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ep.13

 指揮官おじさんは嬉々として語り出す⋯⋯その前に。


「そういえば、おじさんの名前は?」


 ずっと頭の中で指揮官おじさん呼ばわりはアレだったから。私の問い掛けに、床に座り込んだまま、偉そうに片眉を上げて反応する。腹立つ顔してるわね。


「⋯⋯雲源(うんげん)だ、小娘」

「ウンゲン⋯⋯それっぽい名前ね。じゃあ話を続けて」


 小娘とか言われて少し喜んでいる私は、もう小娘じゃないんだなとか⋯⋯なんか逆にムカつく。でもつまらない挑発には乗らない。最終的に、この雲源を味方に付ける必要がある。媚びるつもりはないけど。


「フンッ。まあいい、では貴様らの知らぬ事実を教えてやろうではないか。この国に生きる、一般人には伏せられている重大な話だ」


 雲源は、私達を見回し睨みつつも、どこか得意げに喉の奥で笑っている。これは喋りたいのをずっと我慢していた老人の顔ね。よし聞いてやろうじゃないの。


「"神に携わる血"というものはな⋯⋯昔から日本にある概念だ。神職、巫女──そういった"神事を生業として三代以上、連綿と続けてきた家系"のことを指す。単なる宗教家の事ではない。"正しく神を祀り代々それで飯を食ってきた"という実績だ」


 彼は指を三本立てて、ひらひらとさせる。


「三代を超えると人間の方が変質するらしい。血脈を通じての精神の耐性か、魂の器か、詳しい理屈は学者の領分だがな。とにかく、普通の人間では耐えられない"神気"だの"瘴気"だのに、人ならざる耐性がつくらしい。我らは戦後からずっと追いかけてきた。何せ"超常に触れられる人材"だからな」


 衝撃の事実ではあるけれど、とりあえず鼻で笑ってやる。


「それが、ニンの両親という訳ね?」

「そうだ。そして、その娘は典型例と言っていい」

 ニンが小さく肩を震わせる。


 そんな事は気にもせず、雲源は続ける。喋るほどに、声が妙に湿っぽく、嬉しそうになっていく。


「知らんだろうが⋯⋯その娘の"母親"は、歴代最高の鉱神の巫女を使ったクローンだったのだよ」


 既知の情報ではあるけれど、割とあっさりと言うのね。まあ北嶋とか言う小さい男も、別に秘密でも何でもない、とは言ってたけど。


「オリジナルの巫女は、大正時代の終わりに発見された。この巨大な鉱神が地震により露出し、最初に発見される前からずっと、その社で対峙していた家系の娘だ。三代どころか七代続いた神事の器だ。国家が彼女を複製したところで、何の不思議もない。⋯⋯ちなみにわしはその家の傍系だ」


 ニンの呼吸が少し荒くなる。それでも彼女は言葉を一つも挟まない。ただ黙って聞いている。


「そして──クローン製造の担当者だった芦屋が、その巫女と子を成した。数あるうちの一体だったので、当初は見落としていたが、どれも出来が良くなくてな。複製巫女は使い捨てになってしまった。予算が心許なくなった頃、芦屋が連れ出した巫女について調査が行われたのだ」


 ニンを見ると、無表情に見えるが、微かに眉根を寄せて不快感を見せている。私は庇うように、雲源とニンの間に立つ。


「だからその娘は、瘴気の耐性が段違いなのだ。貴様らも見たろう? アレは触れれば普通は精神が壊れる。その娘が平気なのは、その血の力だ」


 ジンが眉を寄せる。

「⋯⋯ニンは"選ばれた"存在という訳か」


「その娘が選ばれた訳ではないがな。我らにとっては有り難い存在だ。巫女を複製した後、子を産ませれば良いと分かったからな」


 このクソ野郎──今直ぐ撃ち殺したい衝動に駆られたけど、雲源は気付きもせず言葉を続けた。


「で、だ」


 指揮官はジンをじっと見る。目の奥だけが、妙に好奇心に満ちてニタついていた。


「お前は何者だ? 生まれは?」


「俺は、神事に関わる家系ではない⋯⋯とは言い切れん。ルーツを知らん。母がミャンマー人かも知れん、というくらいか」


 ジンが冷たい目で返す。


「神事に携わる者は、日本である必要は無い。なるほどミャンマーか。あの国も寺院が多い。母親が──ミャンマーの寺院で生まれ育った可能性があるな。仏門の出である可能性は非常に高い」


「何それ、どういう意味?」

 ジンはあまり、自分の出生を語りたがらないと思って、私が質問を投げ掛ける。


 雲源は軽く肩をすくめて、ジンに向き直る。


「無知め。ミャンマーの一部の寺院は"地の神"を祀る。仏教と混ざった土着信仰だ。代々その寺で修行し、祈りを生業としてきた家系もある筈だ。小僧の母親は、その"祈りを捧げる家系"の、三代目以降だろう」


「⋯⋯つまり」


「簡単な話だ。お前の母も"神に携わる血"を持っていたのだろう。瘴気に対する耐性が、日本ではなく国外の"土着神"の系統だったというだけの話だ。推測に過ぎないがな」


 雲源は少し微笑み、だがその目には薄気味悪い光が宿る。


「神のご加護、とでも言おうか⋯⋯とにかく濁った瘴気に飲まれにくい。精神が外因に歪まんのだ。小僧の場合は精霊信仰による加護かも知れん、そして、総じて感情が希薄。人の身で在りながら"超常からの干渉"に強い──お前はそれが遺伝しているのだろう。実に興味深い。国外を探す伝が無かったからな」


 ジンの瞳が細くなるが、雲源は怯ま様子も見せない。むしろ嬉しそうに語り続ける。


「つまりだ」


 雲源はニンに視線を送る。

「大正の時代に生きた最高の巫女の血を継ぐ"創られた巫女"」


 次いでジンに視線を送る。

「外様ではあるが"土着の祈り手"としての血を継ぐ者。どちらも、星の欠片が発する瘴気の影響を受けぬ、稀少な資質を持っている」


 老人は唇を歪めた。


「国家にとって、神威に近付ける人間は国の重要な"資源"だ。残酷だが、それが現実だ」


「そうか。まあそれはいい。お前達の都合でしか無いからな」


 ジンは雲源の脅し文句を、あっさりと躱して話を進める。確かに感情が薄いわね。でもこういう時は凄く頼もしい。


「それよりも、鉱神と呼ばれるこの物体はなんだ? 依頼で回ったビルに置かれていた星の欠片は、この鉱神から削り出したものか?」


 脅しに乗らないジンの反応が気に入らなかったのか、雲源はフンッと鼻を鳴らしてから、口を開いた。


「そうだ、星の欠片は鉱神から零れ落ちた物だ。性質は同じく、瘴気を溜めやすい。人の悪意が集まりやすい龍脈の瘤に置いておくと、瘴気を溜めるのだ」


「それがあの、コージンビルと言う場所か」

「そうだ⋯⋯待て、貴様は何故⋯⋯まさか!?」

「なんだ?」

 雲源が何だか気付いたようだけど、ジンも私も全く分からない。


「わしは一度も貴様を見たことが無い」

「ああ、そうだろうな」

「貴様は何故コージンビルを知っていた?」

「──依頼を受けて回ったことがあるからだ」

「⋯⋯有り得ないだろう。それはいつだ。貴様はいつ依頼を受けてコージンビルを回った」


 雲源の静かな、しかし有無を言わせない問い掛けに、ジンは少し警戒している。

「何故そんな事を聞く?」

「そうよ、質問の意図が分からないのに答えられないでしょ」

 私はジンのフォローに回る。


「今日──ではないのか?」


 自分の心臓がドクッと鳴ったのが聴こえた。動揺を顔に出さないように、咄嗟に口角を上げる。無表情よりもこの方が表情が読まれ難いから。


 自然な動作を心掛けてジンに視線を送る。ジンは動きを止め──固まってるわね。でもちゃんと観察してる。冷静に反応出来てるわね。


 ニンは⋯⋯無表情。だけどよく見れば少し不愉快そうに見える? 雲源が嫌いなだけかしら。


 白衣君は理解出来ないのか、首を傾げている。時間が戻る現象を知らない時の私の反応だ。この反応が正解だった⋯⋯失敗したかも。


「そうなのだな?」

「まだ何も言ってないわよ」

「言わずとも分かる。一定の期間を繰り返しているのだろう?」

 私は笑って否定⋯⋯ちゃんと笑えてるかしら?

「意味が分からないわね。ボケてるのかしら? そういうのはフィクションの世界でやってくれない?」


「鉱神の目の前でか? わしは生まれながらに超常に触れて生きてきた。フィクションもノンフィクションもあるものか。⋯⋯はぁ」


 雲源は、吐き捨てるように言い、深い溜息を吐いた。

「まさか、だがな。信じられん。前例は聞いていたが⋯⋯お前達の反応を見る限り⋯⋯」


「前例があるのか?」

 ジンが怪訝な顔で食い付く。尋問してる相手が自主的に話す時は"真実を交えた致命的な嘘"か"時間稼ぎ"なんだけど、確かに前例というのは気になるわね。


 雲源の場合は、間違い無く時間稼ぎでしょうけどね。用心棒として雇われてる秋山はジンに伸されて転がってるから、恐らくは、夜須波留が来るまでの。


「ある。鉱神に関わる者で、そう記されている。私の三代前の神官が書いたものだ。その方は当事者では無かったそうだが⋯⋯」


 記されたもの、ねぇ⋯⋯。

「簡単に説明して」


「⋯⋯説明など、はっきりとは覚えていない。そんなもの。その方も頭がおかしくなったとして、神官を降ろされているのだ」


 そりゃそうね。当事者じゃなければ私も信じてないもの。──降ろされた、か。こいつらの後ろに居る連中は誰なのかしらね。


「原因までは書かれていなかった。把握していなかったのかも知れんが⋯⋯小僧、原因は分かるのか?」


「分かる⋯⋯儀式を中止するなら答えよう」

「それは⋯⋯出来ん。それに今からでは間に合わん」

「間に合わんとは、何がだ」

「瘴気が満ちている。その兆しがあったから、こうして儀式を執り行うのだ。知らん訳ではあるまい」


 私とジンは顔を見合わせ、互いに首を振る。

「何? 知らんのか?」

 雲源は、ニンに視線を移し、怪訝な顔で覗き込む。


 ニンは肩をびくりと上げる。それを見た私は、再びニンの前に立って隠してやる。


「ニンが怖がるからやめてくれない?」

「⋯⋯その娘は──」

「大きな星の欠片、お前の言う鉱神の、瘴気を注ぐ量が臨界点を超えた──切っ掛けはそれだ。時間が戻る仕組みは知らん。俺に記憶が残っていく理由も不明だ」


「なるほど、お前達が儀式を中止する理由──つまり何度儀式を行なっても無駄という訳か」


 時間が戻るという概念があるからか、理解が早いわね。


「そう。だから今回ジンは、ニンに瘴気を集めさせない為に行動した。⋯⋯そうでしょ?」

 私の問い掛けにジンが頷き、言葉をつなぐ。


「そうだ。現時点での瘴気の保有量を把握出来ていない事を説明する為に、星の欠片を運んでおいた。──これで納得したか? 雲源」


「敬称を付けろ小僧──っ! わしに偉そうに物申すな。お前は興味深い存在ではあるが、現時点では雇われた運び屋でしかないのだろうが!」


「そうか。では雲源殿、儀式を中止して貰いたい」


「それは出来ん」

 雲源が即断した。

「何故だ?」

 ジンは黒い殺気を放つ。

「理由は?」

 私は雲源の額に銃口を当てる。


「撃ちたければ撃て。どうせ間に合わん。何度繰り返して現状に至ったかは知らんが"今回"は失敗だ。そうだろう? 彼の方の手記にも、そう書かれていたぞ」


「説明しなさい。もう時間稼ぎに付き合うつもりは無い」

 私は苛立ち、雲源の額に当てた銃口を強く押す。


「花生か⋯⋯」

 ジンも気付いたらしい。雲源が、花生涼太郎がここに来るまで時間稼ぎをしていた可能性に。


「時間⋯⋯そう、時間の問題なのだ。瘴気が溢れれば──時間が戻った方が良かったと思うだろうさ。わしも見た事は無いが⋯⋯片鱗ならば垣間見て──」


 はっきりしろ! 苛々する!


「早く説明しなさい! 耳を吹き飛ばされたいの!?」


 誰かが恫喝する。違う、誰かじゃない私の声。どうして。胸に不安が募る。自分の中に何か言い知れないモヤのような⋯⋯いえ、視界が、黒い⋯⋯これは⋯⋯


 ──瘴気!?


 素早く後ろに飛び退って瘴気を視認する。瘴気の発生源は──ジン。薄く黒いモヤが彼の周りに漂っている。それが、見る間に濃くなっていく。


「なんだ? ──ぐっ!?」


 顔を歪めるジン。咄嗟に頭に描いたのは、前回のニンの姿。ジンが、ああなる? 雲源を見ると、苦々しい顔でジンを見ている。


「雲源! まさかこれを待っていたの!?」

「違う⋯⋯これは──」

 雲源の視線が──ニン?


 ニンを見ると、相変わらずの無表情でジンの周りの瘴気を見つめている。その表情から、何を考えているのかは分からない。ゆっくりとした動きで、右手をジンの肩に置いた。身長差があるから少し無理しながら⋯⋯。


「じっとして」

 ニンはそう言って、ジンから漏れ出す瘴気を吸い上げた。ニンの右手に瘴気が吸われ、瞬く間に瘴気は消え去った。


「助かった⋯⋯大丈夫か?」

 ジンが、瘴気を引き受けてくれたニンを心配する。

「⋯⋯これくらいなら。でも、やっぱり前より辛い」

 ニンが眉根を寄せ、目を閉じて答える。


「白衣君、記憶や感情があると瘴気に取り込まれて人格に影響がって言ってたわよね? つまりニンは記憶や感情が増えていってるのね」


 ここまで静観していた白衣君に話を振る。

「え、あ、ハイ! そういう事になりますね」


「つまり、同じ期間を繰り返す事で、ニンの耐性が下がってる。やっぱり繰り返すのは危険ね」


 私は考える。瘴気をどうにかして散らしてしまう方法は無いのかしら? そういえば、そもそも瘴気って何処から来てるの? 黒い龍脈とは何?


「あの、時間が戻るって⋯⋯それは本当に、そう思ってるんですか?」

 白衣君がもっともな質問をしてくる。分かるよその気持ち。


「⋯⋯信じられないわよね。体験してるから私は信じられるけど、そうじゃなかったら頭がおかしいのかなって思うわね」


「い、いえ⋯⋯はい」


 起こる気はない。言葉で言っても理解なんて難しい。


「全員が等しく時間が戻るという事は、今この時間を消し飛んでるのでしょうか。空想科学的な話ですけど」


「う〜ん⋯⋯考えてなかったわね。ちょっと続けてみてくれる?」


「は、はい。ああでも、そこは置いておいてですね、今この時間の何かが駄目で、時間を戻しているのだとしたら、その原因を探った方が良いと思うんです」


「原因は⋯⋯あ〜、まぁいいか」

 私は目の前にある大きな鉱石、鉱神を指さして説明する。

「この鉱神に溜まってる、瘴気の量が限界に達してしまって時間が戻るらしいわよ?」


「⋯⋯え?」


 白衣君は、私の言ったことの意味が理解できないのか、呆けた顔でこちらを見てくる。


「少し注ぐだけで臨界点に達しちゃうって事らしいのよ」

「え⋯⋯だって今も星の欠片から漏れ出た分を吸ってますし⋯⋯それに、溜まっても⋯⋯」


「おい、余計な事は言わんでもいい」

 雲源が白衣君の言葉を遮った。

「今あなたと話してないでしょ。口を挟まないで」


「言わなくとも、もう直ぐ分かる。⋯⋯直ぐだ」

 雲源がニンの方を見る。その目は、何かを確信しているようだ。

 ジンから溢れた瘴気を吸い取ってから、ずっと目を閉じている。


「ニン、調子が悪いの?」


 私がニンの顔を覗き込んだ瞬間──


 ニチャ──粘性の液体が垂れるような音と共に、ニンの瞼が開く。


 そこには、前回も見た真っ黒な闇が二つ、こちらを見ている。

 背中に怖気が走る。身体が固まって動かない。

 前回の記憶が蘇る。


 ここから耳をつんざくような叫び声を上げる──私はそれを覚悟した。

 だが、暫く固まったままだったが、ニンは何もせずじっとこちらを見続けてくるだけ。


 私が口を開こうとすると──


「やめておけ。その娘は既に人ならざる者に変質している。何が刺激するか分からんぞ」

 雲源が私を止めた。


「雲源、この子の──」

「話を聞いていなかったのか小娘、私には敬称を付けろ」

 おじさん呼ばわりの時は何も言わなかった癖に、どうして敬称に拘るのかしら?


「小娘じゃなくて藤森よ、雲源」


 雲源が私を睨み付ける。私は視線を逸らさない。非常時だとしても譲る気は無い。銃で脅さないにしても、対等でなければ交渉にならないから。


 こんなやり取りに時間は割きたくないけど、必要な事だ。


「いいだろう。では藤森よ、もう一度言うぞ。その娘は既に人間の範疇から出ようとしておる。触れるな」


 落ち着いた冷徹な瞳で、私を諭すように言う。私はこの雲源という男の認識を、少し改める必要があるかも知れない。


「私もこの子の変質を見るのは二度目よ。でもこんな少量の瘴気で変質するなんて変よ。⋯⋯何か知ってるなら話して──雲源さん」


 雲源は私の目を見て話し出す。


「よかろう。この様な変質は、この娘だけの話ではない。瘴気による変質は、この国の、いや、この星の至る所で起きるものだが──この娘の巫女としての適切が下がっている事の証左でもある」


 雲源が語り出す。


 ニンは真っ黒な瞳を開いたまま、微動だにしない。

 ジンは相変わらずの無表情で雲源の話を聴いている。

 白衣君も初めて聞く内容なのか、目を輝かせている。


 既に私の当初の目的──任務から大きく外れるであろう内容に、耳を澄ませた。

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