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「あの5人も、心配してくれていたんだ」
律ちゃんが耳打ちしてくれる。
5人とは、当然、さっき一緒にいた同期になる可能性の高い人達のことだ。
「起きられるようなら、あちらに移動しても構わないかい?」
話は彼らと一緒にしよう。
紫間さんの提案に、私は「もちろんです」と即答した。
そしてすぐにベッドからおりようとすると、律ちゃんがそっと手を差し出してくれた。
「ありがとう」
律ちゃんの手に甘えながら部屋の様子をうかがうと、医務室というよりもまるでデザイナーズホテルの一室のようだった。
高い天井に、壁はクロスでなく本物の赤茶色のレンガで、窓はないけれど所々に大きなスタンドライトが置かれている。
医務室というだけあってベッドが壁際に数台並んでいるものの、そのベッドメイキングも含めて、やはり医務室というよりはホテル客室のように感じた。
「大丈夫か?」
「平気。ありがとう、律ちゃ…黒凪さん」
紫間さんの目を気にして言い直すと、紫間さんは「別に ”律ちゃん” でいいと思うよ?うちはみんな仲良し社員だから」と笑った。
「いえ、そういうわけには………。それに、まだ正式に入社したわけではありませんから………」
「真面目だねえ。黒凪くんも真面目だし、幼馴染みっていうのは性格まで似てくるのかい?」
「ユキは真面目ないい子ですけど、俺は真面目じゃありませんよ。俺が規則違反常習者だというのは、あなたもご存じでしょう?現に、ユキにカードを渡しながら、今日まで何も説明しなかった。それも立派な規則違反です」
「ああ、そういえばそうだったね。よし、じゃあ訂正しよう。紅守さんは真面目で、きみはやや真面目だ」
ベッドから扉までの移動の間に、二人の関係性が見えてくる。
実際のところまではわからないけれど、少なくとも嫌な緊張感のあるようなものではなさそうだ。
ということは、さっき何度か律ちゃんが声を荒げたのは、やっぱり私のためだったのだ。
…………しっかりしなきゃ。
守ってもらうのは嬉しいけど、律ちゃんの負担にはなりたくない。
改めて強くそう思った私は、律ちゃんの手を静かに離した。
「ユキ……?」
「もう大丈夫だから。ありがとう」
本心からそう伝えると、律ちゃんも納得したように「そうか…」と手を戻す。
それでも、私のすぐそばにいてくれることに変わりはない。
私は先に扉をくぐった紫間さんに続いて隣の部屋に入った。
扉続きになっているその部屋は、応接室のようにソファセットがあり、5人は各々腰をおろしていたようだけど、扉が開いたことで全員立ち上がっていた。
その5人を見まわして、紫間さんが明るく告げた。
「待たせたね。紅守さんもこの通り回復したよ」
私も紫間さんの横に並び、頭を下げる。
「ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」
すると、ベレー帽の女性、緑堂さんが私が頭を上げるよりも先に声をかけてきたのだ。
「あなた、本当に何もご存じありませんでしたのね?それなのに、わたくし、疑るような態度をとってしまいましたわ。とても申し訳なく思っておりますの。許してくださるかしら?」
ベレー帽で隠しきれないふわふわの髪が、不安げに揺れる。
私は慌てて両手で否定した。
「そんな、許すも何も………それ以前に本当に何もわかっていなくて………逆に気を遣わせてしまってすみません」
確かに、さっき、なぜ私のことで他の人達がざわついたのかはわからないし、多少は否定的なニュアンスを向けられていると感じたけれど、私が倒れたのはそのせいじゃない。
ただ単純に、はじめて見聞きした魔法とやらに当てられただけなのだから。
緑堂さんに非があるわけではない。
私は本心でそう思ったのだけど、私の返事を聞いた緑堂さんは、パッと相好を変えたのだ。
反動で、ふわふわの髪は弾むように揺れた。
「あらそうですの?それはようございましたわ。では、あなたがお倒れになったこととわたくしの先の言動には因果関係は何ひとつ存在しないということでよろしくて?」
「…………は?」
急にぺらぺらと上品な言葉を連続投球してくる緑堂さんに面食らってしまい、気の抜けた声しか出せなった。
けれど緑堂さんはまだ可憐な投球フォームを崩さない。
「ですから、あなたのお身体の具合とわたくしは一切関係がなく、仮に関係があったとしてもそれは無関係ということで結論付けてよろしいですわね?」
「…………はい?」
関係が、無関係………?
外見通りの可愛らしい声でなかなか癖の強めなことを言ってくる緑堂さんに、私は即座には頭が追いつかなかった。
さっきの私を心配する緑堂さんは、いったいどこに行ってしまったのだろう………
全身全霊で戸惑っていると、紫間さんがクスクス笑い出したのだった。
「緑堂さん、きみのそういうところはお兄さんとよく似ていて、僕は好ましく思うけどね、紅守さんは困ってるみたいだよ?」
「兄とは比較しないでくださいませ。ですが…」
緑堂さんは紫間さんに反論したものの、その直後、まじまじと私をのぞき込んでくる。
「わたくし、あなたを困らせておりますの?」
驚いた様子の緑堂さんと私の間に、さりげなく律ちゃんが移動した。
「彼女が倒れたのは、あらかじめ説明していなかった俺の責任です。あなたに咎はありませんよ、緑堂 遥さん」
ゆっくり、丁寧に緑堂さんに告げた律ちゃん。
それを聞いた緑堂さんは、ようやく投球フォームをおさめたようだった。
「それでしたら構いませんのよ。責任の有処は常に明確にしておくべきという緑堂家の鉄則に従ったまでですので。ごめんあそばせ」
品のいい微笑みを浮かべると、緑堂さんは優雅にソファに腰を戻した。
そんな彼女に、寡黙組の二人は相変わらずの無反応だったけれど、元教師教え子組は呆気にとられたように顔を見合わせている。
すると、紫間さんがまたテーマパークのキャストのようなテンションでアナウンスしたのだ。
「なんだか今年の新人は面白くなりそうだね。まあ何はともあれ、みんなも座ってくれるかい?話は長くなるからね。紅守さんも、その空いてるソファにどうぞ」
私は言われた通り、唯一空いている一人用のソファに腰をおろした。
律ちゃんはそのソファの背もたれに軽く腰を預け、紫間さんは私と律ちゃんのちょうど対角になる位置に立って、全員を見渡した。
「さて、どこまで話してたかな?」
「不思議な力を持っていた人が研鑽した結果、空を飛んだり手から炎を出すことも不可能ではなくなった、というところまでですわ」
緑堂さんが真っ先に回答し、紫間さんが「ありがとう」と思い出したように返した。
「それじゃあまず、不思議な力といっても、ほんの些細な特技だったはずのものが、どうやって空を飛んだり手から炎を出せるようになったのかを話していこうかな」
紫間さんがそう話しはじめると、私はドクンドクンと、自分の心臓がうるさく自己主張を強めるのを感じていた。




