第32話:決着。
決闘が終わり血統派の人が負けたためなのか、謁見場は静まり返っている。嫌な空気を嗅ぎつけたのか、一歩、二歩、三歩と下がって行き、謁見場から逃げていく人もちらほらいた。まだ蹲ったままの名乗り出た騎士の人にオットー王が忌々しい顔を向け、今度はフリードとイロスを見て口を開いた。
「反則ではないか!!」
オットー王の声にフリードが肩を竦めるイロスが苦笑いを浮かべれば、彼らの隣に並び立つ人がいた。
「いえいえ、彼自身が持ち得る力ですよ。その証拠に敗れた騎士の方も他の方よりお強いはずです。生き物の身体には多かれ少なかれ魔力が宿っているもの。騎士や軍人の方は魔法を使えない代わりに、自分の身体を無意識に魔力で強化しておられます」
総督がフリードが陥った状態を説明してくれる。確かに騎士や軍人の中には時折、特出して力が強かったり、身体が頑丈だったりする。名乗り出た騎士の人もフリードも同じようだが、フリードの方が魔力量が高かったのだろう。
魔力が漏れて視認できるならば、フリードの持つ魔力はかなり高いはず。世の中には凄い人がいるものだと感心していれば、フリードが私の方に顔を向けて甘く微笑んだ。
「サラの治療を受けてから、調子が良くなったからね。戦で功績を上げられたのも君のお陰だ」
彼の凄く嬉しそうな声とともに紅い目が更に赤くなっている。私の治療を受けてから身体の調子が良くなったようだけれど……そんなことは初耳だ。変なことをした覚えはないのにと考えていれば、後ろでヒルデも『私もサラの治療を受けてから、身体能力が向上しております』と教えてくれる。
それはそれで不味くないかという気持ちを抱えていると、床に蹲ったままの名乗り出た騎士の人がオットー王の御前に膝を突く。
「へ、陛下。申し訳ありません」
痛みで顔を顰めながら、名乗り出た騎士の人が声を上げた。オットー王は彼の顔より更に顰めて大きく口を開ける。
「アルデヴァーンの恥晒しめっ! 俺の顔に泥を塗った責任を取れ! 貴様にはこの場での自裁を命ずる!」
「お待ちください!」
オットー王が名乗り出た騎士の人に自害を命じているが、最近の決闘では負けた者に対して死を選ばせることは少なくなってきている。もちろん己の命を賭けて勝負したのであれば、自ら命を断たなければならない。
けれど今回は『骨のある奴がいない』という言葉に対して、騎士の彼が名乗り出ただけ。決闘の条件もオットー王とイロスが決め、お互いに承諾している。誓約書にも負けた者は自裁せよなんて、一言も記されていないのだ。だから私は名乗り出た騎士の人の隣へと移動してオットー王を見上げれば、歯軋りをしながら彼が私を見下ろしている。
「反逆者が俺に意見するとはな! 流石、父上のお気に入りだ! 聖女の位を既に失っているお前が俺に盾突くとどうなるか、分かっているのだろうな?」
「首を跳ねられても仕方ありませんが、アイロス第二王子殿下が玉座に就けばお咎めはないでしょう」
オットー王を私は睨み返す。イロスの王族籍はまだ残っている。目立ちたがり屋のオットー王だから、イロスを捕まえてから派手に除籍宣言でも行いたかったのだろう。
だからまだイロスはアルデヴァーン王国の第二王子殿下のままで王位継承権も持っている。こんな間抜けな人の婚約者だったのかと息を吐きたくなるが、今は名乗り出た騎士の人の処遇だ。この場で自裁なんてさせないと、私はさらに一歩前に出る。
「貴様ぁ……!」
「一国の王として、貴方は誰かの命を軽く見過ぎではないでしょうか」
「なにをいう。俺はアルデヴァーン王だ。アルデヴァーンに属する者を管理する義務がある。その俺が何故、無能な騎士の命を救わなくてはならんのだ。名誉もない騎士に価値はない」
オットー王に私の言葉は届かないだろうけれど、伝えておかなければ考える切っ掛けにもなりはしない。
「彼は貴方の期待を背負って決闘を行い負けただけ。管理しているならば、責任を取るべきは貴方では?」
こじ付けだけれど、管理しているというならば連帯責任もあるのではないだろうか。自分だけ逃げるなんて卑怯だ。
「どうとでも言えることだな。何故、王たる俺が死なねばならん」
「であれば、彼が自裁する必要もないでしょう」
「貴様は話を聞いていたのか?」
オットー王が私に対してふんと鼻を鳴らす。流石にこじ付けがすぎたようだと笑えば、少し後ろにいた名乗り出た騎士の人が床から立ち上がる。真剣を持って。
「もう、お止めください! 王命は騎士にとって絶対のもの! 守れぬのであれば、それこそ騎士の不名誉! ――陛下っ! 私も貴方の下へ参ります!!」
隠れてしまった陛下の名を叫びながら長剣を抜き、名乗り出た騎士の人がくるりと持ち手を変えて自分の腹を目掛けた。
「なっ!? ――っ!!」
なにをしていると私は反射的に彼へと飛び掛かる。自分が傷つかないように、なんて考えている余裕はなかった。ただ無駄に命を散らせるなと心の中で叫ぶだけ。
「痛っ!」
肩に痛みが走るけれど斬られた痛みではないと閉じた目を開ければ、フリードが私の肩と名乗り出た騎士の人の腕を抑えていた。
「サラも貴殿も無茶をして」
フリードが目を細めながらほっと息を吐いた。私も力を抜いて体勢を立て直す。でも名乗り出た騎士の人だけは、まだ腕に力を入れて剣を腹に刺そうと試みていた。
「止めないでください! どうか私に名誉の死を!!」
「はあ。すまない」
泣きながら名乗り出た騎士の人が叫べば、フリードが彼の首に手刀を打ち込む。名乗り出た騎士の人が崩れ落ちて膝を突き頭から床へと倒れ込む。ごつっと凄い音がしたけれど、息はあるし気絶しただけのようだ。私は倒れ込んでいる名乗り出た騎士の人からフリードへと視線を変えた。
「ありがとう、フリード」
「いや。気にしないで」
私からついと顔をフリードが逸らす。目を見て話す人だというのに珍しいこともあるものだ。オットー王は名乗り出た騎士の人が気絶したことが許せないようで、側にいる近衛騎士の人に声を掛けた。
「殺せ。気絶した者の首をそのまま跳ねよ。誰でも良い、ソイツを殺せ!!」
どうして簡単に誰かの死を求められるのだろう。一国の頂点に立つ人が、怒りに任せて誰かの命を奪えるなんて簡単にやってはいけないことだ。ふつふつと怒りが湧き始め、勝手に身体の奥から魔力が出てきていた。
「また、貴方という人は……」
私は玉座に座るオットー王へと視線を向け、ぎゅっと拳を握り込む。オットー王は怒りで私が見えていなかった。命を下された近衛騎士の一人が剣を抜き、階段を数段降りている。先に仕掛けるべきは目の前にくるであろう近衛騎士か。身体強化の魔法を発動させようと、口を開こうとすれば私の肩を叩く人がいる。
「サラ。君が出る必要はないよ」
凄く軽い調子でフリードの声が聞こえると、彼は側にきていた近衛騎士を殴り飛ばし階段を一足飛びで上がった。
「友と好いた人の怒りを知れ! 馬鹿王子!!」
「は?」
フリードの声とオットー王の間抜けな声が聞こえた刹那、骨と骨がぶつかり合う音が耳に届く。カラン、コロンとオットー王の頭の上にあった王冠が床を転がる。フリードの右拳はオットー王の左頬に食い込み、偶然なのか私がオットー王を殴った時と同じ場所であった。床に転がった王冠をイロスが拾い上げ腕に掲げた。
「さて。ヴェルフリード・グレンツヴァハト男爵が勝ったからね。取り決めごとは、きちんと履行して貰うよ」
イロスの声に残っていた人たちから『簒奪だ!』『横暴だ!』『あり得ない!』と声が上がる。決闘前に結んだ誓約書は正式なもののため、他国の人が見れば約束を守れない国とみなされそうだ。イロスが王座に就くことの正当性を騒ぎ立てれば、周辺国との関係が悪化しそうな状況である。
「文句を言われてもねえ。オットー王の癇癪が怖くて諫められなかった君たちだ。決闘に対してなにか言える立場じゃないよ」
イロスが誓約書を掲げ、ひらひらと謁見場の人たちに見せたと同時、壇上にいた近衛騎士の人たちは諦めたのかイロスに対して膝を突いて頭を下げた。
「君たちの考えを急に変えろなんて言わない。ただ、今の状況では我が国の貴族はいずれ亡びることになる。だから少しだけでも、私の考えに歩み寄って欲しい」
イロスの声を聞いた人たちのすすり泣く声が謁見場に響くのだった。