表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

ep2.二度目の初仕事

 ヘッドセットから着信音が鳴り響く。


 画面に浮かぶ「花生涼太郎」の文字。

 俺は通話ボタンを──


 取らなかった。


 着信音のコール数を、心の中で数を数える。

 一、二、三、四──。

 七回目で止んだ。


 だがもう一度、電話が鳴る。

 ワンコールで取った。


「……はい」

「おいジン……着いてるよな? 車は裏口に停めろ。表は客が来てたら嫌がられるからな」


 同じ声。

 だが──少しだけ違う言葉と声音。


 俺はゆっくりと息を吐き、問い返した。

「花生さん」

「ん? どうした」

「今日が何日か、分かりますか」


「……は? どうした急に。十月二日だろ」

「時間は──九時半です」

 腕時計を見る。倉治から譲られた物だ。


「ああ九時半だな。なんだ、寝ぼけてんのか?」

「……いえ、起きてます」


「あ〜お前、緊張してるのか。安心しろ、やることは単純だぞ。渡された荷を運ぶだけなんだからな」


 通話が切れる。


 そのまま、無音のスマホを見つめていた。

 十月二日。九時半。


 ──昨日、あの日と同じ、いや、今日と同じだ。


 考える。


 この現象に付ける名前を即座に思い付くほどの知識はないが──


「……バグによるループ、というやつか?」


 オンラインの授業で習った言葉を思い出す。

 スナックの常連客に勧められて、受けてみた授業だ。

 "バグ"により、プログラムが同じ処理を何度も繰り返す現象を"ループ"と呼ぶらしい。


『記憶だけが残ったまま再び同じ日を繰り返している』という現象を、そう呼ぶのだと直感した。


 この現象も、そう呼べるのかもしれない。

 ただ、プログラムではなく、現実の人間が巻き込まれているという、その一点だけが違う。


 会話から察するに、花生は知らないようだった。

 前回の記憶があるのは自分だけなのだろうか?


 窓を開け、外の風を吸い込むと、覚えのある潮の臭いが鼻を刺した。


 俺は、静かに決めた。


 このままでは自分は殺されるのだ。

 今度は、違う行動をしてみよう。


 ◇


 二階にある事務所の扉の前。

 またインターホンを押すと、同じように錠が外れる。

 黒いパーカーの男──夜須波留が顔を出す。

 細身で猫背気味、口の端に古い傷。本当に同じだ。


「おお、新入りか?」

 全く同じイントネーション。


 胸の奥で何か、不愉快な感覚が湧き上がるのを感じる。

 世界が、前回と同じ脚本を読み上げているようだ。


 距離を詰めるため、俺はわずかに微笑んでみる。

「車木夜須波留さん、ですね」

「お、おう? 知ってんのか俺の名前」

「朝、聞きました」

「……は?」


 夜須波留の顔に「変な奴だ」という色が浮かぶ。

 それを観察しながら、俺は心の中で整理していた。

 同じ会話をしても、結果は変わらない。

 ならば、違う質問をすればどうなるのか、だ。


「上にいる男は、何という名前ですか」

「なんだ急に、社長のか? ……知らん方がいい。名前で呼んだら殴られるぞ」


 前回、聞きそびれた情報だったが──無理に聞くのは危険そうだ。

 俺は小さく頷いた。


「ありがとう」

「お、おう……」


 玲奈が階段の上から声を掛けてきた。

 前回と場所が違う。少し到着が遅れたからか──。


「あなたがジン君、だよね? 倉治さんのとこの。来て。社長が待ってる」

 スーツにポニーテール。前と同じだ。

 声も、顔付きも、前と同じ。


「はい」


 階段を上がり、玲奈に会釈する。

「おお~アッチ系の血が入ったミステリアスな顔ね! 確か21歳だっけ?」

「はい」

「私は藤森玲奈。今回だけのお目付け役よ。よろしくね?」

 笑うと八重歯が覗く。


「倉治の養子のジンです。よろしくお願いします」


 玲奈が微笑む。

 その表情を観察する。綺麗な人だと思う。

 だが笑っているのに、どこかで"冷たい"気配を感じる。

 彼女はきっと、自分を観察──いや監視しているのだろう。


 ジンの頭の中では、冷静な思考が続いていた。


 もし、時間が本当に"戻っている"のだとしたら。

 そう、彼女は自分に銃口を向けていたのだ。

 視界から外れていたので、撃ったかは分からない。


 自分以外の人間はその記憶を持たない。

 恐らく前回と同じ行動を取れば同じ結末が訪れる。


 倉治の声──"女だから危険が増える"という言葉。

 そして銃声。

 文字通り、何が引き金だったのか。

 前回と何を変えれば、撃たれずに済むのか。


 答えを探すための、二度目の初仕事が始まった。


 ◇


 二階へ続く鉄階段を上がりながら、未来を思い出す。

 扉の横の窪んた空間──銃声──火薬の臭い。

 銃弾が額を貫いた瞬間の、焦げた金属の、味。


 金属の段が軋むたび、胸の奥がじわりと冷える。

 この感触を、もう一度味わう事になるとは、思ってもみなかった。

 生きているからこそ、感じられるものではあるが。


 事務所の扉。


 曇りガラスに映る自分の影も、前と同じだ。

 少し錆びたドアノブを握ると、指先が勝手に震える。


 ──この先で、俺は撃たれた。


 肺の奥がひゅっと縮む。

 あの瞬間の痛みを、体がまだ覚えている。

 けれど、避けて通るわけにはいかない。

 やり直すなら、まずはここを通るしかない。


「どうしたの?」玲奈が背後から話し掛けてくる。

「いや、なんでも⋯⋯ないです」


 ノックして、扉を押し開けた。

 薄暗い事務所の空気が、湿った煙草の匂いと一緒に漂う。

 壁際にはスチール棚、机の上には灰皿と、溶けかけた氷。

 ──すべてが同じ位置にある。


 窓際の椅子に、細身の男が座っていた。

 眼鏡。黒いスーツ。

 無駄がないようで、どこか不自然に整っている。

 顎の線が細く、血管の浮いた手で煙草を弄んでいた。

 顔立ちは穏やかに見えるのに、目だけが冷たい。

 人間というより、獲物を測っている生き物のようだった。


「来たか。倉治の……弟子で合ってるか?」


 声も、間も、まったく同じ。

 銃声が──鼓膜の奥がじんと痛む。

 前回もこの声を聞いた。

 そして死んだ。


「⋯⋯真坂倉治の養子です」

 固まっていても、言葉を絞り出した。

 覚えている台詞を、もう一度なぞるだけだ。


「名前は」

「ジン──ミヤマジンです」

「ミヤマ、ジン⋯⋯倉治が名付け親とは思えんがな」


 軽く笑う口元。

 その仕草の順序まで、前と同じだ。


「小さい頃、誰かに呼ばれて、そうだと思い込んでました。ミャンマー人と」


 自分の声が、妙に他人事に聞こえた。

 今の俺は"前回の俺"を演じている。


 今はそれだけでいい、演じ切る。


「皮肉な名前だな。──ハーフか?」

 社長が煙草に火をつける。

 紫煙がふわりと漂い、前回と同じ軌跡を描く。


 まるで世界が録画されて再生されているみたいだと錯覚する。


「⋯⋯母親がミャンマー人で、返されたらしいです」

 聞いておいて興味の無さそうな顔も同じか。


「そうか。まあいい。あいつの名前を出すなら、信用はしてやる。今日の荷は軽いが、扱いは丁寧にな」


「──荷」

「女のガキだ」


 その言葉に、心臓が跳ねた。

 仕事が始まった。


 前回の記憶が、先程よりも鮮明に蘇る。

 血の匂い。赤の混じった白い閃光。


 人の倒れる音──俺だ。


 ──運んだ物が女だからといって、危険が⋯⋯


 あの言葉の後に──。


「送迎だ。黙っていれば問題ない。車は用意した。送り先はコレを見ろ、途中で寄る場所も入ってる。持って行け」


 男がポータブルナビを放り投げる。

 空気を切る音が妙に鋭く聞こえる。

 俺は反射的に体をこわばらせ、両手で受け取った。


 前と同じ手触り。


「戻ったら報告に来い。それで初仕事は終わりだ」


 報告に来た後に俺は──殺されただろ。

 目の前の男が俺を殺した。


 喉の奥が乾いて、言葉を出したくても出せない。

 頷くだけで精一杯だった。


 男が視線を外したとき、開いたドアの向こうに、玲奈の笑顔が見えた。


 同じ表情。

 同じ声色。


「行こうか⋯⋯えっ、大丈夫? 体調悪い?」

「⋯⋯いえ」


 ドアを出る瞬間、俺は無意識に少し横へ避けた。

 弾丸を撃ち込まれた場所、倒れた位置。

 そこに立つことが、どうしてもできなかった。


 階段を降りながら、玲奈が話しかけてくる。


「怖がらなくていいよ。うちの社長、顔が怖いだけで意外と優しいから」

「……そうですか」

「でも、あれでも"先生"って呼ばれてたりするの。昔は大学の教授だったとか」

 そのセリフも覚えている。


 そして夜須波留の笑い声も同じタイミングで響く。

「嘘だぞ、それ。どう見ても堅気じゃねえだろ社長は」


 前回は、少し笑った。

 今回は、笑えなかった。


 世界が繰り返して再生されている。

 俺だけが、前回の痛みを覚えている。

 その理屈が分からなくても、事実として記憶にある。


 手の中にあるナビを見下ろす。

 赤いルートラインが光っている。


 ──また同じ場所に辿り着く。


「……途中で、道を変えてもいいですか」

 玲奈が足を止めて振り向く。

「え?」

「確認したいことがあるんです」


 同じ日を繰り返すのは、もう一度死ぬためじゃない。

 何を変えれば、生き延びられるのか、少しでもいいから変化を混じえて確かめたい。


「ダメよ? 当たり前じゃない」

 玲奈は笑っているが、目が全く弧を描いていない。


 ──残念だがルート変更は諦めよう。


「そうですか。分かりました」

「ええ、行くわよ」

 玲奈の態度が、少し固くなった気がする。


 ◇


 銀色のワゴンの後部ドアを開けると、少女は前と同じように座っていた。

 十五、六。日本人らしい顔立ち。肌は白く、髪は肩までの長さ。目は開いており、じっと俺を見つめる。


 ──違和感。


 前も見たはずなのに、何かが微妙に違う。

 目が、前よりも少しだけ長く俺を捉えている。

 わずかに、警戒とも好奇ともつかない光。


「送ります」

 声を出すと、少女は無言で頷いた。

 前回と同じ行動。


 しかし、この視線は……なんだ?

 前回との違い──時間がズレ込んでいるくらいか?


 俺は倉治の教え通り、座席下、バックドア、車の足回りと正面を確認して運転席に座る。

 特に見る必要は無いが、習慣だ。


 少女はちらりと俺を見てから、窓の外へ視線を戻した。


 助手席に夜須波留が乗り込み、後部座席には玲奈。少女は俺の後ろに座る。

 出発前、玲奈が軽く俺の肩を叩いた。


「目的地で降ろすだけ。誰かに何か聞かれても答えなくていいから」

 俺は無言で頷く。


 無言の少女は、じっと俺の背中を見ている。

 微かに、眉を寄せているような気がした。


 ──いや、違う。眉ではなく視線が強いんだ。


 銀のワゴンは倉庫を出て港の道を走る。灰色の空、錆びた柵。

 少女は依然として一言も喋らない。

 でも、その瞳の中で、何かがこちらを追っている気配がある。

 これは前回にはなかった違和感だ。

 暫くして少女を見ると、もう窓の外を見つめていた。

 だが信号で止まるたび、少女は小さく息をつく。

 

 理由など俺には分からない。


 1時間ほど運転して街中の中継地点に着いた。

 5階建てのビル──そう言えば何と言うビルなのだろうか。


 打ち付けられたプレートに目を凝らす──。

 『コージンビル』と書いてある。


 歩道を挟んで、ビルの前の路肩に停める

 玲奈と少女を降ろす。


 少女は一度、こちらを振り返った。

 その瞳が、俺の瞳とぶつかり合う。

 じっと俺を見ていた。


 でも、それ以上のことは何もない。

 少女は何も言わず、玲奈と歩いていった。


 俺はハンドルを握り直す。

 心臓が少し早まる。前と同じ行動をすれば、同じ結末になる。

 だが、今は少女の目が、どこか違うことを告げているような気がする。


 そう言えば次に何が起きるか、俺は知っている。

 どうするべきだ?


 ひとつだけ確かなことは、何もしなければ、このまま死ぬかも知れないという事だ。


 俺は呼吸を整えた。


 ──前回の記憶がある。それだけで今回は違う。

 危険を回避するために、慎重に行動する。


 夜須波留が話し掛けてくる。

「詮索はするなよ?」

 頷きで返す。


「寡黙だねぇお前、俺達もションベン行こうぜ」

 近くのコンビニを指さして、夜須波留が"連れション"に誘うが、前回と同じように断る。

「仕事中は行かない」

「そうか。じゃ、留守番頼んだぜ」

 夜須波留は車を降りて、1人でトイレに向かった。


 夜須波留の姿が見えなくなるまで待つ。


 車を降りる前に、周囲を見渡す。歩行者、スーツ姿の人、車の動き。


 ──見覚えのある五人の男達が路地裏に入って行く。


 こちらに背を向けて、道を塞ぐつもりだろう。

 だが今回は、先に道を開ける方法を考える。


 彼らは時間稼ぎをしていたのだと思う。

 理由は分からないが、少女に手を出さなかったから。

 そして俺に仲間を傷付けられたにも関わらず「充分だ」と言って去った。


 俺は彼等の後ろに立ち、低い声で呟く。

 赤い派手なシャツの男に視線を向けて。

「……道を開けてくれないか?」


 前回と同じ言葉でも、今回はタイミングを調整する。

 男達が一斉に振り向いて俺を見る。

 戸惑い、俺に視線が集まっている間に、玲奈がビルの裏手から、少女を連れて出て来る。


「おい! 聞いてるのか!」

 退かない男達に向かって、俺は意図的に大きな声を出して威嚇した。


 玲奈と少女も立ち止まって驚いている。

「早くしろ!」

 俺は"どちらにも意味が伝わる言葉"で声を荒らげた。


 男が渋々と言った雰囲気で道を開ける。

 その隙間を玲奈と少女が戸惑いながらも駆け抜ける。


 男の一人が女二人を見て、前に出ようとする。

 足を払って転がしておいた。


 先を歩く玲奈と少女に付いて行くかたちで、素早く路地裏を抜けて歩道に出た。

 玲奈が後ろを振り返るが、俺は後ろを振り返らない。


 歩道に出れば男達は追って来ない。

 何かの時間稼ぎがしたかったのかも知れないが、騒ぎは起こしたくないらしい。


 銀のワゴンに玲奈と少女を誘導する。

 気が付けば夜須波留が助手席に乗って、走って戻って来た俺達に向けて、訝しげな視線を送っていた。


 後部座席に乗った少女は、車窓から外の景色を見ながら、時折こちらを確認する。

 視線に、何かを探る気配を感じるのは気の所為だろうか。

 玲奈は何故か、下唇を噛んでスマホを見ていた。


 周囲の安全を確認しなが、、俺はエンジンをかける。


 ここらか前回と同じ、少女を安全に次の中継地点へ送る。


 たが頭の中では、もう一つ考えていることがある。


 ──この違和感の正体は何なのか。

 少女はただ静かに座っているだけなのに、何か違う。


 気の所為か?

 俺は勘が悪い⋯⋯違和感の正体が分からない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ