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第34話:ひとまず終わり。

 マルレーネ妃はオットー政権の終焉は早いだろうと予測を立てていたそうだ。血統派と革新派の溝を埋めるただったはずのオットー王と私の婚約が破棄され、新たに結ばれたものは血統派同士の家の婚姻だった。

 血統派は喜ぶだろうけれど、革新派の納得は得られないと。とはいえ一介の公爵令嬢が叫んだところで回避は無理からぬことである。革新派の者たちが立ち上がるのであればそれで良し、血統派が勢いぐくのであればオットー王と共に滅びの道を歩むだけと諦観を決めていた。


 だから無能を演じていたが、婚約破棄の場にイロスが現れたこととエーデンブルート侯爵家の三男であるフリードが現れたことと、私が二人に連れ去れたことで状況が変わると踏んだそうである。

 

 革新派が息を吹き返せば、この国はまだ希望があると。で、あれば顔の良い男たちのために働くのはやぶさかではないと。


 「顔の良い男のために執務を頑張っていたなんて、信じられませんね」


 「まあ、世の中、いろいろな者がいるのだろう」


 顔の良い男の人代表である総督と皇太子殿下がポツリと呟いた。マルレーネ妃も捕えた――といっても縄で縛ったわけでもなく、貴人用の牢へと入っている――ため、これで一件落着のようである。

 マルレーネ妃の胎に子がいる可能性もあるため、あと二ヶ月か三ヶ月は牢屋生活となるらしい。


 エーデンブルート侯爵領へと向かっていた王国軍に帰還命令が下って戻ってきている最中である。それを聞いたエーデンブルート侯爵閣下は『面白くない』と言っていたそうだ。

 でもまあ、無駄な犠牲者がでないのだから良いことだし、王命に従って嫌々出立した人が多いため士気は低かったそうである。余計に無駄に命が散らずに済んだ。


 宮廷陥落から数日後。


 イロスは精力的に動いて、革新派の人たちを宮廷に呼び戻している。そして血統派の理解ある人たちも、イロスに就くと決め通常運営へと戻っていた。失脚したオットー王への忠誠が低かったのか、驚くほどに順調である。

 宮廷内にある庭の片隅のベンチに腰掛けていた私が息を吐いていると、フリードが私の下へとやってくる。後ろにはヒルデが控えてくれており、フリードの登場で少し距離を取ってくれた。

 

 「サラ。サラはこれからどうするの?」


 フリードが私の前に立つと、優しい風がすっと吹く。イロスが実権を握ったあと、私は宮廷内で怪我を負った人たちの治療に当たっていた。私は聖女の位を失っているのに、怪我を負った人たちは『聖女さま、ありがとうございます』と口を揃えていた。少し気恥ずかしいけれど有難いことだ。


 それに治療士を続けながら新しいことに挑戦だってできるはず。改めて旅に出て美味しい料理に出くわすことができたし、野宿でご飯を作っていたフリードの姿に感心したものである。

 いつも誰かが作ってくれる環境にいたから、料理についても学びたいという気持ちがあるのだ。料理であれば教会で働く料理人に聞けば良いだろうし、世話好きな小母さまたちに教えを乞うても良いはずだ。なんとなく未来の自分の姿を思い描いていると、楽しくなってきて自然と笑みが零れていた。


 「うん。私はやっぱりアルデヴァーンの人間だから、王都の教会で治療士として活動させて貰えないかなって」


 「でもサラは王都の街だと有名人だ。騒ぎになるよ」


 確かに婚約発表の時に大々的に王都の街を馬車に乗り込んで顔見世しているから、王都に住む人たちは覚えているかもしれない。けれど。


 「最初だけじゃないかな。慣れれば受け入れてくれると思う」


 婚約発表から二年が経っていることや、今回の騒動で私の印象は随分と薄れているはず。私がオットー王を殴ってしまった事実は伏せられており、婚約破棄したことだけを流したようである。仮に気付いた人がいたとしても、どうにか誤魔化せるのではないだろうか。二年前と違って髪も随分伸びている。


 「どうかなあ……でも、サラに目標ができたなら良かった」


 前より表情が素敵だよ、とフリードが呟く。少し照れ臭くなった私はフリードから一瞬視線を逸らすけれど、言わなければいけないことがあると元に戻した。


 「うん。フリードには感謝しているよ。もちろんイロスとヒルデにも。短い間だったけれど、ノクシア帝国でたくさん吸収できたことがあったから」


 私がノクシア帝国に行ってみたいと言い出して、一緒に付いてきてくれたことを。私一人で向かったのであれば、地図を読めない私は完全に迷子になっていたはずだ。

 フリードとイロスには目的があった――多分今回の一件――ようだけれど、騙されたなんて思っていない。裏で動いていたとしても、一緒に行動している時は私のことを優先してくれていたのだから。


 「そっか、ありがとう。じゃあ、サラの夢の続きが叶うようにしなきゃね」


 「そうだね。ゆっくりで良いから進んでいかないと。フリードはこれからどうするの?」


 私は自分の道を進むために前を向けば良いだけである。けれどフリードはどうするのだろうか。前王は失脚したことになり、次代はイロスが担うことになっている。

 簒奪が起こったことで、教会の面子にも泥を塗ったことになるけれど、政治面に深く関わる気はないようで戴冠式がまたあるならば出向きますという連絡があったとか。ノクシア帝国も支持を表明してくれたため、イロスは凄く上手い滑り出しを決めているとか。


 「サラが王都に残るなら、俺も残ろうかなって。イロスの側で護衛を務めたいって言えば、雇ってくれるはずから」


 休暇の日はサラのところに遊びに行くよとフリードが笑う。


 「なんだかあの時みたい」


 終戦前、お互いの空き時間を見計らい会う約束を取り付けていないというのに、天幕の外で顔を合わせなにげない話しを楽しんでいた。フリードは王都の美味しいお店があるとか、お値段それなりでも質の良い小物を売っている店があるとか、私の知らない世界を教えてくれた。

 あの時の私はフリードが貴族だと知らなかったから、本当に気軽に声を掛けていたのだ。それにフリードも私が平民だと知っていたのに、身分の垣根を超えて良くしてくれた。


 「だね。二年間、サラに会えなかったから、その分を取り戻したいな」


 フリードは私が婚約破棄を受けた時に再会できて嬉しい気持ちが溢れていたけれど、一緒に過ごしているうちにもっと欲が出てきてしまったと苦笑いを浮かべる。

 

 「サラと一緒に美味しい店に行ってみたいし、治療士として働いているところも見たいかな」


 「でも私は平民でフリードは貴族だから……難しいかも」


 フリードは笑いながら語っているけれど、戦争が終わり、彼の身分を知ってしまった以上は今までのようにいかないのではないだろうか。フリードはそのうち侯爵閣下から婚約者を紹介されるかもしれない。


 「関係ないよ。俺が爵位を捨てるか、サラが貴族籍に入れば問題なくなる。まあ、嫌じゃなければって話だけれど」


 「え?」


 爵位を簡単に捨てることってできるのだろうか。それに貴族の義務を放棄して良いのだろうか。


 「どうしてそんな顔になるの」


 「だって貴族の人には義務があるでしょ?」


 簡単に捨てて良いものではないようなと私はフリードに問う。


 「そうだけれど、俺は侯爵家の三男だから継承権はないし、爵位も法衣だから気楽なものだよ」


 フリードが肩を竦めながら笑っているけれど、本当に良いのかと私は地面を見る。


 「サラ、そんな顔しないでよ。難しく考え過ぎだって。一先ず、サラの名誉は回復したから俺はそれが一番嬉しい」


 フリードが膝を突いて私の顔を覗き込む。私はフリードに視線を合わせた。イロスのお陰で反逆者となっていた私の処遇は解除されている。もうアルデヴァーン王国から追われることはない。まだ、だからこそ王都で治療士として働きたいと夢を語っていたわけだけれど……凄く忙しなかった五ヶ月間が懐かしいと私は椅子から立ち上がる。


 「フリード」


 「ん?」


 私が彼の名を呼べば、彼が地面から立ち上がる。


 「改めて、一緒にいてくれてありがとう」


 改めてお礼を告げたあと『好きだよ』という私の気持ちは喉から先に出ることはなかった。

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