ep.11
正直に言えば、全部を理解してるわけじゃないと思う。情報が断片的だし、何より私が追っていたのは、臓器密売ルートだ。そういう目で見ていたせいか、着眼点がズレていた事も影響していると思う。
時間が巻き戻る、だとか、星の欠片が瘴気を溜めていて、その瘴気は人を狂わせる、だとか。そういう"非現実的な話"をすんなりと受け入れるには、私という人間は、生き方も含めて少し現実的過ぎる。
私が藤森玲奈として今の事務所に入社(潜入)してから何度か請け負った、この"巡礼"という業務。数ヶ月に一度、少女と運び屋の倉治と共にコージンビルを五つ回り、港の倉庫に連れて行くというもの。
朝、社長の専用事務所にいる無口な少女を連れて、彼女を銀のワゴンに乗せる。事務所で待機して、仲介人の花生からの連絡を受け、運び屋おじいちゃんの倉治が来て、無言で出発する。そして無事に終える。
倉治は無口で尖った所の無いおじいちゃんだけど、実は凄い人だ。他の仕事で運び屋をしているのを何度か見た事がある。裏稼業の人間が近付いてきた事もあったけれど、倉治の姿を見ただけで引いた事もあった。事務所の同僚に聞けば、倉治の武勇伝を幾つも聞かされる事になった。
そんな倉治が引退し、次は弟子を寄越すと、仲介人の花生から聞いた。それがジンだ。
この"巡礼"にら幾つかの禁則事項はあったけど、特になんてことの無い業務。そう思っていた。私の追ってる臓器密売ルートとは関係の無い、ゲン担ぎのようなものだと思い込んでいた。
この会社が裏稼業に従事しているのは、私の所属している特務機関の情報から確定していたので、違法に連れ回されているであろう少女を誘拐し、保護する所から、臓器密売ルートなんかの糸口を掴もうと考えた。
でも、事実として今日一日で見たものは、現実の皮を被った本物だと思う。残念だけど。
いつもと違う事と言えばジンの参戦だけど、理由はジンが原因では無いらしい。むしろジンは初仕事でこんな訳のわからない事に巻き込まれて大変だと思う。本人はあまり動じることも無く、淡々と対処しているけど。そういうところも格好良いと思う。
とにかく、巫女であるニンを保護する為、騒ぎを起こす為に外国人を雇って倉治の弟子にぶつけてみたところ、あっさりと撃退されてしまった⋯⋯らしい。
私の知らない時間軸での話だから結果は知らないけれど。あ、時間軸とかSFチックな単語を使ってしまった⋯⋯。
まあとにかく、だから私は決めた。その部分を考えるのは後にして、まずは動く。私に出来ることをやる。
ジンが何をするか、何となくだけど分かる気がする。私と彼は、生きてきた道も、性別も、年齢も違うけれど、思考が近いんだと思う。ああ、年齢の事はあんまり考えたくないわね。四つも違う⋯⋯やめましょう。
あの時のあれは死の淵に瀕してた私の、気の迷い。犯罪組織の摘発に人生を捧げると決めた私にも、死に際では1人の人間として、そういう欲があったのかと⋯⋯いえ、これもやめましょう。
ジンは恐らく、ニンに瘴気を回収させないために動くはず。方法までは分からないけど、間違い無くコージンビルには行くと思う。
とりあえず私とニンは、社長の指示通りにコージンビルを順番に巡り、星の欠片から瘴気を回収しながら最後の倉庫へ向かう事にする。ジンとは、まあ何処かで会えるでしょ。
「ニン、行きましょう」
ニンが頷く。顔色が戻っている。それだけで十分だった。まだ怖いだろうけれど、この子は芯の強さもあるように思うから、大丈夫だろう。
◇
ゆっくりとした運転で、最初のコージンビルへ。いつものように、ニンと裏口の鉄扉から中に入り、奥へと進む。
星の欠片が保管されている部屋の鉄扉が、少し開いている。そして鉄扉の前に、見張りとして居るはずの男が倒れていた。気を失っているようだ。この光景には見覚えがあった。
「ジン⋯⋯もう既に来てたのね」
「中にいるかな」
ニンが消え入りそうな声で言う。
「かもね。入ってみましょう」
あの瘴気というものに近付くのは気は進まないが、前回ほどの不快感は無い。
見張りの男が寝転んでいる光景に、ジンの残り香のようなものを感じつつ、逸る気持ちを抑えつつ扉を潜る。
少し開いた鉄扉に顔を差し込んで中を覗くと、部屋には黒い染みが薄く広がっているが、中心には何も無い。あるのは木箱の欠片だけ。
ジンも居ない。そして──
「嘘でしょ、星の欠片が⋯⋯無い」
どういう事? ジンが持って行った? どうやって運んだの? 私が見た時、ジンは少し瘴気に近付くだけで、意識を持っていかれてたはず。
「御役目が⋯⋯」
ニンは目を見開き、真っ青な顔で小さく呟いた。
「御役目は、もう⋯⋯無理ね。ジンならこうするんじゃないかって思ったけど、一体どうして瘴気の溢れる星の欠片を運んだのかしら」
木箱の欠片を見つめながら思案する。
「触れたら、危険なのに」
ニンが呟く。その通りだと思う。
「そうよね⋯⋯もしかして、触れ⋯⋯なかったとか? この木箱の欠片って、運んできた時の物よね? それなら、トングと入れ物を用意しておいて、手で触れずに運ぶ事も出来るんじゃないかしら?」
私の推測に、しかしニンは首を振る。
「近付くだけで纏わりついてくる。少しでも瘴気を薄めないと危険」
ニンは声を震わせながらも、自分の意見を言ってくれる。確かにジンは、触れてもいない星の欠片に反応していた。
「嫌な予感がする⋯⋯なるべく急いで次に行きましょ」
「あ、玲奈。この扉を出た時に⋯⋯外国の人達が」
ニンに言われて、私は足を止める。
「やば⋯⋯完全に忘れてた。ありがと、連絡してキャンセルしとくわね」
ニンを拐って保護する為に雇った、外国人コミュニティに属する連中にスマホで連絡を入れる。外に待機していて、ビルを出た所で絡んで邪魔をする。その隙にニンを誘拐する手筈だった。それも今回は要らない。ニンを誘拐する必要が⋯⋯
「あ、いいこと考えたわ!」
ニンが不思議そうな顔をして、スマホのディスプレイをタップする私を見ていた。
◇
急いで次へ向かったものの、残念ながら第二コージンビルも同じ状態だった。
そして第三へ──そこでは異変が起きていた。
ビル内の鉄扉の前に見張りの者が倒れている。だがそこに、他の誰かも倒れている。男だ。ここの見張りは一人だったはず。
近付くと、倒れた男の情報が増える⋯⋯顔を見るまでもなく、黒いパーカーと纏う雰囲気で分かった。
車木夜須波留。
近付いてみれば、呼吸はあるようだが意識は無い。頬骨が派手に腫れ、アゴにも殴打の跡が見える。
「⋯⋯ジンね」
本人の姿はどこにも無いけど、そう確信する。
ニンは倒れた男を見つめていたが、近寄りはしなかった。露骨な暴力の残り香は怖いのだろう。
私はポケットからスマホを取り出し、最低限の証拠だけ残しておく。これは職業病というか習性みたいなもの。
見張りも夜須波留も、そのうちに起きると思うけれど、助け起こすつもりは無い。こいつは私を撃ち殺したのだから。思い出したら腹が立ってきた。
と同時にジンに、キスを強請った記憶が蘇って居た堪れない気持ちになる。ジン、よくお願いを聞いてくれたものだ。もしかして、多少は私に魅力を感じてくれてたんだろうか? いやでも四つも歳上の、しかも自分を殺したらしい女にキスを強請られて⋯⋯あれ、もしかして恐かったとか?
こんな時に余計な事を考えている自分に驚いた。
これまで全く色恋に振らなかった自分の生き方が恨めしい。ジンはどういう心境だったんだろう。私はジンの何が良かったのか⋯⋯顔だな。
ちょっと中東系のミステリアスな雰囲気を日本人で薄めたような顔が、とっても素敵で格好良いと思う。あと少し世間ズレしてるところも可愛いと思ってしまった。
将来性とか考えたら絶望的だけど。無国籍だし裏稼業の運び屋だし。いやそれ言ったら私も裏稼業なんだけ──「玲奈? 行こう」
ニンに袖を引かれて我に返る。何をしているのか私は。しっかりしないと。
「ごめん、ちょっと考え事してた。次に行きましょ」
急いで顔を取り繕って、先頭に立って歩き出す。
そのまま星の欠片が無い事を確認して、第三を後にした。
第四、第五ビルでも星の欠片は無い。流石というか、やるとなったら徹底している。倉治の弟子だけあって本当に抜かりが無い。北嶋とかいう背の低い男も容赦無く気絶させていた。
そして最後の倉庫へ向かったのは、昼を過ぎた頃だった。瘴気を回収していないので今回は随分と早い。
気のせいかも知れないけど、違和感がある。前回と違って日が出ている事、それ以外に違いは無いはずだけど。
何度も周囲を警戒したが──違和感は、建物に近づいた瞬間に明確になった。
静かすぎる。
中に居るはずの人の声も、作業音も、儀式を準備する気配すら無い。嫌な予感が、自分の喉の奥で音になって聴こえた。
「⋯⋯ニン、離れないで」
先頭に立って、倉庫のシャッター横の鉄扉を少しだけ開いて中の様子を探る。
息を呑んだ。
人間が倒れている。それも一人や二人じゃない。倉庫にいたであろう全員が床に転がっている。呻き声すらない。例の倉庫前に待機する男、秋山も転がっていた。
見たところ外傷は少ない。一撃で沈められた⋯⋯恐らく短時間で全員が倒されている。誰がやったのかは考えるまでもなかった。
私はニンの手を握り、静かに中へ入る。
暗い倉庫の中央──祭壇の前で、木箱を抱えた男がこちらへ背を向けて立っていた。
ジンだった。
彼はゆっくりとこちらを振り返った。表情はいつも通りで、無駄な感情の波が一切見えない。ただ、腕の中で抱えている木箱が、かすかに震えていた。
「⋯⋯⋯⋯来たのか」
彼が言った言葉はそれだけだった。声は落ち着いていたが、どこか安堵したような気配が混じる。
私はジンへ近付き、足元に散らばる男たちを見ながら言った。
「⋯⋯これ全部、あなたが一人でやったの?」
彼が私の目をじっと見つめて、答える。
「そう、です⋯⋯事情は何処まで聞いていますか?」
私は肩を落として息を吐き出し、呆れたように笑った。
「ひと通りは。運び屋の仕事にしては手間暇かかってるわね」
「必要な手順ですから。倉治の養子で、運び屋のジンです。貴女の所の社長には、花生と連絡していないので説明をしていませんが⋯⋯」
「大丈夫、私から言っておくから」
丁寧な口調で話しかけられている事に、少し寂しさを感じてしまう。
記憶がある事を説明した方が良いのかな? でも、この距離感が今は楽かも知れない。
ここまで共に来たニンの反応を見るために後ろを振り返ると、ニンは何度も見たはずの祭壇を、じっと見つめていた。ジンの持つ木箱の中で瘴気を放つ、小さな星の欠片が、祭壇の先にある大きな星の欠片──彼らの言う鉱神に共鳴して揺れている。相変わらず瘴気は漏れ出ているようだけど、コージンビルで見た時よりも、瘴気の漏れ出す量が薄いように思う。
はっきりしている事は、ニンが暴走する条件が、もう満たせていないということ。詳しい方法は知らないけど、ジンの作戦は上手くいっているようだ。
私は胸の奥でようやく息を吐いた。この倉庫に入るところから気を張っていた。前回ここで死んだのだから、当然の反応だと思う。
二人が、この状況を何度も繰り返しているのだと思うと、素直に感心してしまう。
「それ、どうするの? そこに置いて終わりじゃないんでしょ?」
ジンは木箱を床に置いて話し出す。
「まだです。瘴気が勝手に漏れ出すので、少しずつ街中に散らしてきましたが、それでも使い切れていませんしから、ここに持って来たんです」
勝手に漏れ出す分を街中に? なるほど、コージンビルにあった時よりも、瘴気が薄く感じるのはそのせいか。でも散らした瘴気は大丈夫なのかしら?
「それと、今から少しだけ大きな星の欠片に近付けて、そこの機械に反応させます。針が振り切れる所を見れば、現状を理解してくれるかも知れませんから」
ジンが私を真っ直ぐに見た。見てくれる人は、あなたが全員叩きのめしちゃってるけど⋯⋯まあ起こすんでしょうね。力尽くだけど、よく考えてるわね。
「⋯⋯分かった、最後まで付き合う。計測の出来そうな人を起こせばいいのよね?」
そう返した時、ジンの表情がほんの少し柔らいだ気がした。
ああ──この顔はダメ。簡単に絆されてしまっている自分を自覚してしまう。
「袴を着ている宮司のような人、以外でお願いします」
「分かったわ。それと儀式を仕切ってたおじさんもね?」
「⋯⋯そうか、うん、お願いします」
私はそれらしい人で、自分が制御できそうな体格の、白衣の男人を選んで、縛り上げた。それと偉そうにしていた、おじさんも縛り上げる。この人を説得する事でしか、恐らく儀式の中止は成らない。
計器の前に椅子を用意して二人を座らせる。
「起こすわね?」
「いつでも大丈夫です」
私はジンに聞いてから、二人の頬を張って起こした。
「う⋯⋯うぅ、なんだ⋯⋯誰だ君達は」
前回この儀式を仕切っていたおじさんが、呻きながら目を覚ました。
「⋯⋯少し強く揺らし過ぎたか?」
何をしたのだか知らないけど、ジンが少し困った顔でおじさんを覗き込む。
「き、貴様! 神聖な場を荒らす外国人の小僧が!」
おじさんは意識を失う前の事をちゃんと覚えていたようだ。
「ああそうだ。お前に訊きたい事がある。正直に答えるなら命までは奪わない」
ジンは冷たい視線を向けながら、おじさんを脅す。
こういう顔も悪くない。
「ふざけるな! 貴様のような──ブフッ」
私はおじさんの頬を張ってから銃口を突き付ける。隣の白衣を着た男も目を覚ましたが、目の前の状況を見て固まった。
「うるさいわよ? 年端もいかない少女に重荷を背負わせるクズの親玉が、偉そうにしないで。私は別にお前らを人間扱いしなくても良いのよ?」
セーフティを外して撃鉄を起こしてから、こめかみに押し付ける。
「玲⋯⋯藤森さん、頭は困ります。膝にして下さい」
あら今、玲奈と呼ぼうとした? むずむずする。玲奈って呼んで欲しい。
「そうね」
私がおじさんの膝に銃口を移動すると、おじさんが叫び出す。
「待て! まだ何も質問をされていないだろうが!」
クズのくせに一丁前に話の筋を通そうとする。
「うるさいわね。ジン、早く聞いてあげて?」
ジンに質問を促すと、彼はこちらをじっと見ていた。え、何? 私の顔に何か付いてる? 何となく落ち着かない気持ちで前髪を弄る。
「⋯⋯わかった。後で少し話したいことがあります」
ジンは鋭いから気付かれたかも知れない。もう少しこの距離感のジンを楽しみたかったわね。
「ええ、いいわよ。後でね」
ジンは頷いて、おじさんに向き直り質問を投げかける。
「今から、この大きな星の欠片に瘴気を注ぐ。どうなるか分かるか?」
「⋯⋯貴様は何者だ?」
私は即座におじさんの膝に銃身を叩き付ける。
「ぐあっ!」
「子供じゃないんだから、質問に質問で返しちゃダメでしょ? ちゃんと彼の質問に答えなさい」
おじさんは私を恨みがましい目で睨みつけるが、私には効かない。これまでにもそういう目をしてきた奴らを黙らせてきたのだから、慣れっこだ。
「手荒な事は可能な限りで避けたい。答えてくれ」
ジンが気遣うような目で、おじさんに語り掛ける。相変わらず優しい。素敵。
「⋯⋯偉大な鉱神に瘴気を注ぎ、大地に返すのだ。時間は掛かるが、浄化され、還元される」
「還元される、とはなんだ? 具体的に話せ」
「還元は⋯⋯」
おじさんが言い淀むので私は膝に当てた銃口を少し押して促してあげた。
「ひっ! ま、待て話すから待て! え、液体だ! 万能の⋯⋯さ、様々な事に使える⋯⋯神の雫と呼ばれるものだ」
万能の液体? 何言ってるのこのおじさん。
「様々な事とは、例えばなんだ?」
ジンはおじさんの話を意にも介さず話を進める。
「⋯⋯知ってどうするのだ小僧。欲したところで手にはいるわけでは無いのだぞ」
「ただの質問だ。それはどうしても必要なものなのか? 無くなると誰かが困るのか?」
「何を言っている?」
「それが定期的に供給されない事で誰かが困るのかと聞いている。何処かへ出荷しているのだろう?」
おじさんの目つきが変わった。
「誰に聞いた」
「調べれば誰にでも分かる。で、回答は?」
そうよね。第五に居た北嶋とか言うおっさんはホイホイ喋ってたものね。なんかイマイチ連携取れてないわねこの組織。
「⋯⋯さあな。適切な処理を施して保存した後、何処に出荷しているのかまでは知らん」
「そうか。まあいい、緊急性は無いんだな? お前に見せたいものがある。これを見てから今回の儀式を中止にする判断をしてもらう。計器を見ていろ」
ジンは床に置いてある木箱に向かって歩き出した。
「この中にはコージンビルにあった、瘴気を放つ星の欠片が入っている。これを少し近付けてみる⋯⋯」
計器を見ると、針が右側に振り切れた。
「なっ──!?」「これは──っ!」
おじさんと白衣の男が同時に呻いた。
「分かるか? この場所はもう限界だ。ここでの儀式は中止しろ。何が起こるか分からん」
ジンは冷静に、自分の目的だけを果たそうとしている。




