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プロローグ





突然だけど、私には命の恩人がいる。

隣りの家に住む、五つ年上の幼馴染み、(りっ)ちゃん。


はじめて会ったのは私がまだ小学校に入る前で、よくある新興住宅地に同じタイミングでお隣さん同士に引っ越してきたのだ。

お互い一人っ子で、それぞれの両親も仲が良くて、私達は兄妹のように過ごしてきた。


さすがに律ちゃんが中学生になってからは、一緒にいる時間もそれまでよりは減ってしまったけれど、優しい律ちゃんは、学校がお休みのときはよく私の相手をしてくれていた。


私はそんな優しい律ちゃんが大好きで、本当の兄のように慕っていた。


だけどその気持ちは、ある日を境に、別の感情へと色を変えてしまった。



ある日……………自宅の二階の窓から落ちそうになった私を、律ちゃんが庇ってくれたのだ。



文字通り身を挺して律ちゃんが守ってくれたおかげで私は無事だったけれど、代わりに、律ちゃんは大怪我を負った。

一時は意識不明になるほどで、意識が戻ってからもリハビリが続いて、退院できたのは三か月後。


当時中学三年生、受験生だった律ちゃんにとってその三か月は、相当なブランクになったはず。

でも律ちゃんは、私がお見舞いに訪れるたびに、「ユキが気にすることなんか何もない。俺が助けたくて助けたんだ。俺は絶対に志望校に受かるから、心配する必要もない。それよりも、ユキが無事でよかった」と笑っていた。


そして宣言通り、見事に、律ちゃんは第一志望の高校に合格したのだ。

三か月のブランクを乗り越えて志望校に合格するなんてと、周りの人達はみんな驚いていた。

当時小学生の私にはよくわかっていなかったけれど、律ちゃんの第一志望はこの地域の最難関校という位置付けだったらしい。

そんな難しい高校なのに、律ちゃんは、私にいっさいの苦労を見せず、笑って、平気な顔で突破してしまったのだ。


合格を聞いて律ちゃんにおめでとうと伝えたとき、律ちゃんはちょっとだけホッとしたような顔をして私に言った。



「だって、俺が受験に失敗なんかしたら、間違いなくユキは自分のせいだって気にするだろう?それだけは絶対に嫌だったんだ」



そのときの律ちゃんの笑顔は、お日さまみたいに温かくて、ふわふわのブランケットに包まれているような柔らかな感覚になったのを、今もよく覚えている。



隣に住む、五つ年上で、私の命を助けてくれた、かっこよくて、優しい優しい幼馴染み。


それはもう、私が、兄のように慕う以上の感情を持つのはごく自然のことだったと思う。



しかも、律ちゃんに命を助けてもらったのは、これだけではなかったのだから。




最初に命を助けてもらった転落事故から五年後。

私は十五歳になっていて、律ちゃんは二十歳の大学生。

今度は、駅前の大きな交差点で、信号無視をして横断歩道に突っ込んできた車から、私を守ってくれたのだ。


私も律ちゃんもそれぞれ学校帰りで、特に約束なんかもしてなかったのに、たまたま、本当にたまたま、私が車に轢かれかけているところに律ちゃんが遭遇して、誰よりも先に動いてくれた。


そのおかげで大きな怪我はなかったものの、さすがにこのときは私も無傷とはいかず、事故のショックで気を失ってしまい、救急搬送された。

目が覚めたとき、家族よりも、病院スタッフよりも、真っ先に視線がぶつかったのは律ちゃんだった。

心配そうに私を見つめる律ちゃんに、私は、誤魔化しようがないくらいにドキリとした。



「……………ユキが無事で、本当によかった…………」



私の手を握りながら、今にも泣き出しそうなほどにか細い掠れ声でそう囁かれたとき、私は、律ちゃんへの想いがさらに深くなるのをはっきり感じていた。



その後、精密検査でどこも異常がないことを確認し、私はすぐに退院できた。

律ちゃんもかすり傷程度ですんだし、事故関連の手続きは大人達が処理してくれて、あっという間に何事もなかったかのように元通りの日常が再開された。


たったひとつ、私の律ちゃんに対する感情以外は何ひとつ変わらない日常に、滑らかに、穏やかに戻っていったのだった。





あれから、七年。



私は二十二歳になり、この春、大学を卒業した。


二度も命を助けてくれた律ちゃんへの想いは順調に育っていて、一時はそれを恋心だと感じていたこともあったけれど、今は、恋とか恋愛とか、そういう熱を帯びた移ろいやすいものとはまた違う、より尊いものへと昇華しているように思っている。


だいたい、あんなにかっこよくて大人で、まるで道徳の教科書から飛び出てきたかのように優しい人格者で、おまけに頭もよくて、エリートで………そんなすごい人と付き合いたいとか、恋人になりたいとか、そう願うだけでおこがましいような気になってしまうのだ。


私にとって律ちゃんが特別な存在であることには違いないけど、この感情に最も近い言葉を当てるなら、”心酔” かもしれない。

もちろん、律ちゃんは芸能人なんかじゃなくて一般人だけど、私にとってはどんな芸能人、有名人よりもすごい人なのだ。

それこそ、心が酔ってしまうほどに。

とにかく私は、律ちゃんに憧れて、心から尊敬していた。

私にとって律ちゃんは、何よりも大切な人なのだ。



そんな律ちゃんは、大学卒業後、当然のように日本でもトップクラスの人気企業に就職した。

その企業はMMMコンサルティングといって、ありとあらゆるジャンルからの依頼が絶えない巨大コンサルティングファームだ。

一部の情報では政府からの依頼も度々請け負い、その他の各業界とのパイプも太いことで有名で、そのうえ、年収面でも福利厚生面でも群を抜いて厚待遇。

とにかく超人気企業で、そんな企業で働く律ちゃんは私にとって雲の上にいるような人だけど、もし………もし律ちゃんと同じ会社で働けたらどんなに幸せだろうか………なんて、淡い夢を見てしまったりもしたのだ。



でも私は、どこにでもいる普通の一般人。

特に勉強ができるわけでも、何か特技があるわけでもない、いたって平均的な人間だ。

そんな私が、ただ幼馴染みだというだけで、律ちゃんみたいな凄い人と一緒にいていいのかな?

そういう劣等感みたいな引け目を感じることもあるけれど、でもそれ以上に、

憧れの律ちゃんと一緒に働きたい、そう願ってしまう私がいた。


そうして徐々にその想いが強くなっていった私は、高校を卒業する頃には、本気で挑戦しようと心に決めていた。



高年収、厚待遇の超人気企業が就活生から人気がない方がおかしくて、学生時代にもMMMコンサルティングの名前はそこかしこで聞こえてきた。

ただ、それらはあくまでも噂程度に過ぎず、実際にMMMコンサルティングを志願する学生は、少なくとも私のまわりには一人もいなかった。


それもそのはず、その高収入、厚待遇を得るためには、ひとつ……いや、ふたつの乗り越えなくてはならないハードルが存在していたのだ。




ひとつめのハードルは、入社試験を受ける際、大学、院、企業など、どの団体にも属していてはいけないということ。

つまり、新卒生の卒業見込み、という立場では受験自体が不可能なのだ。

もちろん、正社員として働きながらの転職活動というのもルール違反になる。

派遣、アルバイトも然りで、エントリー時点で学生でないこと、仕事を持たないことが絶対条件とされていた。

ただ、それ以外には特に厳しい条件はなく、必要な学歴も義務教育終了程度、成人していれば年齢は不問、それであんな年収と厚待遇を得られるのならばと、入社試験のために学校や仕事を辞める者も少なくはないらしい。


そうはいっても、ここで大きく(はばか)ってくるのが、ふたつめのハードルである。



ふたつめ。

MMMコンサルティングの入社試験は、完全に不定期で行われているということだ。

真夏に実施されることもあれば、その数年後の年末に行われたり。

タイミングはあくまでもMMMコンサルティング都合で、入社試験への参加希望者はそのアナウンスを待つしかなかった。

また、アナウンス方法も独特で、一般的な就職、転職サイトや雑誌には一切掲載されない。

現役のMMMコンサルティング社員から直接知らされる場合を除き、入社試験実施のアナウンスは、その都度利用される媒体が異なるのだ。

ある年は電車の中吊り広告で、別の年はテレビやネットのCM……といった具合に、固定されておらず、希望者はあらゆる方面にアンテナを伸ばしておく必要があった。


といっても、このふたつめのハードルに関しては都市伝説的な色合いも濃く、どこまでが事実なのか定かではなかった。

おおよそ、入社試験を断念せざるを得なかった者達が面白おかしく吹聴しているのだろうと思われていた。


私の場合、本当は律ちゃんに内緒で入社試験を受けるつもりだったけど、あの聡い律ちゃんに隠し事なんてできるはずもなく、早々にMMMコンサルティング志望であることはばれてしまっていて、結局、現役社員である律ちゃんにいろいろとレクチャーを受けてから入社試験に挑むことになったのだけど…………



ふと、私は足を止めて見上げた。


ターミナル駅前のロータリーを支配するかのように東西南北に掛かる歩道橋の上。

辺りにそびえ立つ数々のビルのうち、いくつかに設けられた大型の屋外デジタルサイネージ。


今年のMMMコンサルティング入社試験のアナウンスに採用されたそれは、私の頭上で、まるで超大作映画の予告編のような映像とともに募集要項を提示していた。



「………これ、いったいいくら費用がかかってるんだろう?」



なんて下世話な疑問を呟いたとき、スマホのアラームが鳴りはじめた。



「……よし。そろそろ行こう」



自分に活を入れるためのひとり言だったのに、とたんに、信じられないほどの緊張感がずっしりと両肩に乗りかかってきてしまう。



でも、それも仕方ないと思う。



だって今日は、ついにやって来た、MMMコンサルティング入社試験当日、まさに私の長年の夢が叶うかどうかが決まる運命の日だったのだから――――――












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