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第31話:決闘の条件。

 決闘を申し込んだ近衛騎士の人は至って真面目な顔で私たちの返事を待っていた。イロスはどうしようか迷っている、というよりも決闘を行った際の取引をどう着地させようかと考えているようである。

 皇太子殿下もイロスの様子を察知して、黙って待っていてくれている。皇太子殿下も総督も決闘には関わらないだろう。参加するなら見届け人として名乗り出るくらいであろうか。イロスがフリードの方へ視線を向ければ、痺れを切らしたオットー王が玉座の上で声を上げる。

 

 「逃げるのか、卑怯者よ!」


 「兄上、決闘を執り行って意味があるのでしょうか?」


 イロスは決闘を受けたくないと主張しておくようである。イロスの気持ちは理解できる。お腹が膨れない勝負事を挑んでも無意味なのだから。


 「意を決し、決闘を申し出た者の高潔な心をお前は汚すのか!?」


 「勝った側が受けるものを我々は明示されておりません。貴族の誇りだけで決闘を執り行われても困ります」


 オットー王の声にイロスが落ち着いて答える。そう決闘を申し込んだ人からは、決闘を申し込まれただけでなにも示されてはいない。申し込んだ人もオットー王に勝利条件を決めて欲しいようで、煮るなり焼くなり好きなように使えと言いたげな顔になっている。

 

 「欲深い奴め……では、彼が勝てばお前たちは抵抗せず近衛騎士に捕えられよ。そして宮廷に攻め入った責任を取れ!」 


 「では我らの代表者が勝てば、兄上は玉座から降り、私にお譲りください」


 オットー王とアイロスが条件を示し合わせる。謁見場で執り行われる決闘だから邪魔立てするような人はいなかった。ただイロスの出した条件が気に入らない人がいる。


 「条件が増えているではないか!」


 「兄上も条件を二つ示しておられますよ。捕まれ、責任を取れとね。だから、私が提示したものは平等です」


 オットー殿下本人だったが、イロスは涼しい顔で彼を言いくるめている。オットー殿下はイロスの声に歯噛みしながら『分かった』と悔しそうな声を絞り出した。そしてイロスは決闘に挑む人をフリードに指名している。フリードは凄く軽い調子で『分かった』と告げた。そして私の方へと顔を向ける。


 「サラ。魔法を解いて貰っても?」


 「あ、うん」


 フリードが施した身体強化の魔法を解除して欲しいと願い出るのだが、私は本当に解除して良いのだろうかと迷う。解除してしまい、フリードが負けた場合はどうする。

 負けたことは仕方ないし、腹を決めて宮廷に攻め入ったのだから死ぬ覚悟はできていた。でも、フリードやみんながいなくなることを考えると突然怖くなる。


 「大丈夫。ちゃんと勝つから」


 フリードが私を見ながら安心させようと笑ってくれた。イロスも真剣を使うのはちょっとね、と彼の隣で片眉を上げながら笑う。まだルールも決めていないから、話し合い次第で刃引きした長剣を使う方向へと持って行くようだ。私がフリードに施した魔法を解いていると、オットー王とイロスの間で会話が何度も行き来する。

 

 見届け人はお互いに一人。公平に審判を行うこと。

 一本勝負。

 刃引きした長剣を使うこと。

 身体のどこかに長剣が当たれば敗北となる……と。

 そして負けた方は勝った方の条件を飲む。

 

 取り決めの確認が無事に終われば紙を持ってきた人が恭しく現れて、オットー王とイロスと名乗り出た騎士の人とフリードが誓約書を取り交わし血判を押す。これでお互いに負けられなくなった。


 凄い展開になったなあと驚いているのだけれど、周りの人たちも同じ気持ちのようで誰もなにも言ってこない。というか騎士の人が勝つと思い込んでいるようだ。

 彼らの間では勝手に賭けが成立し始め、全員が騎士の人に賭けたようである。これでは賭けが成立しないと、騎士の人が何秒で勝つかと賭けの内容が早くも移行していた。

 

 イロスとフリードは作戦を練っているようだ。名乗り出た騎士の人は廷臣や同僚の人に囲まれながら、いろいろと耳元でなにか言われている。名乗り出た騎士の人は目を閉じており、聞いているのかいないのか良く分からなかった。

 

 「呑気な連中だ」


 「決闘に勝とうが負けようが、最終的に宮廷を支配していれば良いですからねえ」


 皇太子殿下と総督が肩を竦めながら私の隣で笑っている。オットー王はようやく二人の姿に気付いて、帝国の人が私たちと一緒にいると慌て始めるのかと思いきや、憤怒の表情に塗れていた。何故、そんな顔になるのだろう。


 「とはいえ、負けて大人しく従ってくれたならば楽は楽」


 「玉座にいる者が素直に従うとは思えません」


 呑気に会話を続けるお二人に、私は玉座のオットー王の顔を見て下さいと告げる。すると皇太子殿下と総督が気まずそうな顔になり、オットー王の戴冠式に平民でも買えるものを贈ったと教えてくれた。

 

 「え?」


 自尊心の高いオットー王ならノクシア帝国に馬鹿にされたと憤るのではないだろうか……私が目を細めると、更に凄いことを言い放つ。


 「いやあ、申し訳ない。しかし子供のように無邪気に喜ばれるとは本当に予想外でした」


 「すまないな。陛下とミハイルの悪戯心が悪い方に向かってしまった。まあ、だから俺が介入したと言うべきか? いやしかし、魔法具は禁輸品だから、諸外国からすれば貴重品ではあるのだが……」


 あははと笑う総督と申し訳なさそうな顔で事情を教えてくれる皇太子殿下。ちなみにノクシア帝国から密輸を試みた場合、一族郎党死刑となるそうだ。私とヒルデは驚くものの、決闘派と革新派の溝は深まっていたから、遅かれ早かれアルデヴァーン王国は荒れていただろう。

 帝国が介入したならばイロスの後ろ盾となり、次のアルデヴァーン王の最高の支援者となる。ヒルデと私はお二人の話に苦笑いを浮かべるものの、憤怒の顔になっているオットー王の理由に納得できた。


 ――両者、前へ!


 謁見場に審判員の声が唐突に響く。立会人はオットー王とイロスが担い、決闘者は名乗り出た騎士の人とフリードだ。名乗り出た人とフリードは玉座の前に出て、刃引きした長剣を構えた。

 周りにいる人たちは巻き込まれてしまわないようにと距離を随分開けている。私たちも適切な距離を取って、決闘を見守ることになった。名乗り出た騎士の人とフリードが借り受けた刃引きした長剣を鞘から抜いて構えを取った。


 「我が名誉と誇りを掛ける。神よ、正しきものに勝利を与え給え……!」


 「我が勝利を友に捧げる」


 二人が口上を上げて一呼吸後に審判の人が『始め!』と声を上げた。先の先を狙うとばかりに名乗り出た騎士の人がフリードに向かい、一気に距離を詰める。脇を絞めながら長剣を後ろへ引きながら、横薙ぎを払おうとしていた。フリードはそれを見逃さず、バックステップで対応して逃げた。


 「貴殿は勝負をなんだと考えている!」


 「まともに受ければ剣が折れる。だから引いた。それだけだよ」


 名乗り出た騎士の人は逃げたフリードに抗議の声を上げた。確かに騎士の人は正々堂々と勝負に挑むため、相手の剣を受けて立つ傾向がある。でもフリードは戦場仕込みのためか、汚い手段でも使っていく口である。

 ここが地面であれば、足払いをして土煙とか利用していただろうし、剣を投げて意表を突くこともあるだろう。それをしなかったのは、今は決闘を執り行っているという意思があるからだ……多分。


 「なら遠慮は必要ないと?」


 「もちろんだ!!」


 逃げ腰だったフリードが立ち止まり、肩幅に足を開いて構えを取る。空気が震えて初めているのは気のせいだろうか。私の後ろで皇太子殿下が『魔力か?』と総督に問い『ですねえ』と軽い調子で答えていた。

 なんとなくフリードの周りに紅い光が漏れている。確かにあれは魔力光だけれどフリードは魔法を使えないのに何故……。


 「時々いらっしゃるんですよ。魔力を外に放出できないために体内で魔力を消化している方が。おそらく無意識で魔力制御を行い、身体に流しているのでしょう。漏れるほどの魔力が見えるのは珍しい現象ですけれど」


 私が悩んでいると総督が後ろで教えてくれた。どうやら魔法が使えない人にも魔力が宿っており、無意識で魔力を身体強化のために使っている人がいるようである。フリードは剣を構えて走って、名乗り出た騎士の人との距離を詰めた。本当に一瞬の出来事で剣を動かしたのか、なにをしたのか分からない。


 「なっ!? ぐぅ!!」


 名乗り出た騎士の人が声を上げれば、いつの間にかフリードは彼の後ろに立っている。そうして名乗り出た騎士の人が脇腹を抑えながら、床に膝を突き苦しそうな息を吐いている。フリードはくるりと回って、名乗り出た騎士の人に頭を下げた。そうしてフリードが審判の人に視線を向ければ、慌てて勝者の名前を口にした。


 「手合わせ、ありがとうございました」


 ゆっくりと頭を下げるフリードに勝てて良かったという安心感が湧くけれど、周りはシンと静まり返っている。これ、どうなるのかと私が見届けていると、皇太子殿下と総督もきちんと条件を飲んでくれるかと訝しんでいる。イロスとヒルデも無理だろうなという感じで、玉座にいるオットー王に視線を向けるのだった。



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