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第09話:戴冠式。

 ――アルデヴァーン王国王都・大聖堂。


 多くの者たちが集い、戴冠式の準備を進めているところである。俺は控室で侍女や側仕えの者に命じ、着替えを行っている。あと数時間もすれば俺の手には王錫と宝珠が、腰には剣が、そして頭の上には王冠が被せられている。

 高ぶる気持ちを抑えながら、ついに俺がアルデヴァーンの王となる日がきたと口が伸びるのが止まらない。


 父は王侯貴族の血の中に下賤の者の血を取り込もうと躍起になっていた。王侯貴族の子供の生存率が低いということを根拠に、以前から疑義を掲げる者たちと手を組んで改善を図ろうとしていたのだ。


 その最たる例が俺と下賤の者であるサラフィナとの婚約だ。父は自身の理想を叶えるために俺を犠牲にしたのだ。だからあの女と秘密裏に閨を共にしないことと側室を設けることを確約させたのである。

 本当はあの女と婚約していたという事実があるだけでも腸が煮えくり返る思いだが、父の命であったから仕方ない。だって、そうだろう? 血統派を掲げる俺が一国の王である父の命を聞き入れないとなれば、派閥の長としての資質が疑われる。

 

 それに子供の生存率の低さは神から与えられた試練なのだ。いや、選抜だろう。


 優れた者のみしか生き残れないという神の啓示。だから俺は神から選ばれし者なのだ。だというのに父が俺に与えた伴侶は下賤の者。本当に有り得なかった。

 だが父が急逝したことにより、諦めていた俺の未来に光が差した。そう。サラフィナとの婚約を破棄することができたのだ。きっと神の差配だったのだろう。神が俺に王となれと告げたのだ。

 そしてシュヴァインフルフ公爵が俺に娘を与えた。従妹であるマルレーネは少々足りぬところがあるものの公爵家の者である。選ばれし血で形どられたマルレーネは容姿も優れていた。これ以上ない俺に似合う女だと、シュヴァインフルフ公爵家と新たな婚約を結んだのだ。

  

 「ふ」


 笑いを堪えきれず俺の口から息が漏れる。俺の様子に気付いた一人が不思議そうな顔をして俺に視線を向けた。


 「オットー殿下?」


 「なんでもない。今から俺は王となる身だ。貴様も俺の扱いを改めよ。いつまでも子供扱いでは困るからな」


 側仕えが機嫌を伺うように俺を覗き込んでいるのは、いつにも増して機嫌が良いからであろうか。


 「失礼致しました」


 礼装用の外套を俺に纏わせながら側仕えは恭しく礼を執る。そう。それで良い。俺は選ばれし者なのだ。だから俺以外は頭を垂れ、俺の命に従っておけば良いのだ。王たる俺が下したことに逆らう者など許しはしない。

 俺の前で廷臣や貴族が頭を垂れている姿を思い描く。恭しく俺に頭を垂れる姿はなんとも滾る。俺に口煩い廷臣も貴族もこれからは誰も逆らえない。また口の端が伸び悦に浸っていれば、俺を邪魔する者がいた。


 「オ、オットー殿下!」


 邪魔者は広い部屋の端から多くの護衛や侍女に側仕えがいる中を掻き分けて俺の前に立つ。邪魔者は近衛騎士であった。下っ端なのか伝令を任されたようである。


 「どうした!?」


 王たる者、感情を制御してこそであると先程まで悦に浸っていた気持ちを隅へと追いやり近衛騎士と目を合わせた。


 「エーデンブルート侯爵領に派遣していた近衛騎士が只今戻って参りました!」


 「そうか。犯罪者の女は捕らえたのか?」


 伝令役の近衛騎士が慌てて部屋を訪れた理由がはっきりとした。近衛騎士団にはあの女と第二王子であるアイロスと黒髪の男を捕えるようにと厳命していた。近衛騎士団長には三人を捕えられないならば責任を取れとも告げており、必死に探さざるを得ない状況だろう。

 とはいえ俺が喜色に溢れながら『捕らえたのか!』と言えば、王としての威厳は皆無だ。だからこそ俺は慇懃に、しかし威厳のある低い声で伝令役の近衛騎士に問うた。


 「いえ。エーデンブルート侯爵は知らないと! 領主邸の中を我々が改めようとしましたが、百名ほどの侯爵家の騎士に阻まれたため戻ってきたと!!」


 十対百では敵わないと尻尾を撒いて逃げてきたと。騎士の中には魔法使いも混じっており、戦闘になれば敵わないと。アルデヴァーン王国の近衛騎士というのに、なんとも情けない判断だ。名誉の戦死を選び、二階級特進をすべき場面であろうに。十名の近衛騎士を失ったところで、我が国にとって痛くも痒くもない。

 

 「エーデンブルート侯爵はなにを考えている……! まあ、良い。戻ってきた近衛騎士も式典の護衛に就かせよ。各国からの特使や使者も多く参加している。護衛が少ないなどと思われれば国の恥となる。行け!」


 だが俺は慈悲深い王である。情けないと心で呆れながら、戻ってきた騎士の風上にも置けない者たちを式典の護衛に就かせるべく命を下した。

 

 「はっ!」


 伝令役の近衛騎士が敬礼を執ったあと、後ろへ二歩、三歩とそのまま下がり、身体を回して部屋の扉を目指す。

 しかし、エーデンブルート侯爵はなにを考えている。あの黒髪の男の父であると知り、真っ先に探りを入れるべき場所として侯爵領が上がった。近衛騎士団長に相談され俺が領地に向かう許可を出した。


 あの女もアイロスも黒髪の男もいないと言い張るとは。エーデンブルート侯爵領は王都から北に位置する地で隣国との国境線を守っている重要区だ。それ故に軍備に力を入れているため領兵や騎士の質が高いと聞いている。近衛騎士が逃げ帰るのは仕方ないことかもしれないが、開門したというのに中に入りもしないままとは。呆れて息を吐けば、側仕えが俺の顔を覗き込んでいた。

 

 「オットー殿下、良き采配です」


 「うむ。死んでも構わぬ者たちだが、国のために使い倒さねばな」


 「殿下。今のご発言はお心に仕舞っておくべきかと」


 「誰も聞いておらん。構わぬよ」


 部屋には護衛と侍女と側仕えしかいない。廷臣や貴族がいれば発言に気を付けなければならないが、王の道具である者たちが聞いたところでなにができるというのだ。ふん、と鼻を鳴らして前を向けば、また他の者が忙しない様子で部屋に入ってきた。そうして俺の下へと歩み寄ってくる。

 

 「殿下、そろそろお時間でございます」


 「分かった。行くぞ」


 今日は俺が王として戴冠した日と後世の歴史書に刻まれることだろう。あの女が俺を殴ったことは到底許せず捕まえることを優先させたいが、先ずはやるべきことをやらねばならない。

 大聖堂には廷臣と貴族と教会関係者と各国の使者や特使が俺を待ち構えている。俺が神権を賜る荘厳な光景に酔いしれるが良いと、口角を上げながら部屋を出るのだった。


 ――Es lebe(国王陛下) der Konig(万歳)


 数時間後、全ての儀式が終わり、集まった者たちの大歓声に包まれながら俺はアルデヴァーン王国の王となった。頭の上の王冠も、手にある王錫と宝玉と腰にある剣も特別な物であるが、終わってしまえばなんということはない。

 聖典に手を置き『教会を守護し、正義を追行し、民を導く』と宣誓したが、馬鹿な者たちを率いる気は俺にはない。選ばれし者だけが生き残り、更に強固なアルデヴァーン王国を俺の代で築いてみせる。大歓声の中、俺は大聖堂の祭壇横にある出入口から裏手に戻った。まだ興奮冷めやらぬ聖堂内の声を心地良く感じていれば、側仕えが恭しく礼を執る。

 

 「陛下、この後は晩餐会となっております。ご準備を」


 この後は廷臣や貴族と各国の使者を集めた晩餐会が執り行われる。各国から高貴な者が派遣されているため、国内の貴族は目の色を変えながら晩餐会に挑む。もちろん序列で席が決まっているため、狙っていた者に声を掛けることができず落胆して戻る者もいる。

 そういう者の手助けやらねばならん。まあ、俺も他国からの献上品に興味を持っているので、声を掛けられずに終わる者の気持ちは理解できる。晩餐会では各貴族家から贈られてきた品や各国からの祝いの品を披露する。

 遠い異国の地の品は物珍しいものが多い。会場の者たちが歓喜に溢れている姿をみるのは面白いし、俺も異国の風を感じることができる良い場だ。楽しみだと笑い時間がくるのを待っていれば、夜の帳が落ちていた。


 蝋燭の光が宮廷内にある大広間を淡く照らしている。俺は王の座に腰を下ろし、隣には王妃となったマルレーネが腰を下ろしていた。

 

 祝杯の音頭が唱えられ、持っていた杯を掲げれば晩餐会が始まる。会話に興じながら出された品を口にして各々評を論じていたり、各家の懐事情や新規事業の話を交わしていた。

 俺も杯の中の酒を飲み干して食事に手を付ける。毒見役が先に食べているので冷えているのが難点であるものの、俺は選ばれし者だから耐えられる。これが下賤の者であれば『温かくない』と文句をつけていたことだろう。現に側仕えから、サラフィナは冷めた料理が苦手だと聞き及んでいる。高貴たる身になるはずだったのに本当に態度の悪い女だ。


 「ちっ!」


 何故、あの女の顔が今思い浮かぶと舌打ちをしてしまう。俺に気付いたマルレーネがこちらを向いて口を開いた。


 「オットーどうしたの?」


 「マルレーネ。今は公的な場だ。呼称を使え」


 「誰も聞いてないわ。大丈夫よ」


 俺の心配を他所にマルレーネが小さく笑い前を向き、切り分けた料理を一口運んで『臭い』と零す。アルデヴァーンは内陸国のため海がない。わざわざ異国の地から取り寄せた魚なのだが、下処理が足りず臭みが残ったのであろうか。

 試しに俺も魚の身を一口運んでみるが、臭さは全く感じなかった。香辛料がしっかり施されていて美味いのだが。女の嗜好は良く分からんと前を向き、挨拶にきた廷臣や貴族と話を交わしていれば、献上品の披露の場となった。


 国内の者たちから贈られた品はありきたりなものが多く目新しさはない。エーデンブルート侯爵からも祝いの品が贈られており、領内で穫れた大量の麦らしい。当主は恐れをなしたのか戴冠式にも晩餐会にも不参加である。

 しかし侯爵位を持つ癖にケチ臭い品を寄越したものだと、俺は盃に新たに注ぎ込まれた酒を飲み干す。


 次に隣国から贈られた品となるのだが、二年前まで剣を交わらせていた国からは『盾と剣』が贈られていた。司会役の者が中身を読み上げれば、国内の者たちが『どういう意味だ』と首を傾げている。

 もう剣を交わらせる気はないと取るべきか、また剣を交わらせるのはやぶさかではないと取るべきか。二年前の戦はどちらが勝ったとはいえず痛み分けとなっていた。最初は休戦協定を結ぼうとしていたが、父が終戦にしないかと隣国の王に持ち掛けて受け入れられた。


 相手から我が国へと仕掛けた戦であったため、落としどころを見つけられなかったのだろう。だが父からの提言で相手国の王はこれ幸いと終戦を締結し、新たに不可侵条約を取り決めたのだ。だというのに剣と盾。

 俺のこめかみがピクリと動くのが分かれば、背後から『陛下。どうぞ落ち着いてください』と声が掛かる。今は表に感情を出すべきではないと長い息を吐き平静を装う。


 そうしてアルデヴァーン王国に隣接している他の国からは、金銀細工を施した宝石に、物珍しい動物や希少な反物が贈られてきていた。祝いの場なのだからこういうものを贈ってくれと俺が頷いていると、次はノクシア帝国から届いた品となる。

 司会役が箱の中身を取り出せば、金で造られた小瓶が掲げられた。なんだあれはと俺は目を細めて細部を確認する。金の小瓶には細工が所せましと施され、金細工職人の技術力の高さが伺えた。司会役は目録に目を通して目を丸く見開き、掲げていた小瓶を更に高い位置へと持っていく。


 「おお、これは、なんと!! 傷に中身を落とせばどんな傷でも癒すという薬だそうです!!」


 流石、大陸の雄と呼ばれるノクシア帝国からの贈り物だ。怪我や病気は治療士に診て貰わねばならないが、魔道具の小瓶があればいつ、どこで怪我を負ってもすぐさま癒すことができるだろう。選ばれし者が傷の痛みにのたうち回りながら治癒師の登場を待ってはおられぬ。

 ノクシア帝国は魔法技術体系が独特に進化しており、魔法使いが魔道具と呼ばれるものを生み出している。その一つが傷を治すという薬である。他にも魔力を込めれば光り輝く品があり蝋燭の代わりを果たしているそうだ。

 他にも例を上げればキリがない。技術拡散防止ため、ノクシア帝国でしか出回っていないことが多い。他国に持ち出すには、皇帝の許可が必要である。本当に貴重な品を贈って貰ったと俺は席から立ち上がり中身のない杯を掲げた。


 「良い品を頂いた。ノクシア帝に感謝を!」


 俺が一声上げて杯を口にする。中身はないが凄く気分が良い。それに国内の貴族たちが『Es lebe der Konig!』と一世に唱えて、俺とノクシア帝を讃えている。

 気に食わないことも起こったが、王として順調な滑り出しだと俺は席に腰を下ろす。晩餐会を終え夜が随分と深くなった頃、マルレーネとの初夜を迎えるのであった。

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