉を聞いてしまった全員が、心を揺らした感覚が確かにあった。
全員だ。私達6人はもちろん、律ちゃんも、話している紫間さんでさえも。
でも誰も、それを表に見せようとはしない。
今この場でそんなことをしても、リアルが伴わない以上安っぽい感情の吐露にしか思えないだろうし、絶対に、そんな安っぽい感情で覆っていいものではないからだ。
それほどにその言葉は、人の心に確実にダメージを与えるのだ。
もう、何十年も前のことなのに。
誰もが神妙に黙る中、紫間さんはそれをほぐすかのように言葉を弾ませた。
「まあ、これについてはきみ達もよく学んでいるとは思うから、あえて詳しくは説明しないけどね。ざっくり言うと、きみ達が学んできたことよりももっともっと、ず―――っと悲惨な状況だったんだよね。だってほら、普通の人達から見たら我々は年を取らないわけで、”年を取らない” イコール ”死なない” と思われてたんだよね」
失礼しちゃうよねえ?
紫間さんはあっけらかんと笑ったけれど、私は思いきり頬をひっぱたかれた気分だった。
今、紫間さんに告げられるまで、その視点に思い当たりもしなかったからだ。
いくら老いていく速度がゆるやかでも、不老だったとしても、戦場なんて想像を絶する状況下で必ず無傷で生き延びるとは言い切れないだろう。
それに、さっき紫間さんは、力は無尽蔵ではないとも言っていた。
だとしたら、例え仲間同士の癒しの影響を受けあったとしたって、限度があるはずだ。
でももし、彼らのことを不老不死だと誤解したまま戦場に送っていたのだとしたら………
そう考えたとき、心の底からゾッとした。
けれど紫間さんは、私達を怖がらせるためにこの話題を選んだわけではなさそうで、テンポよく、サクサクと話を展開させていった。
「でね、そんなこんなで戦争が終わったとき、我々も普通の人達と同じように大きな傷を負っていたんだ。亡くなった者も多かった。悲惨だよ。でもだからこそ、その一部始終を見てきたある人が、ついに動くことにしたんだ。不思議な力を持つ仲間のために。もう二度と、仲間が利用されたり、傷付けられたりしないようにするために」
紫間さんはソファが囲む中央に立ち、両腕を胸の高さで左右に広げ、まるで解放を思わせるように高らかに私達に知らせた。
これまでのどの笑顔よりも、喜びを爆発させながら。
その両腕はすぐに下げられたけれど、紫間さんの歓喜はちっとも下がらず、さらに大きくなっているように感じた。
「その人はまず、バラバラになっていた仲間達をまとめるところからはじめた。数を集めたんだ。ただでさえ少数派なんだから、それがさらに分裂してるなんて不利だと考えたんだ。その際、それぞれ違っていた名称を統一することを提案した。そのとき名付けられたのが、”魔法” だ。僕は言語学者じゃないからね、”魔法” という言葉や概念がいつ頃この国に入ってきたのかは知らない。でも、この国の人達にとって ”魔法” という言葉には、ネガティブな印象はほとんどなかったのは間違いない。呪術や妖術と聞くと不穏に感じる人も多いだろうけど、魔法と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、外国のファンタジーな物語だろう?やることは同じでも、名前が違うだけで人の印象は180度変わる。その人はそう訴えて、仲間達から理解を得ていったんだ。もちろん、反対する者もいないわけじゃなかった。包み隠さずに言うと、今も、反対し続けている集団は存在する。だけど、彼らの意見も尊重し、”魔法” を名乗ることにした我々と協力関係を結ぶように働きかけたのも、その人だった。そしてその人は、自分達がそれぞれ持っていた不思議な力のことを ”魔法の元”、もともと持っていた不思議な力以外にも複数の力を身に付けた者のことを ”魔法使い” と定義し、それらを不正利用されないように、”魔法使い” の人権や権利を守るための組織を創設した。それが、このMMMコンサルティングなんだよ!」
紫間さんは今度は右腕だけを前に伸ばして、時計回りに体ごとひねっていった。
すると、赤茶色のレンガの壁に、白い文字が走り書きされるように浮かび上がっていったのだ。
「―――っ!」
「―――っ!?」
「これは……」
私と灰霧くんと紺咲さん、3人がその文字を追いかけるように部屋をぐるりと見まわしていく。
Happy Birthday MMM !!
レンガの壁には、そう描かれていった。
…………これが、魔法…………
さっき紫間さんが宙に浮かぶのも、私の心を読むのも見ているのに、なぜだか私は、この壁に描かれたメッセージを見たときに、最も強く ”魔法” に触れた気がした。
このレンガの壁に記された白い文字に、紫間さんの心の底からの感情が映し出されていたせいかもしれない。
けれど、私達3人以外にはこれといって刺さっていないようで、緑堂さんも白蘭さんもさらっと見やっただけだったし、青街さんにいたってはまったく表情を変えずに紫間さんをじっと見つめていた。
いや、ちょっとだけ不機嫌そうだったかもしれないけど、とにかく、私みたいに大きく驚いたりはしてなかった。
私は白い文字を読み上げながらも、頭の片隅では、この3人が私達3人よりも ”魔法” について免疫と知識があることを確信していた。
そして免疫が薄い私達3人の昂ぶりが収まるのを待って、紫間さんは説明を再開した。
「MMMコンサルティングは……まあ、実は創設当初はこの名ではなかったんだけどね。企業というよりも組織という役回りが強かったし。でもともかく、戦争で傷付いた仲間、つまり魔法使い達を保護し、余力で、非魔法使いの人達も救っていくと、社会的地位がみるみる向上していった。そして組織化した我々は、政府や公的機関にも権利を認めさせ、ギブアンドテイクの関係性を構築していったんだ。もう、以前のように化け物と石を投げられることも、奴隷のように働かされ力を搾取されることもなくなった。安心して暮らせるようになったんだよ。それまでも力を使って富を得たり特権を手にしたりしていた者はいたけれど、そんなのはごく一部だけだからね。この組織は、不思議な力の持ち主全員にとって大きな変革だった。でもちょっと不思議に思わないかい?いくらその人が優秀でカリスマ性があったとしても、どうして今まで誰もできなかったことができたのかって」
…………言われてみれば、確かにその通りだ。
素直にそう思った私は、小さく頷いてみせた。
紫間さんは私のささやかな仕草も見逃さず、にこりと優しげな微笑みで返してくれた。
「それはね、MMMコンサルティング創設者のその人が、記憶を消去する魔法を使えたからなんだ」




