ep.12
「そんな⋯⋯そんな筈はない。神の雫は前回もちゃんと抽出されている筈だ! おい、この場ではもう一度儀式が可能だろう?」
おじさんは必死の形相で、白衣の男に喚き散らす。
「そのはずです。しかし記録を見ませんと⋯⋯」
白衣の男は弱々しい声で答える。
「なぜ把握していないのだ!」
それはあんたもでしょ、おじさん。私は銃口を膝にゴリゴリと突き付けあげる。
「ひっ、やめ──」
「人のせいにしちゃダメでしょ? 次に怒鳴ったら、警告なしで膝の皿を撃ち抜くわよ。その記録とやらを確認すればいいじゃない。で、何処にあるの?」
ちょっと震えてる白衣の男に話し掛ける。
「あ、あっちの机に纏めてある⋯⋯ります」
白衣の男に微笑んであげたら話し方が丁寧になった。何? 私の顔が怖いとでも?
じっと私の行動を見ていたジン。彼と目を合わせて頷き、了承を得てから白衣の男の拘束を解いてやる。
「一緒に行ってあげるわ。貴方が探して持って来なさい」
白衣の男が慌てて走ろうとするので、襟首を掴んで後頭部に銃口を突き付けた。
「走っちゃダメよ? 危ないわ」
「ひっ! すみません⋯⋯歩きますから」
さっさと歩きなさい。早くこの事態を解決して仕事に戻りたいのよ、私は。
「ジン、貸してあげるわコレ」
内腿のホルスターに仕込んでいる、予備の拳銃を取り出してジンに渡す。おじさんが私の脚を見ていたので睨んでおく。ジンは銃以外には一瞥もしなかった。こういうところも素敵。
どう考えても本来の任務である、臓器密売ルートを探す為の潜入は失敗。もう少し時間を掛けたかったけど、この内容なら、うちの機関も納得してくれるでしょ。最低限、強行して踏み込むにしても、ニンを保護しておけば証拠としては充分だしね。
ニンの父親である、あの社長がどういう反応をするかは、個人的に知りたいところだけど。
白衣の男を連れて机の方へ歩きながら、私は倉庫の奥を一瞥する。机の上には、ケーブルに埋もれた古びたノートPCと、紙束が乱雑に積まれている。
白衣の男が震える指でその中のファイルを探し始めたが、遅い。⋯⋯遅すぎる。
「ねえ、まだ?」
「こ、これ⋯⋯のはずで⋯⋯あっ、その下、いえ隣⋯⋯」
「落ち着きなさい。はい深呼吸して、一つずつ出しなさい」
「は、はい⋯⋯!」
私が言うと、本当に男は深呼吸してから動作を整えた。思わず笑ってしまう。私は保育士じゃないのよ。
この子の名前を知らないけど、白衣君で良いかしら。
やがて、バサッと数枚のファイルが机の上に揃えられた。
「と、とりあえず⋯⋯この『抽出記録』が、前回のものです」
私はその書類を取り上げ、ざっと目を通した。ジンにも見えるように少し傾けて掲げると、彼がニンと連れ立って歩み寄ってくる。指揮官のおじさんはキツく縛り直されている。
縄の扱いが上手いわね。
「⋯⋯あるにはあるわね。記録上は確かに"前回の儀式で神の雫の抽出に成功"って書いてある」
「そうでしょう!? だから今回は──」
白衣君がまた喚こうとしたので、私は書類の角で白衣君の目の前の空気を切って、真正面から顔を見て睨んだら、直ぐに黙った。
お利口さんね。
ジンが私の横から覗き込み、淡々と呟く。思わずドキッとしてしまう。有事に呑気な自分を自覚して、ちょっと恥ずかしくなる。
「この部分の、連続している数字か。これは⋯⋯抽出量が毎回一定だな。自然界の生成物にしては不自然だろう」
ジンってば意外に博識ね。でも瘴気を自然界の物と捉える感覚はズレている気がするわ。
「つまり、改竄の可能性がある?」
「いや⋯⋯この男の反応を見る限り、改竄ではなく検知していない可能性の方が高いと思う。検知器の精度を見ても、恐らく残留物まで捉えてないんだろう」
ジンの横顔は冷たくて、どこか遠いところを見ていた。何だか前回よりも頭が良い気がする。私はなぜか軽い悪寒を覚えた。
「ここにある検知器の精度は確かか?」
ジンが白衣君に質問を投げ掛ける。
「け、装置の精度は、私の専門ではないので⋯⋯あっ」
白衣の男が慌てて別の記録を引っ張り出した。
「こ、これ⋯⋯これは神の雫を作る映像ログです! これを見て頂ければ何か⋯⋯」
USBメモリを見せられる。妙に新しい。
「映像があるって言ってなかったじゃない?」
「いえ、その⋯⋯聞かれなかったので⋯⋯」
「ねえ白衣君、私に隠し事をしたらどうなると思ってるの?」
白衣君が青くなる。私が言っているのは、もちろんただの脅し。でも嘘ではない。それを表情や視線、声音に滲ませると、効果は倍増する。
ジンが私の肩越しに、そのUSBを指さした。
「玲奈。見てみよう」
もう完全に玲奈って呼んでる⋯⋯う〜ん否定したくない。そのままにしておこうかな。
私はジンの目を見て頷き、白衣君にノートPCを立ち上げさせる。立ち上がりの早い最新のOS──彼らが何処の機関にしても、きちんと設備投資に予算が回っている証拠ね。⋯⋯⋯嫌な予感しかしないわ。
デスクトップが表示されて、画面にフォルダが表示される。白衣君がフォルダの一つを開き、ファイルが表示された。
『Extraction_03_Full』
ダブルクリックすると、映像が再生される。
画面に映ったのは、今いるのと同じ倉庫の景色。儀式の祭壇。鉱神という名の、大きな星の欠片。その中央に──
「⋯⋯ニン」
私の口から、無意識に名前が漏れた。
相変わらず小さな身体。その彼女の服を剥ぎ取り、下着姿のまま、祭壇の前に押し出される。周囲には袴姿の宮司たちが囲み、何かを読み上げていた。
映像の中のニンは、今よりも無表情だ。見ていて辛くなると共に、怒りが湧いてくる。
「こいつら──っ!」
カッとなってはいけないが、若い女の子が酷い目に遭っているのは許せない。
私とは対照的に、ジンが低く冷静に唸る。
「うむ⋯⋯これは、奉納の場面だな」
私は床に転がっている連中に、怒りを感じながらも映像からは目を離さない。ジンの横で成り行きを見守っているニンの肩を抱いておく。彼女がどういう感情かは表情からは伺えないが、それでも構わない。
星の欠片が白く脈動し、ニンの胸のあたりから黒い煙のようなもの、瘴気が吸い込まれていく。同時に、裏側のパイプを通って別の装置へ何かが送られていた。
「ねえ──」
私の声に、白衣君が震えながら目を逸らす。
「これが⋯⋯あなた達の言う、神の雫の素になる瘴気を⋯⋯抽出する工程なのよね?」
「は、はい⋯⋯」
「ニンに、こんな事をさせていたのね」
「ニン⋯⋯とは」
「あなた達が鉱神の巫女と呼ぶ、この子よ。あなた達が元の名前を捨てさせたから、新しく付けたの」
ニンの肩を抱きながら、言葉を発する私の中に、重く冷たい致命的な何かが立ち上がる。怒りを超えた、私の中の殺意だ。
「この子の体を⋯⋯道具としてしか見ていないわね、あなた達」
白衣君が唇を震わせる。
「ちがっ⋯⋯違うんです。これは上の指示で⋯⋯我々は⋯⋯」
「上ぇ?」
「──っ、それは⋯⋯」
言えない、と顔が物語っていた。私はゆっくり銃口を上げ、白衣君の眉間へ向ける。
「ねえ。言いたくない理由は? 誰に殺されると思ってるの?」
「い⋯⋯いやです! 私の口からは言えない!!」
白衣君は尻もちをつきながらも後退した。ジンが私の肩に手を置く。
「玲奈、ひとまず撃つな。彼が言わなくても他に方法はある」
「そうね。でも⋯⋯」
私は深呼吸した。
「全部吐かせておかなきゃ、私の気が済まないのよ」
ジンは眉を寄せて私を見る。
「こいつが死んでも意味は無い」
「ニンがまた⋯⋯苦しむのを、見たくないの」
「安心しろ。もうそれは無い。それより玲奈──」
ジンが私の目を見て言い淀む。多分、私がニンについて話した事で、前回の記憶を持ち越しているのかも、と思ったんだろう。
ここで話すべきか、それとも話さずに事を進めるべきか⋯⋯ジンの事は好きだけど、私にも任務がある。幼い頃から犯罪組織を憎み、後ろ楯のない私が、ようやく辿り着いた、これは人生を掛けた仕事だ。
その時。倉庫の奥から、どこかの扉が軋む音がした。他にも誰か居たらしい。私は即座に銃を構え、ジンも意識を奥に向けて殺気を立ち上げる。
「入った時点で人の気配は無かった筈だ。誰かが侵入したのかも知れん。見てくるから、指揮官の者と中止にする流れで話を進めてくれ」
ジンは私に言い捨てて、倉庫の奥へ進んで行く。
「え、ええ。分かった、任せて。白衣君、元の場所に戻るわよ」
私はニンの手を引いて、白衣君に銃口を突きつけながら指揮官おじさんの所へ戻った。
「おい! さっさと報告しろ!」
白衣君を再び縛って床に転がしてから喚いている指揮官おじさんの顎に銃口を突き付けて黙らせる。
「儀式は中止よ? 一定数の抽出は出来ているようだけど、残留物まで検知出来ていなくて、臨界点に達している可能性が高い⋯⋯らしいわ」
私の言葉に、指揮官おじさんは目を剥いて白衣君を睨みつける。私は銃口を下げて、話しやすくしてあげる。
「おい! どういう事だ! 貴様らが問題無いと言うから儀式を進めているのだぞ。まさか計測が出来ていないなど⋯⋯まさか我らの巫女を使い捨ててきたのは、お前達のせいではあるまいな!?」
指揮官おじさんの追及に、白衣君は真っ青になって言い返す。
「ち、違います! あれらの巫女が使い捨てられていたのは出来が悪かったからです! 複製なのに記憶や感情を多少なり持っていたのが理由ですと、そうご説明しました!」
あら? また新事実が出てきたわね。
「あれらにどれだけの予算を注ぎ込んだと思っている! だいたい貴様ら技術分野の人間が──ひっ!」
撃鉄を起こしてこめかみに突き付けると指揮官おじさんは口を閉じた。
「黙って。白衣君、記憶や感情を持っていると瘴気に弱いというのはどういう意味?」
「は、白衣⋯⋯私は三岳山と言い──」
「質問に答えなさい白衣君、3秒以内よ」
「ひぇっ! ききき記憶や感情があると瘴気に取り込まれて人格に影響が出て気が触れるから、瘴気を運ぶ巫女としては使えないのです!」
⋯⋯なるほど、言われてみれば心当たりがあるわね。ニンはこう言っていた。
『今回の、何度目かの回収の時から、苦しくなってきたの』
ニンが何歳の時に拐われて鉱神の巫女として"御役目"をさせられているのか分からないけど、もしかしたらこの連中は、ニンに一般的な日常生活を送らせない事で、余計な記憶を持たないようにしたり、その影響で感情が薄い人格を維持するよう矯正しているのかも⋯⋯。
納得だわ。──本当に⋯⋯。
私の中で、先程よりも更にドロリとした感情が湧き上がるのを感じる。年端もいかない少女の人格を矯正し、人権を剥奪している目の前の男達に、怒りが──
「玲奈、落ち着け」
ジンが私の肩に手を置く。
過敏になっていたのか、少し驚いてしまった。しかし触れられた部分から、気分が柔らかくなるのを感じる。
これが恋の力だとしたら、自分はとんでもない乙女なのでは⋯⋯。
「すまない、急に触れて⋯⋯」
ジンが離そうとした手に触れて引き戻し、お礼を言う。
「気にしないで。ありがと」
「⋯⋯玲奈、記憶があるのか?」
いきなり核心を突いてくる質問。どうしようか。
「⋯⋯ねえ、もう丁寧な話し方はやめるの?」
「その方が良いならそうするが」
ジンの冷静な声。少しは驚きなさいよと思う。
⋯⋯もしかしてジンが、瘴気を放つ星の欠片に触れても意識を保っているのは、感情が薄いからかしら?
ニン程では無いけれど、ジンも感情は薄い。私にキスした時は顔に動揺が出てたけど、他の事だと⋯⋯瘴気に触れた時かしら。
「ねえ、ジン。瘴気に触れた時って、どんな感じなの?」
「ああ⋯⋯過去の記憶が呼び起こされる。あまり気にしていなかった事でも、それが感情を大きく揺さぶる程に辛い記憶として⋯⋯そうか、そういう事か」
「そういう事みたいね」
流石ジン、理解が早い。
「俺はあまりはっきりと、これまでの人生に楽しい思い出がある訳では無い。それに感情表現は、養父から受けた訓練で、かなりコントロール出来ている方だと思う」
「私が無意識に、コージンビルにあった星の欠片に近付かなかったのも、そういう事なんでしょうね」
瘴気が人に及ぼす影響について理解したところで、白衣君が口を開く。
「そうです。黒い龍脈にから流れる星の欠片に瘴気を溜め込んで、そこから瘴気を吸い出して運ぶ事は、思い出や、それに伴う感情が少ない人間にしか務まらないんです」
今度は龍脈と来たわ⋯⋯まあ龍脈は風水なんかでも聞く言葉だし大丈夫。そこまでファンタジーでも無い。今更だし、別にいいけどね。
「ジンは感情が薄いから、今回のように運べたのね」
私の出した結論に、しかし指揮官おじさんが異論を唱えた。
「違う。それだけでは触れる事すら出来んはずだ」
「でも現に、ジンはこの場に星の欠片を集めたわ?」
「それがおかしいのだ。神に携わる血を持たぬ者に、そのような事が出来るはずが無い。⋯⋯貴様は何者だ」
指揮官おじさんがジンに詰め寄る。
動けないので物理的に詰め寄るわけではないが、言葉だけで圧をかける。人の上に立つ者特有の、覇気のようなものを感じる。さっきまで小物っぽく喚き散らしてたジジイと、同一人物とは思えないほどだ。
「お前に話す義理は無い」
そりゃそうよね。
社長から事前に渡された資料を見る限り、ジンの出生は不明のまま。唯一分かっているのは、運び屋の真坂倉治が唯一、仕事の成功報酬を受け取らなかった事件以降、養子として育て始めたという事くらいだ。
本人曰く、ミャンマー人とのハーフらしいけど、それも父親が不明なので確定している訳じゃない。というか母親がミャンマー人なのかすら確定じゃない。
「⋯⋯誰の指示でこんな事をしている。我らの支援者を知っていて、こんな事をしているのか?」
尚もジンを追求する指揮官おじさんの頭に銃口を当てると、今度は私に向けて話し出した。
「小娘、お前は何だ? 芦屋の所の人間だろう。仕事を放棄して何のつもりだ。まさか芦屋の指示ではあるまい」
芦屋──ここで社長の名前か。事務所で呼ぶ人はいないけど、ここでは普通に呼ぶのね。この指揮官おじさん、思っていたよりも上の立場にいるのかもね。
「社長は関係無い。あくまでも私の独断よ。わざわざ自分の娘を危険にさらす真似をする訳ないじゃない」
私の回答に、指揮官おじさんは片眉を上げる。ムカつく顔⋯⋯膝ぐらいなら撃っても良い気がしてきた。
「それもそうだな。人間モドキとは言え、あれ程に溺愛していた娘だ。ではお前は何のために──」
「車木夜須波留」
私がその名を出すと、指揮官おじさんは口を閉じた。
「いいえ、花生涼太郎だったかしら? あいつは国のどの機関から派遣されてるの?」
「⋯⋯車木は芦屋の部下ではないのか──」
「ね? あなたも教えてくれないでしょ? 私も言えないの。そういう事よ」
私はにっこりと笑って話を逸らす。
「で、さっきおじさんの言ってた"神に携わる血を持たぬ者"って? ここに居るニン──鉱神の巫女は、その系譜なのよね?」
「⋯⋯話しても構わんが、我らに協力すると誓え」
「嫌よ。私から見ればあなた達は、未成年の人権を奪って道具の様に扱う犯罪組織だもの」
はっきりと言ってやる。
「なっ──!?」
指揮官おじさんは目を見開いて青筋を立てる。
「現時点では、ね。違うと言うなら、ちゃんと説明しなさい」
ちょっとだけ冷たい声で促してやる。この程度の挑発に乗るとは思っていないけど。少なくとも、指揮官おじさんにとっては絶体絶命の危機。私達の認識を改めれば、助かるかも、と考えて話し出す事を願う。
「良いだろう。貴様らが今、何をしているのかも含めて教えてやる」
偉そうな口調で、語り出すらしい。随分とチョロいおじさんだ。




