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「あ、誤解しないでほしいんだけど、みんながみんな、空を飛んだり手から炎を出せるわけじゃないんだよ?」
紫間さんは人差し指を立てて小さく左右に振った。
「人によっては、最初に持っていた特技程度のこと以外は何も習得できなかったりしたからね。これに関しては本当に十人十色、千差万別、人それぞれなんだ。じゃあどうやって空を飛んだり炎を出したり、そんな非科学的なことができたのかというと…………残念ながら、はっきりした要因は今も確立していない。ただ、一部では、これらは決して非科学的なものではないという研究結果も出ているんだよ。空を飛ぶことは力学的に絶対に不可能というわけではなく、炎を生み出すことも自然科学的に不可能とは言い切れない。例えば、この世の中には無重力環境を作成する装置もあるし、空気中には発火を招く摩擦や静電気といった現象も存在するんだからね。そもそも重力については今も完璧には解明できていないし、他にも、現代人が常識として頭に入れている事象も実は不確定なことも多い。まさに、世界は不思議であふれているんだよ。だからまず、”魔法なんてあり得ない” という常識の囲いを、ちょっとだけ外して僕の話を聞いてほしい」
全員に語りかけていた紫間さんだけど、最後の一文は私の目を見て告げた。
私はゆっくりな瞬きをしながら、小さく小さく頷いて返した。
「話は少し戻して………もともと持っていた不思議な力を育てる者と、不思議な力に頼らず工夫し知恵を出し合う者にわかれたあと、人々の間には、不思議な力を育てるグループ、知恵を出し合うグループ、そして何もしないグループができた。いわゆる派閥とも言えるけれど、さっきも話したように、彼らは皆支え合って暮らしていたから、揉め事なんかは起こらなかった。残念ながら、不思議な力はすぐには大きな変化はなかった。けれど、時間を経て力の使い方のコツを掴んできたんだろうね、徐々に進化があらわれはじめた。といってもまだこの時点では空を飛んだりはできなかった。ほんのちょっと、不思議な力が強くなったり、他の人の不思議な力を真似できるようになったり、その程度だ。だけどそうしているうちに、あるとき、みんなが気付きはじめたんだよ。不思議な力を育てるグループの人達が、ほとんど年を取っていないように見えることにね。そのグループに加わったときに若かった者は若いまま、すでに年老いていた者もその頃から老いていないように見えた。何年も経って、同年代だった仲間達がどんどん年老いていっても、寿命を迎えようとも、彼らの外見は変わらないままだった。不思議な力を進化させられた者も、そうでない者も、年を取らなくなっていたんだ」
…………年を、取らなくなった?
紫間さんの説明に、私はドキリとした。
なぜなら私のまわりには、いつまでも若く見える人が多かったから。
両親、祖父母、それから、律ちゃんも。
父方、母方ともに祖父母は遠くに住んでいてなかなか会えないけれど、四人ともシニアには見えないほどに若々しかったし、五十代の私の両親もときどき本気で三十代に間違えられるほどの外見をしていた。
ただ祖父母、両親はみんな童顔の雰囲気もあるので、私は家族が若く見られるのはそのせいだと思っていた。
けれど、律ちゃんは違う。
律ちゃんは昔から大人っぽかったし、童顔なんて言葉は当てはまらない。
もちろん、アラサーとはいえまだ二十代だし、年齢的にもじゅうぶん若いのだけど、以前から、何て言うか………肌の感じとか、動作とか、普通は三十代に向かって変化していきそうなことが、まったくそれを感じさせないなとは思っていた。
あまりに瑞々しい肌に、私もしょっちゅうどんなスキンケアをしているのか尋ねていたくらいだ。
そんなとき、律ちゃんはいつも「特に何もしてないんだけどな……」と返事に困っていた。
そのたびに、私は「何もしてないのにそんな十代の高校生みたいなお肌してるなんて羨ましい」と感心していたものだ。
確か私がそう羨むと、律ちゃんは「きっとユキも俺と同じような感じになると思うけど……」とか、それに似たようなことを返してきた気がする。
当時、それは私への慰めだと受け取っていたけれど、もし、紫間さんが今言ったことが正しいのだとしたら、あれは実はものすごく意味深長だったのでは…………?
無意識に律ちゃんを見上げてしまう私に、律ちゃんはまるで私の考えてることが聞こえているかのように、わずかに頷いた。
そこで私はハッとする。
…………もしかして律ちゃんも紫間さんみたいに私の心をめたりするの?
そんな疑問が芽生えると、自分でも表情が固まっていくのを止められなかった。
すると私の変化に律ちゃんも心配そうな目を向けてきて、私はもう一度ハッとした。
…………律ちゃんが、私の嫌がることをするわけない。
絶対の信頼が、たった今生まれたばかりの私の不安をかき消していった。
「……どうした?」
この上なく小さく律ちゃんに問いかけられて、私は同じだけ小さな声で、「ううん、なんでもない」と答える。
まぎれもない本心だ。
律ちゃんは「そうか。もし聞いているのがしんどくなったらすぐに言って」と、さらに小声で伝えてきて、私はまた同じくらいのボリュームで「大丈夫」とだけ答えたのだった。
紫間さんは一瞬私達の方を見たけれど、すぐに話に戻っていった。
「そこで、不思議な力を育てていたグループの者達は、自分達が本当に年を取らないのかを調べるために、いろいろ実験をすることにした。さっき出てきた三つ目のグループ、何もしないグループの中でも不思議な力が強めの者に協力を求め、大々的な人数のもと、調査をした。そうした結果、彼らはいくつかの仮説を立てることができたんだ」
そう言いながら、紫間さんは人差し指をまたピンと立てた。
「まずは、不思議な力を持つ者同士が近くにいると、互いに影響し合い、それぞれの力を強める場合が多いということ。強い力の者が集まれば集まるほど、それは顕著になり、逆に力の弱い者同士が近くに居続けると、次第にそれはさらに弱まっていくこと。要するに、不思議な力の強い者の方が、より相手に影響を与えて不思議な力を強くしていけるということに気付いたんだ」
紫間さんは指を二本に増やした。
「次に、不思議な力を強めていくと、互いの不思議な力を習得できる場合があるということ。これは不思議な力の強さに左右されて、それが強ければ強いほど、他の者の力をより多く習得できた。そして次に……」
指を三本に増やした紫間さんは、少しだけ話す速度をゆるめた。
「不思議な力の影響は、心身ともに互いの癒しになり得ること。これが、年を取らないように見える最大の原因だったんだ」
年を取らない原因………
早くその先が知りたいと逸る気持ちを、私はぎゅっと拳の中に閉じ込めて紫間さんの続きを待った。
そして、紫間さんのすぐそばに座っている紺咲さんと灰霧くんも私と同じ反応をしているのが視界に入ると、少しだけホッとしていた。
紫間さんは私達をゆっくり見渡してから、話を続けていった。




