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第08話:出立。

 エーデンブルート侯爵領領都を離れて三日が経っていた。そして私の目の前にはエーデンブルート侯爵領と隣接する他国の領地の検問所が見えている。侯爵領側と隣国側には石造りの門が設けられており、勝手には抜けられないようになっていた。視界の端から端まで壁が聳え立ち、まさに国境線だと思い知らされる。

 

 『侯爵閣下。いろいろと手配して頂き感謝いたします』


 『気になされるな、聖女殿。貴女が求めたものが見つかると良いですな』


 侯爵閣下は私たちがノクシア帝国へ向かうことを承諾してくれている。閣下もアイロス殿下と同様に『聖女殿とアイロス殿下が向かえば、面白いことになりそうだ』と口にして、旅券や資金を用意してくれた。


 私が働く術を見つけたら必ずお返ししますと伝えたものの、侯爵閣下は面白いことになればそれで良いと豪快に笑って話を誤魔化された。侯爵領領主邸に留まったのは一ケ月という期間だったけれど、屋敷の人たちには良くしてもらった。紅茶に合うジャム集めが趣味となり、他愛のない話を誰かと語らうことが楽しいと教えて貰った。ノクシア帝国に向かえばどんなことが起こるか未知数だけれど、アルデヴァーン王国留まるよりなにかを掴めそうな希望を抱いている。


 歩を進めているとフリードがはたと立ち止まり、私の方へと顔を向ける。一緒にきているアイロス殿下とヒルデも足を止めて私を見た。

 

 「そろそろ検問だ。よろしく頼むよ、サラ」


 「うん。じゃあ、みんな集まって貰っても?」


 「分かった」


 「承知しました」


 フリードの声に私が答えれば、旅の仲間となったアイロス殿下とヒルデが距離を詰めた。私はどんな魔法が適しているだろうかと一瞬考えを巡らせて、丁度良さそうなものがあったと小さく頷いた。周りに人がいないことを確認して魔力を練る。そうして私の足下に魔方陣が現れて、青白い光と小さな風を発した。


 「――Verklarung(変幻)


 最後に魔法詠唱を口にすれば、私たちの髪色が変化する。


 「なんだか変な感じだ」


 フリードは黒髪から金髪に変わり、前髪を指で掴んで目線を上にして髪色を確認していた。


 「確かに違和感があるねえ」


 アイロス殿下は金髪から灰銀色へと変わっており、一つにまとめている髪を持ち上げた。


 「少し新鮮です。似合っていますよ、サラ」


 ヒルデは赤髪から青髪へと変わり、纏めた髪の後れ毛を掴んでいる。


 「ありがとう」


 私も自分の髪を掴んでどんな色に変わったのか確認してみれば、茶色から紫色へと変わっていた。従軍時代に諜報活動を行う人たちの身元がバレないようにということで、教えて貰った髪色を変化させる魔法である。

 効果時間は込める魔力量により変わる。検問を過ぎれば良いので一日分を込めておいた。覚えておいて損はないなと感心しつつ、私たちは検問所を目指して歩いて行く。


 「旅券、用意しておこう」


 フリードが声を上げる。隣接する他国の領主に侯爵閣下は連絡を取ってくれ、私たちが入領する許可を得てくれた。この事実を侯爵閣下から教わった時に、彼の口から相手側を『脅した』と言葉が漏れていたのは、きっと気のせいである。

 旅券は身分を偽装したものである。侯爵領領都にある商会が買い付けをするため、他国へ渡るという筋書きだ。私はタダのサラと名乗ることになり、フリードはフリードとなり、アイロス殿下はイロスと名乗ることになり、ヒルデはヒルデと名乗ることになる。あまりにも明け透けな名前に驚いたけれど、割と普遍的な名前のため誤魔化しがきくというのが、侯爵閣下の弁であった。

 

 そうして私たちは検問所に辿り着く。侯爵家側の検問は受けず、隣国の領兵が待機している場所へと進んだ。


 「旅券を提示せよ」


 皮鎧を纏い槍を持った領兵の人が私たち四人に向かって声を上げた。


 「お願いします」


 私たちは素直に旅券を渡せば、他の領兵の人もきて中身を確認し始めた。


 「なるほど。ノクシア帝国への買い付けか。エーデンブルート侯爵家の承認印も本物だな。通れ!」


 身分は偽装しているけれど、旅券とエーデンブルート侯爵家の承認印は本物である。いや、まあ、発行日とかも偽装しているから、目の前の領兵の人には申しわけないけれど。

 アイロス殿下の転移で移動しようという案も出ていたけれど、アイロス殿下の転移魔法は一度赴いた場所でなければならないそうである。未到達の場所に転移しようとすると、どこに転移するか分からないそうだ。そういう時は赴いたことがある場所へと移動しているらしい。魔法は便利だけれど、使い手によって向き不向きがあるので仕方ない。


 通れ、の声に私たちは領兵の人たちの視線を感じながら門を潜る。潜ったあとも森が目の前に広がって、先程まで見ていた光景と変わらない。私は歩いていた足を止めて後ろを振り返った。

 すると国境の壁と門が目に入る。侯爵領側で見ていた光景と変わらないため、不思議な気持ちに襲われた。


 「隣国に入ったことが信じられない」


 私が前を向くと、フリードとアイロス殿下……イロスが苦笑いを浮かべた。


 「まあ、すぐそこは侯爵領だしね」


 「国が変わったって実感は少ないよねえ」


 二人が先へ進もうと私を促せば、ヒルデが隣国領の地図を渡してくれた。私は検問所から隣国の領都までの地図をマジマジと見つめ、こっちかと歩を踏み出した。


 「サラ、そっちじゃないよ」


 「どこに行くつもりかな、サラ」


 「サラ、そちら進むと広大な森の中へ向かってしまいますよ」


 足を踏み出した途端にフリードとイロスとヒルデが声を上げて進むべき道を指差していた。ちゃんと地図を読んだはずなのに、私の判断は間違っていたようである。進もうとした道と本来の道の幅は変わらないし、森を抜ければ街が現れるだろうと思っていたけれど、全く違っていたようである。


 「サラは本当に苦手だね、地図を読むの」


 相変わらずだねとフリードが目を細める。確かに私は陣地の中でも迷子になっていたけれど、広大な場所だったし複雑に天幕が張られていたから仕方ない。王宮もかなり広い場所だからしょっちゅう迷い、王子妃教育を施してくれた教師陣を待たせたこともある。その度に聖女捜索隊が組まれ『またですか』と呆れられていた。

 侯爵領邸も随分と広いお屋敷だったけれど、ヒルデか侍女の人が常に私の側に侍ってくれていたから迷うことはなかった。まあ……ヒルデには私が方向音痴であると疑惑を持たれていたかもしれないけれど。


 「ここから先は領都まで一本道だし、もう間違えた道を選ぶことはないね」


 イロスが小さく笑いながら足を踏み出す。それを見たフリードもヒルデも歩き始めた。私も置いていかれないようにと彼らを追いかける。領都まで歩いて五日間の距離である。

 途中にある村や町で宿を取りながら移動するそうだ。領都からノクシア帝国の国境まで、馬車で十五日間という長旅となる。私は馬車移動でも構わないけれど、イロスは大丈夫か心配だ。王宮の宮に籠っていた人だし、体力は私たちの中で一番少ないはず。とはいえそれを口に出すのは憚られるので、彼の体調をそっと気遣わないと。フリードも重々理解しているみたいだから、休憩は多めにとると言っていたから少しはマシだろうか。


 オットー殿下も他国に向かった私たちを捕えるために近衛騎士を派遣することはないはずだ。


 仮に近衛騎士を他国へと派遣すれば、侵略行為だと抗議され一気に戦争に陥ったとしてもおかしくはない。自尊心の高い人だから負け戦は及び腰になるはずだし、廷臣や貴族の人が止めるはず。そもそも終戦から二年しか経っていないのだからアルデヴァーン王国の経済回復に努めるだろう。開戦しても得がないため、外交努力に勤めるはずと私は前を見る。


 「靴擦れとか足が痛いとかあれば教えてね。治療術で治せるから」


 「サラがいれば助かるね」


 「旅に慣れていない者にはありがたいね」


 私の声にフリードとイロスが笑い、ヒルデが頷いてくれていた。そうして始まった旅は私の知らないことばかりで埋め尽くされていた。数時間掛けて森を抜ければ、目の前には麦畑がまた広がっている。侯爵領や王都で見ていた麦よりも青々としているし背丈も高い。刈り取るのが大変そうだと私が麦畑に視線を向けていれば、フリードとイロスが小さく笑う。


 「あれは飼料用の麦だろうね」


 「侯爵領で見た麦より背丈が高いでしょ。穂が実る前に刈り取って牛や豚の飼料にするんだ。麦はトウモロコシより安価で牛や豚に力が付くと言われていて重宝されているよ」


 フリードとイロスに私が物知りなんだなと感心していれば、二人はちょっと機嫌が上がっている。ヒルデはそんな二人を見て少し呆れていたけれど、なにも言わずに側で見守るだけである。

 二人から畑にある農機具や野菜を植える時期を聞きつつ一本道を歩いていれば、また森の中へと入っていた。鬱蒼と生い茂った木々に囲まれ、時折生き物の鳴き声が響いている。怖いという感覚より野盗の人がいそうだなあと目を細めていれば、森の茂みの奥から本当に十人ほど徒党を組んだ野盗が出てきてしまう。


 「あんたら、地味な恰好をしているが……金、持ってるだろう?」


 一番体格の良い男の人が私たちに声を上げる。腰には長剣を佩いていて、手入れはされているようだ。他の人たちも鎌や斧を持って武装している。鎧を身に纏っている人もいるけれどボロボロになっており、長年愛用しているようだ。野盗の前にフリードとヒルデが私とイロスを庇うように前へと出た。


 「持ってないから、直ぐに立ち去ってくれ」


 「ええ。襲ってきた場合、容赦はできません」


 恐れもせず前に進み出た二人に、リーダー格の男の人が片眉をピクリと動かして腰に佩いている剣を抜く。


 「女三人と男一人で、しかも無手でなにができる! 襲え、身ぐるみ剥がしちまえ!!」


 リーダー格の人が野太い声で命を下せば、他の人たちが雄叫びを上げてこちらへ向かってくる。男女比が間違えているのは、イロスが女性と勘違いされているのだろうか。今は気にしている余裕はないと魔力を練った私に、フリードが一瞬こちらを向いて『必要ないよ』と無言で伝えて構えを取った。

 ヒルデも構えを取っているのだけれど二人で大丈夫だろうか。そんなことを考えている間にフリードとヒルデが一人二人と薙倒していく。

 無手と武器持ちの相手との距離の違いに感覚がおかしくなりそうなのに、二人はまるで苦にしていない。三人四人と倒れて、五人、六人、七人、と倒れて、八、九となって最後にリーダー格の人が残った。

 

 「う、うぉおおおおおお!」


 リーダー格の人が大声を上げ、抜いた長剣を後ろに引いて横薙ぎに払う前、フリードが間合いに踏み入って剣を握った腕を左手で握り込む。


 「え?」


 勢いをつけたはずの腕が止まり、好機とばかりにフリードが右手を握り込んで相手の鳩尾を目掛けて放つ。


 「ぐふぅ!」


 相手のお腹にフリードの右拳がめり込んで、リーダー格の人が白目を剥いて両膝を地面に突けば身体が前に倒れ込む。凄い格好で気絶しているので、心配になった私は息があるのか確かめてみると背中が規則的に動いていた。ふうと安心していれば、イロスが少し顔を青くしながら現場に視線を落とす。


 「うわあ……二人とも急所に的確に入れるから全員気絶したじゃないか。これじゃあ彼らの拠点を割り出せないよ」


 彼の声に野盗を倒した二人は平然としている。


 「突き出した領兵に任せれば良いんじゃないかな。余所者が領地の問題に首を出すのはね」


 「そうですね。そちらの方が無難でしょう」


 フリードとヒルデはそう言いながら持っていた荷物の中から捕縛用の縄を取り出した。何故、そんなものを持ってきているのかと私が問えば『こんなこともあろうかと』と答えてくれる。テキパキと動く二人に私とイロスは茫然と立ち尽くし、騎士の人は容赦がないなあと明後日なことを考えるのだった。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 髪の色が変わればイメージがかわりますからねw とはいっても、注意深い人や親しい人達等には判ってしまう程度ではありますがw サラちゃんは戦争が終わったばかりで近衛隊の者達をを帝国に…
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