第33話:謁見場制圧。
謁見場の玉座で気絶しているオットー元王は捕縛縄で縛られ、そのまま放置されていた。無様な姿を晒しているのだが、このままで良いのだろうか。謁見場は気絶している騎士と泣き崩れている廷臣や貴族の人たちで溢れているが、抵抗する人はおらず落ち着きを取り戻し始めていた。
「あっけない、と言いたいが……無事に終わって良かったな」
皇太子殿下がふうと息を吐きながら周囲を見渡す。
「門を破壊しただけで終わってしまいましたねえ」
総督はつまらなそうに言い切ったのだが、魔法を使って大暴れしたかったのだろうか。
「あまり派手に動いてもな。ノクシア帝国の存在があったことを証明できれば良い」
皇太子殿下が肩を竦める。犠牲者もなく門から謁見場までこれたのは皇太子殿下と総督のお陰だろう。大事な場面はフリードとイロスに任せていたように見えたから、気を使って立ち回ってくれていたようである。
本当に何故介入したのかと言いたくなるけれど、アルデヴァーンとすれば、あ、いや、アルデヴァーンの革新派からすれば凄く有難いことのはず。
イロスが近衛騎士の人たちと話を終えたようで、こちらへと戻ってくる。フリードは近衛騎士の人たちになにかを告げていた。そして、謁見場にいた近衛騎士の人たちが散り散りになっていく。
「マルレーネ妃はどこへ消えたのか……」
イロスが微妙な顔を浮かべて呟いた。オットー王は縄に縛られたまま近衛騎士に連行されているのだが、本来一緒に連れていかれていたはずの王妃殿下がいなかった。玄関ホールの端で私が見たマルレーネ妃は本物だったはず。みんなにも告げておいたけれど、謁見場へと直行したため彼女の居場所は分からず仕舞いだ。
「宮の隠し部屋でしょうか?」
私がイロスと皇太子殿下と総督の顔を見ながら告げる。王妃用の宮には隠し部屋が確かあったはず。私が王子妃教育を受けている時に聞いた話だ。主寝室のどこかにあるらしいのだが、詳しい場所は王妃になってから教えると言われていた。
宮廷内には隠し通路も存在しているが、王にしか知らされないと聞いていため宮廷の外へ逃げたとは考え辛い。仮に逃げたとしても派手な格好をしているから、市井の中では凄く目立つ存在だ。きっと噂になるはずと、私がイロスの方へと向ければフリードもやってきた。
「行ってみようか」
イロスの声に全員が頷く。そうして謁見場を出て廊下を歩いていれば、宮廷内で働く人たちが隅に寄り頭を下げている。本当に一瞬にしてオットー王とイロスの立場が入れ替わったと私は目を細めた。
玄関ホールと謁見場では大騒ぎだったのに宮廷内は凄く静かである。不思議な感じがするなと中庭を横切り、奥にある王妃用の宮へと辿り着く。出入口では私たちが向かっていることを聞きつけたのか、宮仕えの侍女が立ち塞がっていた。
「こ、この宮は女性と陛下のみが立ち入りを許された場所でございます! 殿方が立ち入ることは決して許されぬこと。もしそれでも入ると仰るならば、わたくしたちを殺してくださいまし!!」
侍女服を纏った恰幅の良い女性が両手を広げ、中への立ち入り禁止を叫ぶ。その後ろにも侍女の人たちも厳しい顔をこちらに向けている。今の良い方だと私とヒルデは入って良いという野暮な突っ込みは我慢した。彼女たちの抵抗にイロスが一歩前に進み出る。
「使命に忠実なのは良いことだけれど、状況を読めていないのは頂けないな。すまないが、通るよ」
「悪いね。通らせて貰うよ」
イロスとフリードが侍女の人たちを押しのけて中へと入る。やはり鍛えている人に女性では敵わないようだ。慣れていない場所のため、部屋を一つ一つ確かめながら奥へと進んでいれば、結構な時間が経っている。
王妃殿下は逃げているかもしれないとみんなと話していれば、一番奥の部屋に辿りつき中へとはいる。一番奥にある部屋ももぬけの殻である。主寝室にも誰もおらず、気配を感じない。
隠し部屋があるなら仕掛けがあるだろうと、みんなで手分けして探してみる。ベッドの下を覗き見たり、棚を動かしてみたりとみんないろいろと試している。私は目の前にある本棚の前に立ち、適当な本に触れてみた。
「……本棚が定番だよね」
独り言を呟いて、なんとなく選んだ本の背表紙の上を掴んで引き出そうとする。すると『ガコン』となにかが動く音が部屋に響いた。
「あ」
まさか、一冊目で仕掛けを当てるとは露とも思わず声が漏れる。
「え」
「サラ」
イロスが目を丸く見開き、フリードが私の名を呼び目を細めた。
「流石、サラです」
ふふふと喜んでいる顔のヒルデ。
「ぶふっ!」
「お約束ですねえ」
皇太子殿下は口から勢い良く息を吐きだし、総督は少しだけ呆れ顔になっている。とにもかくにも隠し部屋までの扉が開いたようで、本棚が勝手に横へと移動した。
どういう力が働いているのだろうと後ろを見てみるものの、良く分からなかった。下へと続く階段を降りていけば、木製の質素な扉が見えてくる。ヒルデとフリードが先陣を切ってくれ中へと入れば、一人掛けの椅子にマルレーネ妃が腰掛けていた。彼女の側には六十代くらいの侍女の人も控えている。
婚約破棄の時とは違い、マルレーネ妃の様子が一転している。オットー王の側にいた時はくねくねと身体を揺らしながら凭れかかり儚げな雰囲気だったけれど……今は、なんというか楽しそうな笑みを浮かべて前に立つイロスを見上げていた。
「あら、イロス。久しぶりね。引き籠もりの貴方が王宮の外で生きていけるのか、心配していたのよ?」
「僕には友がいたからね。どうにかなったよ」
マルレーネ妃とイロスがお互いに笑い合う。笑っているのに空気が冷えているのは気のせいだろうか。
「マルレーネ。君が兄上と婚姻したから、王都は最悪の状況に陥っていない。感謝するよ」
イロスがオットー王が政を担っていれば、すぐに破綻していただろうと告げた。オットー王は政治的な勘所が最悪で肝心なところを失敗するだろうと。
マルレーネ妃であれば革新派が王都から引き下がっても、無難に王都の治安を守ってくれるだろうと。イロスがそう告げれば、マルレーネ妃はなんとも面白くない話と言いたげな顔になり、ちらりと皇太子殿下と総督の方を見た。
「別に。王都の中で生きている顔の良い男を死なせるわけにはいかないでしょ。それにね。感謝より、顔の良い男を紹介して欲しいものね。例えば、そこの二人とか」
凄く言い顔になったマルレーネ妃に皇太子殿下と総督がびくりと肩を動かした。おお、このお二人を驚かせる人がいるなんて驚きだと、私はイロスとマルレーネ妃のやり取りを見守る。
「口の利き方に気を付けた方が良い。お二人はノクシア帝国の皇太子殿下とアルセディアの総督を務めるお方だ」
「あら。失礼しましたわ」
マルレーネ妃が椅子から立ち上がり礼を執る。後ろに控えていた老齢の侍女の人も一緒に頭を下げていた。皇太子殿下と総督は名乗りを軽く上げただけで、彼女と過度な接触はしないようである。
「君、どうして兄上と婚姻したの?」
「顔だけは良かったもの。顔だけは」
イロスの質問にマルレーネ妃が肩を竦めて息を吐いた。オットー王の顔は気に入っていたようだけれど、婚姻を果たして嫌な所がたくさん見えてきたそうである。
彼女の父であるシュヴァインフルフ公爵はオットー王からの婚約と婚姻の申し入れに凄く喜んだそうである。傾いている公爵家の財政をマシにできるかもしれないと。マルレーネ妃は父親の命令だし、今まで育てて貰った恩もあるし、オットー王の顔は気に入っているから軽い気持ちで了承したそうだ。
「二度、言わなくても良いよ」
「そうしたら、あまりの無能さに愛想が尽きちゃった。顔さえよければ耐えられると考えていたのだけれど、オットーって本当に駄目な男。貴女、よく二年間婚約者を務められたわね」
マルレーネ妃が愚痴を零しながら私を見やった。
「平民だからと、距離を取られておりましたから」
「ああ。そうね、オットーは生粋の血統派だものねえ」
マルレーネ妃が忘れていたわと言いたげに肩を竦めて、小さく息を吐きもう一度口を開く。
「修道院って良い男はいるのかしら?」
まるで全てを悟り諦めたような彼女の言葉に、部屋に入る人たちが押し黙るのだった。






